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ティーンズ・ショーンズ〜光の人〜  作者: わたなべみゆき
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もう一つの絵

 たかしたちは、山を下り、青年の家でしばらく話をした。


「そんな事情がありなさったんですか。そりゃあ、たかし君も随分と辛かったねぇ」

 お茶をすすりながら、大宮のおばさんが言った。そのあたたかい口調に、たかしはまた熱いものがこみ上げてきた。

「だけど、逃げちゃだめだ。たかし。おまえ、そのティーンズ・ショーンズか、その人のことを知るためにきたんだろ。そしたら、ちゃんと言わなけりゃダメだ。勉強しに来たんだぞって。文句あるかって怒ってやりゃいいんだよ」

「もう三郎。あんたみたいに厚かましくないんだよ、人様は。

 それに、偉そうに言うとるが、確かお前も小学生の時だったか、似たようなことがあったじゃあないね」

「ああ、やっばいなぁ。かあさん、覚えてたの。

 実はおれも山ん中に夜中まで隠れてたことがあんの。理由は忘れたけど。

 おれは島っ子だから、たかしみたいに怖い思いはしなかったものの、あん時は、しこたまじいさんに怒られて、殴られたよ。

 だけど、殴りながら、じいさん泣いてたもんな。最後に、よう無事で帰ってきたって頭なでられた時は、おれも涙がとまんなくてさ。あん時のことは強烈に覚えてるよ」

「おじいちゃんは、あんたをほんとうに可愛がってくれなさったもんね。あんたが小さい時から、よぉ山や海に連れて行ってくれてねぇ。島はいいぞぉって、よう言いよんなさった」 

 大宮のおばさんは、おじいさんのことをおもいださうように、しみじみとつぶやいた。


「そりゃそうと、ティーンズ・ショーンズって、かあさん、聞いたことない?」

「ああ、かあさんもさっきから、そう思っていたとこだよ。おじいちゃんが生きていた時、誰だったか、そういう人を訪ねて来なさったよ。確か」

「えっ」

 柳さんの顔がぱっと輝いた。

「そ、それはどういうお話ですか? 詳しく聞かせてもらえませんか?」

「わたしも詳しくはわからんとですよ。おじいちゃんが生きとったらねぇ」

「おじいちゃんは、いつ亡くなられたんですか?」

「二年前に亡くなったんですよ」

「じいさんは、山が大好きだった。一年中、山で炭焼きばかりしてたんだ。山に入っては、いろんなもの取ってきて、おれにいろんな話をしてくれたよ。山にも一緒に連れてってくれたしね。死ぬ時も、あの小屋に連れてけって、そりゃあ、死ぬ前とは思えねぇぐらいにわめいて、連れてったら安心したのか、一時間もしねぇうちに死んじまった」

「炭焼きは、さっきの山でされてたんですか?」

「ああ、あそこに行くと、心が安まるよ。 じいさんはよく山には神様がいると言っていたんだけど、このごろ、それがなんとなくわかるような気がしてくる」


「おじいさんは、山で神様のような人に出会われたのでしょうか?」

「さぁ、それはわかりません。ただ、名前は思い出せませんが、十五年くらい前に、あなた方が言われるティーンズなんとかという人を訪ねてきた人とえらく意気投合して、さっきの炭焼き小屋で一晩酒を飲み明かしたことはあります」

「ああ、おれも覚えてるよ。確か、おれが小学四年生か五年生ぐらいの時だった。あのおじさんも変わった人だったもんなぁ」

「男の人だったんですね。名前は思い出せませんか」

「覚えてないって言うか、たぶん、じいさんも知らなかったんじゃないの? そんなのどうでもいいって感じだった。二人とも」

「あ、でも一枚絵をおいて行かれました」

「絵を?」

「ああ、そうだった。そのおたくたちが探してるティーンズ・ショーンズっていう人を描いたとか?」

「その絵、今ありますか?」

 柳さんが興奮したように立ち上がった。

「ええ、おじいさんがいきておった時は、とても大事にしとりました。毎日、お茶をあげたり、山からとってきたもんを供えたり。今は、私があずかっとります。なんか、心が和んでくるゆうか、こうありがたい顔をなさってるもんで」

「その絵を見せてもらえますか?」

 柳さんの顔は興奮で少し赤らんで見えた。

 たかしの目もいつの間にか、輝きを取り戻していた。

 

