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【隠された庭に戻った】

 地底界の夜明けを見守り、スミ特製のスープでお腹を満たしたところで今日の予定について聞かされた。

 この崖に住んでいる地底人で一つのコロニーを形成しており、その中の大半が隠された庭の管理を生業にしているという。スミとオボロもそうだ。ヒョウは浴場の管理をしているとも教えてもらった。スミに担いでもらわないと碌に動けないわたしは、これからスミに引っ付いて隠された庭へ行く。


「何が落ちているか分からないから、長袖長ズボンと帽子は必須だな」

「スミはそんなに軽装なのに」

「俺は慣れてるからいいんだ」

 

 スミが床下収納から引っ張り出してきた生成りの服と帽子を、まとめてわたしに押し付けてくる。外気は温かいから、できればスミのように半袖短パンの楽な服装がいいと思った。けれど我儘ばかり言っていられない。外が活気づいている。わたしは置いて行かれないようにさっさと着替えることにした。

 スミがわたしに背を向けて銅像の様に直立不動になっている。気恥ずかしい気遣いだ。わたしは気にしていない風を装い、できるだけ早く着替えた。


「着替え終わった」

「おう、それじゃ行くぞ。仕事をしているときが一番情報を得やすいんだ。舞い上がる日について詳しい奴らが何人かいるから聞いてみる」

 

 わたしを担いだスミは、慣れた足取りで部屋を後にした。

 地底界に来て一晩が経ち、わたしはじんわりと現実を受け止めていた。だって蛍石の天井なんて地上には無いし、危険な崖に穴を掘って生活している人たちだって知らない。

 今わたしがいるのは地底界で、彼らは地底人なのだ。

 だとして、わたしには気がかりなことが一つだけある。


「わたしが風に吸い込まれた時、近くに弟がいたんだ。もしかしたら都司も地底界に落ちたかもしれない」

 

 スミはしばらく考え込んでいた。わたしを怖がらせないように、頼りない足場をゆっくり上って行きながら。

 頂上まで着くと、わたしを下ろして向かい合わせになった。


「隠された庭に、他にも人間がいないか探そう。もしかしたら仲間が保護しているかもしれないから聞いてもみる。問題は、俺らのコロニーの管理外である、別の隠された庭にいたら厄介ってことだ」

「どういうこと」

 

 スミは言うのを躊躇っていたが、わたしが引かずにいると渋々教えてくれた。


「地底界に隠された庭がいくつかあるってのは言ったろ。そこを管理している、俺らみたいなコロニーがそれぞれあるんだ。もちろん個人に性格があるように、コロニーごとに特色がある。例えば人間に友好的なコロニーと、そうじゃないコロニーとかな」

 

 わたしはガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 ハクハクと口から意味もなく空気を漏らす私に、スミが真剣な顔をして言う。


「俺は他のコロニーとあまり関わりがないが、たまに別のコロニーの奴と遭遇することもある。大半が人間に友好的だ。だが例外があるのも事実。もし小町の弟がそこにいたら、良い待遇をされるとは思えない」

 

 わたしは自分の記憶を探る。何度も何度も思い返す。

 風が吹いて、都司に声をかけられて振り返った時のことを。もうそこから記憶が無いけど、何かを思い出せるかもしれないから。

 嫌な汗が伝う。地底界の暑さのせいだけではない。


「都司が地底界にいるか確証は無いんだ。ただ、すごい風だったからもしかしたら巻き込まれたのかもしれなくて」

「落ち着け。怖がらせて悪かったが、最悪の事態を想定しただけだ。もし小町といっしょに舞い降りる日の風に乗ったのなら、近くにいる可能性だってある」

 

 わたしは無言でスミの後に続いた。

 スミと出会えたから、どこか安心して楽観していた。地底界は危険なところではないと。都司が巻き込まれているとしても、命の危険に晒されることはないだろうと。

 崖から遠ざかって行くほど、足元にガラクタが増えて行く。

 早く探さないといけない。そして、都司が地底界にいる可能性を潰していかなければ。全ての可能性を潰さないと、わたしは都司が母の元へいるのだと安心できないままだ。


「ここが小町を見つけた場所だ。まずはこの周辺を探す」

「分かった」

 

 倒れている大きな食器棚の引き出しや廃車の中を隈なく探す。少しでも物音がしたら地面のガラクタを掻き分けてもみた。わたしのように閉じ込められていたら悲惨だ。

 近くではスミが探してくれている。途中で大勢の地底人を連れたオボロがやってきた。オボロは隠された庭の管理人の総括、言わばリーダーらしい。スミがあらかた事情を話すと、他の地底人に人間を見つけたら報告するようにと指示を出してくれた。わたしは頭を下げることしかできない。

 オボロの腕にしな垂れかかっている豊満な胸元を有した女性が、魅惑的な笑みをわたしに向ける。


「あたし人間は好きよ。だからそんなに小さくならないで。お願いを聞いてくれてありがとうって笑ってくれたらそれでいいの。もしあなたの弟さんを見つけたら、お礼にチューでもしてくれたら最高だわね」

 

 わたしはへらりと笑ってどうにか頷いた。

 間髪入れずにスミが声を上げる。


「真に受けるな。こいつはオボロと同じ属性だ」

「あらやだ、失礼しちゃうわね」

 

 女性は人差し指でスミの額を小突くと、くすくすと笑いながら持ち場へと戻って行った。他の地底人たちも散り散りになっていく。オボロが去り際にわたしに言い残した。


「そんなに暗い顔をしなくても大丈夫。地底界は果てしなく広いが、見つけたいものは見つかるさ。だって僕らはお宝探しのプロだからね。コマチはどんと構えて、その引っ付き虫を構っていれば問題ないよ」

 

 綺麗なウインクだった。わたしは去って行くみんなの背に届くように大きな声を出す。


「あの、いっしょに探してくれてありがとうございます」

 

 あちこちから片手が上がる。頼もしい背中だった。地底界に身一つで迷い込んできたわたしにこれほど親切にしてくれる彼らには、いくら感謝をしても足りない。

 真横に立つスミを見る。


「全部スミがわたしを見つけてくれたおかげ。本当にありがとう。わたしもみんなに負けないようにいっぱい探す」

「おう。俺も負けない」

 

 顔を見合わせて、決意を固めて頷いた。

 もし都司が危険なコロニーにいたらという不安はもちろんある。けれどそれ以上に、スミをはじめ、わたしに力を貸してくれる地底人がこんなにたくさんいることが糧になった。わたしが進んでいる道は暗くないと思えたのだ。

 オボロに言われてしまった暗い顔を引き締める。気合いを入れるために両頬をぽんと叩いてみたら、スミがぎょっとした目でこちらを見た。

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