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ティーンズ・ショーンズ〜光の人〜  作者: わたなべみゆき
12/19

山の別荘

 そのころ、バスを降りた柳さんは、国道から下りたところにある数軒の家を訪ねた。

 この辺の地理を聞くつもりだ。

 最初にたずねた家が、運よく先ほど新聞を取りに来た女性の家だった。名前は大西さんと言った。

 柳さんは、その人にたかしが突然バスを降りていなくなったことを告げた。

「小学六年生なんですが、お見かけしませんでしたか?」

「いいえぇ。全然気のつかんでおりました。すいまっせん。お役に立てんで。

 しかしまぁ、どこへいってしもうたかねぇ。はよぉ見つけてやらんと、日が落ちるとすぐにくろぉなっていまうけねぇ。

 ちょっと裏のおばさんたちにも頼んできますけ、ここで待っとってください」

「申し訳ありません。それと、山の中に危険はないですか?」

「うーん。まぁ、熊はおらんがね。まむしがおるのと、この島には鹿が多いからねぇ」

「鹿は人を襲いますか?」

「いや。鹿よりそれを追ってる野良犬のほうが危険だね」


 柳さんはたかの無事を強く強く願った。

 近所の人たちも大宮さんの話を聞き、手分けしてすぐに探し始めてくれた。柳さんは、大宮さんと一緒に山へ向かう道を選んだ。

「おーい。たかしくーん。おーい」

 途中、小さい脇道が幾つもあった。柳さんはたかしが入ったのではと何度も迷ったが、大宮さんは真っすぐに進んだ。

「たぶん、その坊やは、この道をまっすぐ走って行ってるよ。小道に入る草が踏まれてないし、蜘蛛の巣もそのままだ」

 あたりは、もうほとんど闇に包まれた。時折、野良犬の遠吠えが聞こえ、柳さんの不安をかりたてた。

(やはり、あの時、モジに側についてもらうべきだった)

 柳さんは、バスの中でたかしを一人にしてしまったことを後悔した。

「山の別送に行ってくれてればいいんですがね」

 大宮さんがふとつぶやいた。柳さんは立ち止まり、大宮さんの顔を見つめて言った。

「えっ、山の別荘ですか?」


 モクモクと立ち上がる白い煙。一瞬、たかしは山火事だと思った。しかし、よく見ると、煙は煙突か何かからはきだされているかのように、規則正しい一本の筋になっている。たかしは、しばらくそこに立ち止まり、様子をうかがった。

「あれ?」

 来るときには気づかなかったが、道のわきに木が覆いかぶさってトンネルのようになった脇道がある。

「こんなところに誰か住んでる人がいるのかな…」

 たかしは不審に思いながらも、その中へ入ろうとした。その時だった。


 ゥオゥオゥオーン、ゥオゥオゥオー

 恐ろしく響く低い太い唸り声が、たかしのすぐ後ろのやぶをつきやぶるように襲ってきた。

 たかしはその場に立ちすくんだ。もう一歩も動けないほど、体は固くなっている。たかしは、ゆっくりと、そして、なるべく体を動かさず後ろを見た。信じられない光景だった。

 オオカミのように鋭い目をした犬が数匹、今にも襲いかかってきそうな体勢で、低く構えていた。

 ウー。とどろくような低いうなり声がたかしの体を縛る。後悔が全身を走る。   

 ウー。ウー。二匹三匹の犬の声が重なるたびに、恐怖のあまり涙がこみ上げる。

(他にも何かいる)

 たかしは、もう一匹、何か違うものの気配を感じた。

 次の瞬間、『グウォー』

 一匹がとびかかってきた。と同時に、たかしは走っていた。さっき、この山へ来た時の十倍くらいの力で、走って走って走り切った。

 背後では犬たちのすさまじい声が聞こえる。たかしは、夢中で木のトンネルをくぐりぬけた。

 どこをどうやって走ってきたのか、まるでわからなかったが、気がつくと山の中の平地に出ていた。

 目の前には、一軒の山小屋。そしてその側には、煙突のついた白っぽい小山。その煙突から、さっきたかしが見た煙が吐き出されていた。

 