 大宮のおばさんは奥の部屋へ行き、ほどなくして一枚の絵を持ってきた。柳さんとたかしは待ちきれないように立ち上がり、その絵をのぞきこんだ。

 たかしが探している光がそこにあった。あのまなざし。笑みをふくんだ口もと。たかしの頭の中で、柳さんの「家で見た絵と、目の前の絵が重なり合った。

「ああ、間違いない。やはりティーンズ・ショーンズだ。しかし、いったいだれがこの絵を…」

 柳さんがうわずった声でたずねた。

「はぁ、確かこの辺に小さいサインが…」

 絵の片隅に目立たない色でかすかにサインがあった。柳さんは、アルファベットで書かれたその名前を口に出して読んだ。

「ひ…が…しやま」


「えー!」

 たかしがすっとんきょうな声をだした、

「たかし、どうしたんだ。いきなり。知り合いかい?」

 大宮青年が笑った。

「もしかして、たかし君」

 たかしは、柳さんの顔を見ながら、目を丸くして、つばをごくりと飲み込んだ。

「や、柳さん。東山って、ま、間違いない。

本屋のおじさんの名前。それに、あ、あのおじさん、若いころ、絵を勉強しにイタリア、いや違う。フランスに留学してた…たんだっって」

 たかしも興奮していた。言葉がうまくでてこない。

「そうか。やっぱり、ティーンズ・ショーンズに会ったことがある方だったんだ」

「まぁ、不思議な巡り合せもあるもんですねぇ。たかし君がここに来たのも、なにかご縁があったんでしょうねぇ」

 おばさんが、しんみりとした声で言った。

 たかしはその巡り合せに、少し身震いをした。

「大丈夫かい? 山が寒かったんじゃないかい?」

 そう言って、おばさんは温かいミルクをもってきてくれた。

「ありがとうございます。本当にお世話になりました。たかし君がお世話になった上、貴重な話まで聞かせていただいて、とても参考になりました」

「いえいえ、たかし君が無事に見つかって何よりでした。おじいちゃんが生きとったら、もっといろんな話が聞けたんでしょうがね。

 おじいちゃんは、山が好きで、山は生きとるじゃ言うてました。きっといろんな物が見えてたんかもしれません。

 炭焼き小屋は今、孫の三郎が継いでるんです。せっかく大学までだしたちゅうのに、おじいちゃんが亡くなったあと、帰ってきて始めたとです」

「小屋で暮らすようになって、生きてる実感みたいなもんを強く感じる。

 とにかく心が安らかでいられるよ。もうだいぶ悟りも開いてきたし、自分じゃかなり有難い顔になってきてると思ってるんだけど。かあさん、おれの顔も一回拝んでみる?」

「あんたみたいな厚かましい人間が、そうそう悟りなんて開けるもんか」

 おばさんが笑いながら言った。

 たかしはまた、くくくと笑った。 

 

 柳さんは、大宮青年にいくつか質問し、おじいさんの話などを聞いた。その間におばさんは立って、急須にお茶を注ぎながら、穏やかな顔をして言った。

「それはそうと、今夜はどうなさいますか?

 なんなら、うちに泊まってもらっても構いませんが」

「ありがとうございます。しかし、他のスタッフもおりますし、明日はまた仕事がありますので、今から宿へ向かいます」

「そうですか。それじゃあ、もうバスもありませんので、三郎に町まで送らせます」

「ああ、そのつもりさ。たかし、おれのポルシェで乗っけてくから安心しろ」

 大宮青年は、たかしの顔を見て、ウィンクした。たかしはさっきのことを思い出し、軽く吹き出した。

 

 青年は、たかしと柳さんを乗せ、車を飛ばした。車のヘッドライトが、山に囲まれた真っ暗な闇を切り裂く。柳さんは、宿の名前と住所を青年に告げた。

「その宿だったら、すぐにわかる。古くからやってるところだよ。こぢんまりしていていい宿さ。おかみもいいしね」

「三郎君。本当にお世話になったね。ありがあとう」

「いやいや。何事もなくって良かったすよ。

 たかし。もう二度と、みんなに心配かけるような真似すんじゃないぞ。それから、また遊びにこいよ。いろんなとこ案内すっから」

「うん。ぼく、もう絶対逃げ出さない。お兄ちゃん、ありがとう」

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