開発の島
アイノ島は、たかしたちが来る時に出発した本州の港から、船で五、六時間はかかるところにある小さな離島。
船着き場のあるこの町は、その日、たかしたちが回っただけでも、地方の都市とあまり変わらないほど都会化されているところがたくさんあった。
湾内は非常に整備されており、石垣などは全く見当たらない。どこもコンクリートで固められ、海底は大きな船が入れるように深く掘られていた。
町の中へ行くと、お店がたくさん並び、アーケード街や大きなデパートまであり、たくさんの人でにぎわっていた。
また、港から少し離れた海岸沿いには、海でとれた魚介類を加工して商品にする工場がいくつもあった。そばには、商品を入れるための袋や発泡スチロールの箱を作る工場がひしめくように建っている。そして、立ち並ぶ工場の煙突からは、黒い煙がモクモクと吐き出されていた。
道路と言えば、必要以上とも思われるほどの広さ。町内の周辺を見渡せば、家が建てられるのか、整地された土地があちこちに見られた。山は半分ほどに削られ、赤茶色になった土がむき出しになっており、とても痛々し気に見えた。
「こんにちは」
柳さんは、通りがかったおじいさんに声をかけた。
「このあたりも随分と変わったんじゃないですか?」
「はぁ、昔は漁師ばっかりじゃったが、今はこごんか町になって、若かもんは、みんな島の人間じゃなかごとなってしもうた」
「前は漁船もたくさんいたんでしょう」
「ああ、あそこの貨物船のとこらには、ずらりと並んじょったね。今は小さな船で少しばっかりとってきても、高か魚はだあれもこうてくれん。
干物にしてもスルメにしても、よそんもんが入って来て大きな工場ば建てたもんで、個人の仕事は成り立たん」
「海もだいぶ汚れたでしょう」
「そうじゃ。前はこの辺でも食べられる魚もおったし、わしらが子どもんころは、ウニもおったんじゃ。それが今じゃ、ぜんぶなくなっちまった。背骨の曲がった魚やら上がってくるらしい。漁もおしまいじゃ。よそんもんが来て、汚かもんば海に流したんじゃ。安か賃金で島んもんば使うてから…」
おじいさんは、もう何も言わなくなり、そのまま顔をゆがめて海を見つめた。
柳さんと編集部のスタッフはこの町で、熱心にティーンズ・ショーンズの足どりをたずね歩いた。
海へ出ては、漁船に乗っている人たちの話を聞き、町の中でも至る所あちことを回った。どんな小さな話も大切に聞き、どんなに冷たい対応をされてもめげなかった。 たかしも積極的に参加した。
しかし、二日が過ぎてもティーンズ・ショーンズと思われる人物についての話は、一度も聞くことができなかった。スタッフの疲れはひどく、活気がだんだんと薄れてゆくのを誰もが感じていた。
そんなもどかしさが募る二日目の夜、たかしは布団に入ってからも、なかなか寝付けなかった。そんなたかしを知ってか知らずか、隣に寝ていた柳さんは、ティーンズ・ショーンと暮らした日々の中での感動的だったはなしをいくつかしてくれた。
ティーンズ・ショーンズに助けられて一緒に暮らしていた時。右手のない女性と知り合った。
「彼女は幼いころ、事故で右手を失ったらしい。そのことで、子どものころから、ずっといじめられてきたそうなんだ。
ある時、ティーンズ・ショーンズが彼女の村にやってきて、不思議な植物の種を村人に配った。貧しい村だったから、みんな必死でその種を育てたそうだ。
ところが、その種はことごとく枯れ、とうとう右手のない少女のものだけが残った。その後その種は実り、信じられないほど豊かな食べ物を生み出したそうだ、
それからというもの、彼女はいじめられることもなく、みんなに大事にされていると言っていた」
たかしは、話を聞きながら、心の奥に引っかかっていたあることを思い起さずにいられなかった。そしてその夜、思い切って柳さんに打ち明けた。
「柳さん。実はぼくのクラスで、その…なんて言うか、いじめられている子がいるんだ。
宮田君ていう体の小さな男の子なんだけどね。今年の春に転校してきたんだ。何だかいつもオドオドしていて下向いてるんだよ。だからよけいに、面白がって嫌がらせしたり、からかったりするんだ。
でも。一番いけないのは、宮田君がいじめられているのを知っているのに、誰も止めようとしないことなんだ。クラスでもわりと力のある男子が中心になってるから、みんな見て見ぬふりをしているんだよ。
そういうぼくもみんなと同じ…。勇気が持てないんだ。ティーンズ・ショーンズのように立派な人間になるのは、すごく難しいことだよね」
たかしは思いつめたように言った。
「うーん、そうだなぁ。勇気がいるよな。 しかしな、たかし君、もちろん立派な人間になりたいと思うことも、とても大切なことだけど、その前にもう一つ、大切なことがあると思うんだよ」
「もう一つ大切なこと?」
「うん。おじさんは、ティーンズ・ショーンズにまつわる話を聞けば聞くほど、そう思えてくるんだよ。
どんなふうに言えばわかりやすいかな……。
まわりの人を愛する気持ち。心から大切に思う気持ちっていうかな。
その気持ちがあれば、もし、目の前にいる人が苦しんだり悲しんだりしてる時、黙ってみてはいられなくなるだろう。そうすると自然と勇気がわいてくるんだと思う」
柳さんの話は、たかしの心にすーっと入っていった。行き詰まっていた心に新しい風が吹いた。それから間もなく、たかしは心地よい眠りに落ちていった。




