【水晶が見せてくれた】
わたしたちの捜索も虚しく、いくら探し続けても都司は見つからなかった。
疲れたし、地底界の日中は暑い。次から次へと額から流れ落ちてくる汗を袖で拭う。スミと休憩を取ることにしたわたしは、近くにあった横倒しになっている洗濯機に腰掛けた。
スミがステンレスボトルを手渡してくる。
「朝ごはんの残りだ」
「ありがとう。お腹すき過ぎて倒れそうだったんだ」
ふたを開けた途端に湯気が立ち昇る。おいしいスープの匂いにぐうとお腹が鳴った。嬉々として喉に流し込む。
「おいしい。スミもどうぞ」
「うん。その前に聞いておきたいことがある」
「なに?」
スミはわたしの後ろに目を向けた。わたしは手渡し損ねたステンレスボトルにもう一度口を付ける。
「お前に頼みたいことがあるんだ。出てこい、ライメイ」
わたしのすぐ後ろで物音がした。
振り返ると、わたしと同じような恰好をした痩せぎすの少女ライメイが、おろおろと視線をさ迷わせながら地中から這い出てきた。
ぎょっとしたが、車型の大きなローラーが付いた農機具が深々と地面にめり込んでおり、その僅かな隙間をかいくぐって出てきたのだと分かった。
彼女はびくびくしながらスミの元へ寄って行く。近づいて気付いたが、身長は百五十センチメートルには満たない程でとても小柄だった。これならあの小さな隙間も難なく通れるだろうと合点する。
「えっと、久しぶりだね。スミ君は元気だったかな。ちなみに私は普通だよ。あはは、今日も暑いね」
ライメイは烏の濡れ羽色をしているお下げの先っぽを指で弄っている。スミに話しかけながらも絶対に目を合わせないという意気込みを感じた。
血の気が無い透けるような白い肌が髪色のおかげで際立っている。彼女も地底人なのだろうが、日本人形のような美しさがあった。
スミはそんなライメイの様子を全く気にしていないようだった。
「探している人間がいるんだ。お前にも手伝ってほしいと思ってついでに探していた。ずっと地中に身を潜めていたのか?」
「そうなるかな。今日はちょっと、何となくだけどね、探し物をする気にならなかったから。えへ、さぼりじゃないよ。もう少し休憩したら一個くらいは探そうと思っていたから。本当だよ」
ライメイは腰に巻き付けているウエストバッグからおもむろに何かを取り出した。
「それは水晶?」
わたしが声をこぼすと、ライメイは嬉しそうに何度も頷いた。
両手を覆うくらいの大きさがある水晶は、蛍石の光を受けてきらきらと輝いている。占い師が持っているイメージしかないわたしは、興味が湧いたので顔を寄せてまじまじと観察してみた。向こう側の景色が歪んで見える。
ライメイが水晶を隠すようにわたしから身を離す。
「それじゃあスミ君の頼みごと、やってみるね」
ライメイはわたしの目を見てから一秒もせずに逸らした。手元の水晶を両手で持ち、直立不動の体勢を崩さない。口元だけはぶつぶつと何かを呟いていたが聞き取れなかった。
何をしているのかさっぱり分からない状況だ。わたしはスミに説明を求めてみたが「どっちにしろすぐに分かる」と一蹴された。
体感で一分もかからなかったと思う。力が抜けたように地面にしゃがみ込んだライメイを見て、何かが終わったのだと察した。
さっきと違い、ライメイが真っすぐわたしを見て言う。
「最近こっちの世界にきた、君以外の人間を探してみたよ。男の子だね。ほら、ちゃんと映ってる」
わたしはまさかと思いながらも恐る恐る水晶を見る。すると、そこには紛れもなく都司が映っていた。笑っている。他に映っているものは何も見えない。都司の顔だけが浮かんでいるのだ。
「これって何。どういうこと」
「この水晶は気まぐれに地底界を見つめるんだよ。まあ、つまりこの男の子は今現在地底界にいて、笑ってるってことだね。それにしてもすごいな。だってこの水晶が何かを映したのって千年以上ぶりだもの。ね、スミ君もすごいって思うよね」
「ああ。まさか本当に映るとは思っていなかった。でもこれで小町の弟が地底界にいることは断定したな」
わたしの感情はごちゃごちゃだった。
都司が母といっしょにいるかもしれないという希望が消えてしまった不安と、都司が地底界で生きているという安堵がない交ぜだ。
静かに深呼吸を繰り返す。頭で考えることは後回しにしよう。だから今、わたしは感情のままに言葉にした。
「都司がのんきに笑っているなら、それで良しだね」
スミが元気づけるかのようにわたしの背中をそっと叩く。
「大丈夫。きっと弟も小町と同じように次の風を探すだろう。同じ方向を進んでいれば、どこかでばったり会える」
スミの言葉を噛みしめて頷いた。
まだ水晶の中で笑っている都司は、時折だれかと喋る素振りを見せた。わたしがスミに出会えたように、都司も心優しい地底人と出会えたのだろう。
都司と再会したら話が尽きないだろうな。
わたしは水晶から顔を上げる。
「ライメイさん、ありがとう。早く探してくれているみんなにも知らせないと」
「そうだな」
わたしたちを他所に、ライメイがこそこそと地中に潜り込もうとしているので止めた。スミが首根っこを掴み引っ張り上げる。
「仕事が残ってる。さっき一個は探すって言っただろ。探し物だって隠された庭の管理を任されている俺らにとって大事な仕事だ」
「分かってるよ、確かにそうだけどさ」
ライメイは面倒くさそうに脱力しているが、スミは逃す気はさらさら無いようだ。