一枚の絵
そしていよいよ日曜日。
たかしは、昼になるのも待ちきれず、朝からおじさんの家を訪ねた。おじさんは、たかしのお父さんのいとこにあたる人で、となりの町に住んでいた。
「たかし、よく来たな。久しぶりだろ、おじさんのうちも」
「ほんと、久しぶり。小さい頃は、よく遊びに来てたよね」
「ほとんど、あの頃のままだ。そうだな、変わったところと言えば、本棚の本が少し増えたくらいかな」
「うん。ぜんぜん変わってない。なんか、すっごくなつかしい」
そう言いながら、たかしは本棚の画集をながめた。
「そうそう。たかしは、小さい頃から画集が気に入ってよくみていたよな。みんなで驚いていたんだぞ。こりゃあ、将来は有望な画家になるかもな、なんて」
たかしは、その中の一冊を手に取ると、ぱらぱらとページをめくってみた。心にしみいるような心地よい感情がわいてきた。今度は一ページずつゆっくりと目を通した。そして、たかしの手が止まった。
「これは…」
「たかし、今日は『ティーンズ・ショーンズ』のことを聞きに来たんだって?」
おじさんの声がたかしを現実にもどした。
「うん。なんか自分でもよくわかんないんだけど、すっごく気になっちゃって。
そしたら、お母さんが『ティーンズ・ショーンズ』は、おじさんの知り合いが作ってるっていうから、びっくりしちゃった」
「おじさんも、小学生のたかしが、あんな本に興味を示したっていうからびっくりしたぞ」
おじさんは、ふざけたように笑って言った。
「本屋で初めてティーンズ・ショーンズの絵を見た時、とても懐かしい気持ちになったんだよ。あんな絵、今までどこでも見たことなかったはずだから、不思議だと自分でも思っていた」
たかしは、手にもっていた画集を開くと、少しうわずった声で言った。
「おじさん。
見て! この絵。
今、見つけたんだ。ティーンズ・ショーンズにそっくりな顔をした女の人…」
たかしは、そう言って開いたままにしていた画集の絵を見せた。
「ははは…。たかし、それはダ・ヴィンチの『聖アンナと聖母子』という絵だ。
たかしは小さい頃から、その絵を一番気に入ってたからな。幼児体験が一生を左右するというのは、やっぱり本当だな」
「そういうことって本当にあるのかな。すぐには信じられないよ」
「ははははは…」
おじさんは、さも愉快そうに笑った。そして、まだ笑いを残しながら話し始めた。
「その雑誌は、確かにおじさんの友だちの柳慎太郎という人が、力を入れて創刊した雑誌だよ。彼とは、美術大学の時からの友だちなんだが」
「やっぱり本当なの?」
たかしは興奮気味に言った。
「ああ。何でも学生の頃、そのティーンズ・ショーンズという人に命を助けてもらって、二か月ほど一緒に暮らしたことがあるらしいんだ。
その人は、どこの国の人で、今どこに住んでいるのかも全くわからない謎の人物らしいがね。彼の生き方に影響されて、その雑誌を創ろうと考えたらしいんだよ」
「ええ! じゃあ、その柳さんていう人は、ティーンズ・ショーンズに会ったことがあるんだね。
ティーンズ・ショーンズって、本当に生きている人なんだね。ぼく、その時の話が聞いてみたい。会えるかなぁ。その人に」
「ははははは、たかしはなかなかの感激屋さんみたいだな。連絡はとれるから会えないことはないと思うけど。
なにしろ忙しい男だからな。すぐには会えるかどうかはわからない。まぁ、今夜にでも電話してみるか」
「うわぁ、本当? おじさん、ありがとう」
「そいつの家へ行ったら、たかしがもっと喜ぶものが見れるよ」
「えっ、なに? ぼくがもっと喜ぶものって」
「それは行った時の楽しみにとっておくんだな」
「えー、そりゃあないよ」
リーン、リーン
夜も九時を過ぎたころ、電話のベルが鳴った。
「あ、たかしか。おじさんだ。昼間の件だけど、おまえ、すごく運がいいぞ。
さっき、柳に電話したら、ちょうど来週の日曜日があいてるらしいんだよ。それで彼の家にいくことにしたんだけど、どうだ?」
「も、もっちろんOKだよ」
たかしは、その夜、柳慎太郎という人のことやティーンズ・ショーンズという謎の人物のこと、そしておじさんが言っていた、もっとたかしを喜ばせる物がいったい何なのかなど、いろんなことが頭をかけめぐり、なかなか眠りにつくことができなかった。