旅行に向けて
取材旅行が決まって三日たった放課後のこと、たかしは漫才同好会のドアを開けた。部室には岡村一人が居て、漫才の練習をしていた。
「やぁ、これはこれは、おめずらしい。たかし君ではあ~りまへんか」
岡村は相変わらずふざけた口調だったが、たかしが来てくれたのが嬉しそうだった。
たかしは、この夏休みに雑誌『ティーンズ・ショーンズ』の取材旅行に行くことを岡村に告げた。
「旅行の準備や打合せで、たぶん夏休みは同好会にほとんど来れないと思うんだ。まぁ、今までも休むことが多かったけど」
「ふーん。たかし、すごいじゃん。『ティーンズ・ショーンズ』って言えば、今けっこう話題になってる雑誌だろ。ええやん、行って来いよ。それに、たかし、なんや生き生きしとるわ。たかしには、そっちの方が合っとるかもな。まっ、漫才はもともとそれほど興味があったわけじゃないさかい」
「ごめん、岡村」
「あー。いやいや、そんなん気にせんでええさかい。ただ、もうちょっとの間、協力してな」
「うん、それはわかってる。できる限り協力するよ。あ、岡村、『ティーンズ・ショーンズ』って読んだことある?」
「いや。一回見てみたいとは思ってたけど」
「じゃあ、、今見てみる?」
たかしは、カバンの中から本を取り出し、岡村に渡した。
「最初にこの絵を見た時、すっごく、なつかしい気がしたんだよ。その理由が、この前偶然わかったんだけど」
岡村は表紙をめくり、ティーンズ・ショーンズの絵をしばらく見つめると言った。
「うちにも同じような写真があるよ」
突然の言葉にたかしは目を丸くして、岡村を見た。
「どういうこと? もしかして岡村の家族の中で、ティーンズ・ショーンズに会ったことがある人がいるの?」
「ははは……。たかしって単純だな。あ、ごめん。というか素直なんだよ。まっ、そこがたかし君のいいところ!」
「まったく、馬鹿にして」
たかしは、少しムッとしたが、話の続きが聞きたくて、すぐに会話を戻した。
「じゃ、同じような写真てどういうこと?」
「おれの親父、あ、もちろん今は離婚していないけどね。親父、カメラマンなんだ。だから、小さい頃のおれたちの写真、ぎょうさんあるんだ。その中でも、親父のお気に入りの写真は引き伸ばされて、昔は壁にかかっていた。
離婚してから母さんがはずして、どこかへしまいこんじゃったんだけどね。その写真に似てる気がする」
「へぇ、で、どんな写真なの?」
「母さんが、おれと妹を両脇に抱えて、幸せいっぱいって顔しておれたちを見てるだけ」
「じゃあ、きっと岡村のおかあさん、ダ・ヴィンチの聖アンナみたいな顔をしていたんだろうね」
「なんだい、そりゃあ」
「ううん、何でもない」
くくく……と笑いをこらえるたかしを、岡村はいぶかしそうに見た。
翌日、たかしは坂元に会いに行った。たかしが坂元の家を訪れた時、坂元はちょうどおかあさんの着替えを取りに来たところだった。
「あ、たかし。どうしたんだ、こんな所で」
「うん。坂元どうしてるかなと思って」
「わざわざ来てくれたの。ありがとう。散らかってるけど、良かったらあがってく?」
たかしは、坂元の家に初めて入った。
「ごめんな。こんな汚い家で。おかあちゃん、入院してから家の中もうめちゃくちゃだよ。
あ、おかあちゃんのこと、岡村から聞いてるやろ。ごめんな、同好会にも行けなくて。
おとうちゃんが、長距離トラックの運転手してるから、月に二、三回しか帰ってこないんだ。まぁ、帰ってきても、酒飲んで酔っ払ってることが多いから、あんまり役にたたないんだけどね。
だから、おれがほとんど家のこともしないといけないんだ」
「坂元、偉いよね。学校にもちゃんと行って、家のことまでしてるなんて」
「まぁね。だけど、やらなきゃ仕方ないからやってるだけ。おかあちゃんに心配かけたくないし」
「坂元、たしか妹がいたよね?」
「昼間は保育園に行ってるからいいんだ。
おれもいろいろあるけどさ、岡村のところもけっこう大変なんだぜ。ああ、見えても。
岡村が二年の時、両親が離婚して、今はおかあさんと妹の三人暮らし。あいつんとこのおばちゃん、昼も夜も働いているから、岡村も苦労してるんだ」
坂元や岡村が自分よりもずっと大人に感じた。そして、ちょっと気おくれしながら取材旅行に行くことをきりだした。
坂元は、ティーンズ・ショーンズのことを全く知らなかった。たかしは、かいつまんで説明した。
「そうか。すごい人がいるんだな。たかしなら絶対何かできるよ。おれ、応援してるから」
「ありがとう。坂元もがんばって。おばさん、早く良くなるといいね」
「ありがとう、たかし。あの…ごめん。おれ、そろそろ病院へ行かないと。旅行から帰ってきたら、また話を聞かせてよ」
坂元は、玄関先まで出てきて、たかしを見送ってくれた。ずっと、笑顔で手をふってくれた。たかしは、坂元の笑顔がとてもさびしく思えて仕方なかった。