取材旅行
港には、たくさんの船が浮かんでいた。いよいよ出発の日がやってきたのだ。車から荷物をおろし、ターミナルに向かう途中、おとうさんはたかしに言った。
「気をつけて行って来いよ。島での話を聞けるのを楽しみにしてるからな。だけど、たかし。この旅行は遊びじゃない。柳さんたちにとっては仕事だってこと、忘れちゃだめだぞ」
「もう、しつこいな、おとうさんは。そんなことわかってるって。心配しなくても大丈夫だよ」
そう言いながらも、おとうさんの言葉が何だか胸にジーンときた。「編集室まで送ってもらえればいい」というたかしに、「せめてとうさんにも、それぐらいはさせてくれよ」
と、港まで送ってくれたのである。
ターミナルに到着すると、海のほうを指さして、おとうさんが言った。
「たかしの乗る船はあれだよ」
そこには、白い船体の『フェリーあいの』が、コナミに揺れながら浮かんでいた。中型の貨物船より少し大きめの船。波の光がきらきらと反射して、とてもきれいに輝いて見えた。
ターミナルに入ると、スタッフのほとんどがそろっていた。
「柳さん、みなさん。お世話になります。旅行中、ご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします」
おとうさんが、みんなに挨拶をしていた。
たかしは、やっと来た「その日」に不思議と落ち着いた気持ちで、ずっと続いている海のかなたを見つめていた。
(あの海の向こうにアイノ島があって、そこにはティーンズ・ショーンズがいるかも知れない…)
そんなことを考えているうちに、たかしの胸は希望に膨らみ、、ドキドキと鼓動さえ高鳴ってゆくのだった。
船の中はm夏休みの帰省客らしき人たちで、大変込み合っていた。四時間は乗っていただろうか。暑さと眠たさでぼーっとなりながら、たかしは、甲板に立ち水平線を見ていた。
あたり一面が海という壮大な風景に、とても遠くにきたんだという実感が、不安と期待の波となってたかしの胸に押し寄せた。
「あっ」
島影が見える。いよいよアイノ島に着くんだ。そう思ってからも、なかなか船は到着しなかった。たかしの心ははやるばかりだったが、結局、島に着いたのは夕方近くであった。
たかしは初めて見る海の夕焼けに心まで染まっていた。
「こんなにでっかい夕日を見たの初めてだ」
スタッフまで子どものようにはしゃいでいる。
空一面の夕焼け色、幾そうかの船が遠くに浮かび、山かげが黒く沈んで見える。
(まるで、絵のようだ。島の人って、毎日こんなきれいな夕焼け見てるんだよな)
その日の夜は、港の近くの小さな宿に泊まることになっていた。
翌朝、朝食後に柳さんからの話。
「いよいよ今日から取材開始だ。きっと何かいい話が聞けるはずだ。ていねいにしかもタイミングをはずさないよう、みんな気を引き締めてやってくれ」
たかしは自分まで「ティーンズ・ショーンズ」の編集スタッフになったみたいで、ちょっぴりくすぐったい気持ちになった。
宿を出ると、バスに乗った。島のバスに乗ってスタッフもたかしも一様に驚いた。一度乗ったら二度と降りることができないのではないかと思うほど、次のバス停までがものすごく遠いのだ。いよいよ山奥に入ったようなところに家がぽつぽつと見え始め、やっとバスは小さなお店の横の停留所に止まった。
「すっげー。おれ、こんな近くで山みるの初めてだよ」
感激したようにモジが目を丸くして言った。
「葉っぱが見える距離ですからねぇ。しかも、四方八方が山。都会育ちの僕には、空気の味までまるで違いますよぉ」
東京から出たことがないという秋野さんは、美味しい美味しいと言って、やたら空気を吸っている。
その顔が妙におかしくて、たかしはゲラゲラと笑い転げた。みんな、初めての土地で興奮気味である。
「さぁ、みんな。感動するのもいいけど、仕事忘れるなよ」
柳さんが笑いながら声をかけた。
バスから降りると、スタッフたちは打合せ通り、三班に分かれ、それぞれ取材に取りかかった。たかしは、柳さん、村井さんがいるグループに入れてもらい、一緒に話の聞き取りに回った。しかし、なかなかティーンズ・ショーンズにつながる話は聞けなかった。
「こんにちは」
庭で農機具の手入れをしているおじいさんに、村井さんが声をかけた。
「どうしましたかぁ」
おじいさんは、人なつこい笑顔で応えてくれた。
柳さんが取材のことを説明すると、おじいさんはタオルであせをふきながら言った。
「はぁ、そりゃあご苦労なこった。また、わしゃあ、子ども連れなんで観光旅行で道に迷ったかと思うちょった。
仕事で来なさったとね。こりゃまた失礼しました。わはははは…」
思わず柳さんたちもつられて笑った。しかし、たかしには、おじいさんの言葉がなんとなく胸に引っかかった。そして、次の家を訪ねた時も、その次の家を訪ねた時も、やはり「子ども連れ」という言葉が出て来て、その度にたかしの胸はドキリとなった。聞き取りも思うように進まず、手がかりになりそうな話は聞けなかった。
バス停でバスを待っていると、三班に分かれたうち、モジがいる班のスタッフがやってきた。
取材を楽しんでいる様子を見て、たかしの気分も少し明るくなった。一緒にバスに乗り、次の場所に向かった。今度は山を抜け、少し開けた感じの町に着いた。
「なんかすごく町に来た感じがしますね」
「ははは。ずっと山の中だったからな。君たち若い者にとっちゃあ、町のほうが落ち着くのかもしれんな」
「そうですね。なんか文明社会に戻れたという変な安心感はありますね」
「あはははは、そうだな。ぼくたち年配組も含めて、今や電気やガスがねい生活なんて考えられなくなっているところはあるよな。
しかし、おそらくこの島だって、今では電気、ガスがひかれていない所はないだろうな。今夜はこの町に一泊する予定だから、みんな安心してくれ」
スタッフの中に笑いが起こった。
たかしたちが宿に着いた頃には、別の班のスタッフの仲間たちはもうすでに荷物もおろし、くつろいでいる様子だった。
玄関の隣が広間になっていて、大きな水槽の中で魚たちがゆうゆうと泳いでいた。小さな旅館だったので、水槽は余計に目立った。さすが、島の旅館だなという感じ。
たかしたちの到着が予定より少し遅れていたため、一息つく間もなく夕食とお風呂をすませると、さっそく今日一日の報告会が始まった。
「たかし君は、休んでていいよ」と柳さんは言ってくれたが、たかしはミーティングには全部出ようと決めていた。
せっかく誘ってくれた柳さんに対してそうすべきだと思ったし、何よりティーンズ・ショーンズに関することを一つでも知りたかったのだ。
他の二班の聞き取りもそれほど収穫はないようだった。たかしは、スタッフの残念そうな顔を見ているのが辛かった。なんだか自分のせいであるような気がしてくる。
ミーティングの最後に柳さんは、みんなを励ますように力強く言った。
「取材は始まったばかりだし、今回の取材が難しいのは、事前の調査でもわかってたことだ。そんな簡単にいい話が聞けるわけがない。
一週間の中で、一つ成果をつかめばいいんだ。まず、みんなの元気を取り戻すことが一番の近道だぞ」
(さすが、柳さんだ。ぼくも明日は何か一つでもいいから、話を聞き取れるようにがんばろう)
たかしは、だいぶ重たくなってきたまぶたをこすりながら、そう思った。




