決意
三十分ほどして、車は宿へ着いた。柳さんは、深々とおじぎをして車を見送った。
宿へ入ると、電話で連絡を受けていたスタッフが全員、迎えに出てきた。みんなの嬉しそうな顔。たかしは、ばつが悪そうに下を向いていた。
「おー、たかし。無事に帰ってきたか。いのししの餌になったんじゃないかと心配してたぞ」
モジがうれしそうに頭をなでた。
「みなさん、ご心配おかけしました。ごめんなさい」
たかしは、初めて顔を上げしっかりとした口調で言った。
「まぁまぁ、お話はあとでゆっくりとなさってください。まずはお食事をどうぞ」
優しそうな宿のおかみが、奥から出てきて言った。
「そう言えばお腹がすいたなぁ。みんなも待ってたんだろ。さぁ、急ごう」
「おれたちは、みんな済んでいます。たかしが見つかったって連絡が入ったんで、先に戴きました。スタッフの中に、まだかまだかと、うるさいのが約一名いましたので」
柴田さんが、モジのほうを見ながら肩をすくめて笑った。
「ははは…。そうか。仕事のほうもそれくらい迅速に頼むよ。と言っても、もう十時か。じゃあ、たかし君、急いで食事にしよう」
たかしは、旅館をゆっくり見ながら食事の部屋へ入った。
大宮青年の言う通り、こぢんまりしているが、掃除の行き届いたきれいな印象の宿である。中庭もよく手入れがなされ、落ち着いた雰囲気だ。
食後、再びスタッフは一室に集まった。
「今日は本当にみんなに心配をかけ、迷惑をかけた。申し訳ない」
柳さんは開口一番、スタッフに誤り、頭を下げた。その姿は、たかしの胸に突き刺さった。
「柳さんのせいじゃない。ぼくが、勝手なことをしたから」
たかしは、口を固く結び、涙が出そうになるのをこらえた。
「たかし君。私の思いが、君にずいぶんと負担をかけてしまったようだ。スタッフのみんなにも、不信感を持たせていたようだし。
今までのミーティングで、なにもかもわかり合っているという甘い認識をもってしまった私の責任なんだよ」
柳さんがしみじみと言った。その時、隣で腕組みをしていた中さんが口を開いた。
「たかし君。君は地球上の子どもの代表で、この取材旅行に参加してるんだ。遊びでもないし、ただ君がティーンズ・ショーンズに会いたいと思っているからでもないんだ。
このことを、おれたちスタッフももう一度、胸に刻んでおかないといけない。あと、十年後、二十年後に大人になる君らこそが、例えばこのティーンズ・ショーンズのような偉大な人物の光を受け、それをまた後の時代に伝えなければならない」
「たかし君。私は今回、どうしても君に一緒に参加して欲しかった。君たちのような柔軟な感性を持った子どもに、ティーンズ・ショーンズの生の姿に触れて欲しいと思っているんだ。
本を読むことも大事だけど、実際に体験することは、その何倍も大切なことだ。だけど、少しだけ先走りすぎたようだ。
たかし君。本当に君には辛い思いをさせた。そして、よく戻ってきてくれた」
柳さんは少し声を詰まらせながら言った。
見知らぬ人に山で助けられ、親切にしてもらったこと、柳さんが必死で探してくれたことが走馬灯のように、たかしの頭を駆け巡った。再び、胸が熱くなり、たかしの中で何かがはじけた。
「ぼく、明日からは、地球上の子どもの代表で勉強してるんだってこと、忘れないようにする。そう思えば、何言われても平気だったのにね」
「そうそう。たかし、その調子だ」
モジの声が一段と弾んでいた。