 助かったんだ。そう思った瞬間、たかしの体はがくがくと震えだした。たかしは、何度か深呼吸をし、震えが静まるのを待った。小屋には薄暗いあかりがついている。

 どんな人がいるんだろう。たかしは、小屋の前まで行った。

 怖い人だったらどうしよう。何度か迷ったが、思い切って、入り口の戸を叩いてみた。

「こんばんは」

「おー。今ごろ誰だい? 玄ちゃんかい? 開いてるよ」

 たかしは戸を開け、中に入った。

 中には、青年がいて床の上に寝転がっている。真ん中には囲炉裏。壁にランプが二つかけてあった。

「あんた、だれ?」

「あの…、ぼく」

 そう言うのが、精いっぱいで涙が言葉をさえぎった。

「まぁ、とにかく中に入りな」

 たかしは靴を脱ぎ、床に上がった。青年は、たかしにお茶とせんべを出してくれた。


「どうしたんだ。こんな時間にこんな山ん中で。お兄ちゃん、驚いたぞ。てっきり座敷童が出たかと思った。あやうく腰ぬかすとこだったぞ」

 その気さくであたたかい口調に、たかしは安心した。そして、この島へ来た目的と、なぜ今こんなところにいるのかを話し。

「ふーん、それで、おまえバスを飛び出してきたってわけ。そりゃあ、みんな今ごろ心配してるぞ。

 たかし君だったよな。お前がみたのは野生化した野良犬だ。たぶん鹿を追ってきたんだろう。危ないとこだったな。一つ間違えると、お前がやられてたぞ。

 まぁ、ここにいても仕方ない。まず、おれの家へ行こう、たぶん、みんなして、たかしのこと探しているとこだろう」

「え、ここが家じゃないの?」

「ははは…。ここは仕事場兼憩いの家。お前がバスを降りたところに家が何軒かあっただろ。とにかく急いで帰ろう」

 青年が立ち上がった時だった。


「ほら、やっぱここに来てなさった」

「たかし君。大丈夫か。ケガはないか」

 青い顔をした柳さんがたかしのところへ駆け寄り、肩を抱いた。

「柳さん。ごめんなさい」

 柳さんの腕に包まれ、たかしは小さく声を震わせて泣いた。

「たかし君。悪いには、おじさんだ。君の気持ちをもっとくむべきだった。

 とにかく無事で何よりだ。野良犬が激しく吠えていたし、ここに入る山道に争ったあとがあったから、もしや君が襲われたんじゃないかと、生きた心地がしなかったよ。あー、無事で良かった」

「なんか、心配なくなったみたいっすね」

 青年がボソッと言った。

「あ、申し訳ありません。柳と言います。たかし君が大変お世話になりました。本当にありがとうございます」

「ちょっと、下の家でお茶でも飲んで行ってください。親戚のもんもまだ探していると思いますんで。とにかく下へおりましょう」

 おばさんがにこやかな顔で言った。

 

 たかしは、軽はずみな自分の行動が、顔も知らない人にまで迷惑をかけてしまったことに、責任の重大さを実感していた。

 また首をうなだれるしかなかった。その時、

「じゃあ、おれのポルシェで皆様をお送りいたしましょう」

 ひょうきんな声で青年が言った。たかしは、一瞬、ポルシェなんてあったっけ、という顔をした。

「ははは…。たかし、気がつかなかったか。この別荘に入る前に、止めてあっただろう。

おれのポルシェ。」

 そう言って、たかしの頭を軽くこづいた。

「いや、夢中で走って来たから…」

「そうか。じゃあ、今から案内してあげよう。山の駐車場だ」

 小屋を出て外を見渡すと、右側の方に車が一台停まっていた。

「えっ、これがポルシェ⁉」

「そうさ、車種は軽トラだけど、車の名前はポルシェ。おれが付けたんだ。文句ないだろ」

 青年はいたずらっぽく笑ってみせた。

 たかしも思わず笑った。少しだけ、気持ちが軽くなった。


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