別離
たかしは帰ってくるなり、坂元のおばさんのことが気になり、岡村に電話した。しかし、岡村の家は留守だった。
気になったたかしは、夜になり再び電話をかけた。岡村のお母さんがでた。
「慎吾は、親戚の家に遊びに行っていないのよ」
「え、いつ帰りますか?」
「あさって帰ってくる予定だけど」
たかしは、なんだか肩透かしをくったような気がしたが、ひとまず安心した。
家に戻ってからはまた今まで通りの生活が待っていた。時折、取材旅行での様々な出来事を思い出したりしたが、何となく平凡に過ぎてゆく時間に心地よさを感じていた。
(柳さんやスタッフのみんなは何してるかな。帰って来てからも、やっぱり忙しいんだろうな。あ、本屋のおじさんにも島でのこと報告しなくっちゃ)
頭の中では、様々なことが思い浮かぶのだが、あまりにもいろんなことが起きた取材旅行。夢の中の出来事のような気さえする。
結局、わずかに残っていた夏休みも宿題の仕上げに追われ、あっという間に過ぎていった。
新学期が始まるその日、通いなれた通学路を歩いていた。時おり吹く風は心地よく、夏の終わりを感じさせた。
たかしが学校の手前にある踏切に差し掛かった時、ちょうど警報機がなりだした。いつもなら走り抜けていたかもしれないタイミングだったが、そんな気にもなれず、遮断機が下りるのを待った。
電車を待ちながら、たかしは坂元のことを思い出していた。そして、何気なく電車のやってくる方に目をやると、カーブを描いた線路に電車の姿が見えた。
そのすぐあとの一瞬の出来事だった。
線路に降りてこようとしたのか、二羽の鳩が、バタバタと電車に近づいたかと思うと、「チッ」という接触音と共に、何枚もの羽が宙に舞った。
たかしは、一瞬何が起こったのかわからなかった。すぐに事態を飲み込むと、あたりを見回した。
「ああ、良かった。羽が触っただけだったんだ」
ほっとして歩き出したたかしは、もう一度、後ろを振り返って「あっ」とつぶやいた。
しばらくその場に立ち止まり、もう動かなくなった鳥の姿を見つめた。
やがて重い足どりで学校へ向かった。それからずっと、胸騒ぎを感じて仕方なかった。
たかしは始業式が終わるとすぐに漫才同好会の部屋へ向かった。
ドアを開けると、背中を向けた岡村がいた。
校庭を見ているようだった。たかしに気づいたのか、振り向くと寂しそうに笑った。
「なんだ、たかしか。そうだよな。坂元が来るわけないか……」
「えっ」
たかしは驚きの声をあげた。
「なんや、たかし。知らんやったんか。坂元は、もう居ないんや。坂元のおばさん、たかしが旅行に行って何日かして急に悪うなってな。それからすぐ亡くなったんや。 ごめんな。連絡もせんと。
お葬式が終わったら、坂元のおじさん休みがとれへん言うて、すぐに行ってしもうたんや。
それで、坂元たちは、大阪のおばあちゃんのところに引き取られることになってん」
「えっ、そんなことになってたなんて…」
たかしは一瞬、頭が真っ白になる感じがした。そんなたかしに構わず、岡村はしゃべる。
「そしたら、俺の方もちょっとゴタゴタあってな。おふくろともめたんや。
おふくろ、ずっと親父から手紙が来てたことも、俺たちに会いたいと言うてたことも黙ってたんや。
それで、おれ、親父に連絡取って、三日間、親父のとこに行ってたんや。問題はそれからやで。驚くなよ」
岡村はたかしの顔をしっかり見て、一呼吸おいてしゃべりだした。
「おれの親父、坂元のおばあさんの隣町に住んどったんやで。びっくりしたやろ。大人はみんな、坂元のおばさんが導いてくれはったんやって言うてたわ。
ほいでな、大阪で坂元に二回おうた。いっぺんは、おれの親父と坂元の妹と一緒に遊園地にも行ったんや。
ごっつ楽しかったで。坂元もだいぶ元気になっとった。これでおれも時どき、大阪行けるようになったし、坂元おらんようになったんは寂しいけど、なんや大阪に一歩近づいたって感じで、良かったかもかも知れへんわ」
「そうだったのか。いろいろあったんだね……。
坂元、大阪に行ってしまったのか」
たかしは、病室での坂元の辛そうな顔を思い出しながら、しんみりと言った。
「たかし、坂元は覚悟できてみたいで、最後までしっかりとしてたで。だから、俺たちもメソメソしたらあかんとちゃうか。
俺たち、絶対プロの漫才師になろうなって堅い約束を交わしたんや。俺と坂元なら、ええコンビになれると思うんや」
「うん。僕もそう思うよ。君と坂元ならきっといい漫才師になれると思う」
たかしは、自分でも意外なほど力強く発した言葉に驚いた。
「うん」
岡村は涙が込み上げてきたのか、顔をゆがめながらうなずいた。しかし、すぐに笑顔に戻ると、いつもの調子でふざけて言った。
「じゃあ、たかし。もうしばらくこの同好会におってな。頼むさかい。
坂元もいなくなって、たかしまでいてへんようになったら、三人きりになってしまうわ。それだけは、勘弁してえなぁ」
「わかってる。そう言うだろうと思ってたよ。それより、岡村、ずいぶん大阪弁が上達したよね。やっぱり、大阪に言ったのが影響してんの?」
「そうかぁ。そんなにうまなった?」
「うん。なんか、すっごく自然な感じ」
「なんやそれ、今までの大阪弁、そんなにおかしかったんか?」
「ちょっと…。とってつけたって言う感じあったかな。でも不自然な岡村の大阪弁も、ぼく好きやったでー」
「わっ、めちゃめちゃ、いけずやなぁ」
二人は顔を見合せて笑った。




