快方へ
翌朝、早い朝食をすませると、たかしは病院へ向かった。たかしが着いた時には、岡村はもう来ていた。村松先生は、ゆうべ病院に泊まったらしく赤い目をしていた。
「おはよう。岡村。たかし。夕べはありがとう。遅くまで居てくれたんだろう」
「いやいや、なんのなんの」
岡村は明るく答えた。
「おばさん、どう?」
「うん。危篤状態はなんとか切り抜けられたって。でも、まだ意識が戻らないんだ」
「今日、明日どうこうってことはないらしいから、病状としては、一応、今のところ落ち着いてるようだ。あとは、もう少し回復して意識が戻るといいんだけどね」
村松先生が付け加えた。
「そうか。ひとまず安心だ。良かったな。坂元」
「うん。ありがとう。本当に、みんな、有難う…」
坂元は涙に詰まってうつむいた。
その姿に、熱い大きなものがぐっと胸にこみ上げた。たかしは、涙をこらえるのに必死だった。
「なに言うてますんや。友だちなんやさかい、あったりまえでっしゃろ」
「ほんまにそうや」
岡村の変な大阪弁に合わせて、村松先生までおどけて言った。病室の空気が急に明るくなり、たかしは岡村の大阪弁の力に少し驚いた。
その日一日、おばさんの病状は変わらなかった。
昼前には大阪からおばあちゃんが到着し、お父さんも夜までには帰ってくると連絡が入った。
坂元もだいぶ落ち着いてる様子で、たかしたちは安心し、夕方近くには病院をあとにした。
病室の前まで送りに出た坂元は「ありがとう」と何回も繰り返した。そして、たかしたちが見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
たかしが家についてしばらくすると、けたたましく電話のベルが響いた。
“もしかして”
たかしは、ドキリととして受話器を取った。電話は柳さんからだった。
たかしは、岡村からの電話ではなかったことにほっとした。
「柳さん、アイノ島からですか?」
「たかし君。じつはまだ出発していないんだよ。昨夜から海が荒れて、船が欠航しててね。二日ぐらい天気が戻らないらしい。
それで、君のお友だちの方はどうなんだね」
「危篤状態は抜け出したらしいんですけど、まだ意識が戻らないんです」
「そうか。ぼくたちは三日後、改めて出発するんだが、もし来れるようなら、たかし君も一緒に行こう」
「柳さん、ありがとうございます。明日一日、様子を見て、大丈夫そうだったら電話します
」
たかしは、複雑な気持ちで受話器をおいた、
翌日もたかしは、岡村と朝から病院へ向かった。病室であh、おばあちゃんの声や坂元の声が聞こえて、なんだか活気が感じられた。
「おはようございます」
「岡村、たかし。毎日ありがとう」
「ほんま、太郎はええ友だちもって幸せやなぁ。ほんまにほんまにおおきに…」
おばあちゃんが、目頭を押さえた。同時に、側にいた体の大きい男の人が立ち上がり、おじぎした。真っ黒に日焼けして、威勢がよさそうだ。
「岡村君にたかし君。太郎の父親です。話は太郎から聞きました。いろいろとありがとう。
私は、仕事が忙しいこともあって、家のことは、いっつも放りっぱなし。父親とな名ばかりで、何もしてやれてないんですが、その分こいつが苦労して」
「もういいって、父ちゃん。そんなこと言われても岡村たちだって困るじゃないか」
「そうだな。つい…すまん」
たくましい体が、しおれたように小さくなった。
「まぁまぁ、坂元。おれたちのことなら気にすんなよ。それより、おばさん、どぉ?」
とっさに質問した岡村に、たかしは頼もしささえ感じた。
「うん。昨日より、だいぶいいみたいで、時どき目をうっすらと開けるんだ。声はまだよく出ないんだけど、ぼくたちのことはわかっているようだ。ほとんど寝ていることが多いんだけど。今は安瀬が一番の薬らしい」
坂元が嬉しそうにそう答えた。
「そうか。それを聞いて安心したよ。ぼくら、ちょっと用事があるから、今日はこれで失礼します。坂元、ほな、またな」
漫才の練習のため学校へ行くという岡村と病院で別れ、たかしは一人とぼとぼと家へ向かった。その時、柳さんからの電話を思い出した。
「あっ、そうだ。旅行、行けるんだ。やったぁ。やったぁ」
しぼんでしまった風船が、再び大きくふくらんだかのように、たかしの心ははずんだ。
その夜、たかしは坂元のおばさんの状態が良いことを確認すると、柳さんに電話をいれた。電話の向こうの柳さんの嬉しそうな声が、たかしの喜びを倍にしてくれた。