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【夜更かし蛍石の中にいた】

 ヒョウとの温泉は楽しかった。泥湯のほかにも、ヒョウおすすめの数種類のお湯に浸かり、わたしの体はすっかりぽかぽかになった。

 風呂上がりにわたしの髪を結んでくれたヒョウが鏡越しに笑いかけてくる。


「あたしら、髪型おそろで超かわいいよね」

「うん、可愛すぎ」

 

 ピンクとアイスブルーのお団子が並んだ。

 来た時と同じように赤い暖簾をくぐって外に出る。洞窟内に吹き込んでくる生暖かい風が心地よい。

 みんなと別れた洞窟の入り口まで戻ろうかと二人で話していると、洞窟いっぱいに反響する口論が聞こえてきた。


「オボロたん達の喧嘩なんて日常茶飯事だけどうるさいなあ」

 

 少しだけ迷った後、わたしとヒョウは声が聞こえてくる方向に進むことを決めた。

 ヒョウはこの地に来たばかりのわたしをよく気にかけてくれる。今だって「絶対くだらない喧嘩だから気にしなくていいよ」と優しく声を掛けてくれた。

 声の出所である二人の元へたどり着くと、ようやく喧嘩の原因が判明した。

 男と書かれた青い暖簾の前にあるベンチに、オボロとスミが座らされている。その前に仁王立ちしたヒョウが、呆れの混ざった面持ちで口を開いた。


「で、喧嘩の原因はコマチにあるってことね」

 

 どういうことだとわたし自身は思ったが、スミの言い分を聞くならこうだ。

「小町を拾ったのは俺だから俺が面倒を見る」

 それに対してオボロは即座に否定。

「コマチは女の子だからヒョウが面倒を見たらいいだろう。異性じゃ共同生活を送りにくいはずだ」

 

 ここで二人は再びヒートアップしたが、ヒョウに咎められてすぐに大人しくなった。ここはわたしが何か切り出さねばならない局面なのだろうか。熟考しているわたしを置いて、ヒョウが口を開いた。


「ぶっちゃけオボロたんの意見に賛成。だってあたしコマチといるの超楽しいもん。全然いっしょにいたいしマジ最高だと思う」

 

 これで形勢は一気に傾いた。

 スミがむすっとした顔で沈黙を貫く。それを横目にオボロとヒョウがわたしの新しい寝床について相談し始める。

 話の途中に割り込んでしまう形になって申し訳ないが、考えがまとまったわたしは挙手した。


「拾ってもらっている身で恐縮だけど、わたしはこのままスミのお世話になろうかと思ってる」

 

 三人分のぱちくりと大きく瞬く目がこちらを見た。宝石みたいに綺麗な光景だと思った。

 スミが口元だけを器用に緩ませて小さく笑った。


「小町がそう言ってるんだ。これで文句はないだろう」

 

 みるみるうちに元気を取り戻したスミが、ヒョウを押しのけてわたしを担ぎ上げる。もう帰る気満々だ。今にも帰りたいという雰囲気を全身からこれでもかと発している。

 残念そうに眉を下げたヒョウが、わたしの服を引っ張って足止めしてくる。


「あたしと一緒にいようよ」

「ごめん。わたしさ、スミがいないと外に出られないんだ。でも、また会いに来る。スミに連れてきてもらうから」

「絶対だかんね」

「うん、絶対」

 

 ヒョウの制止が無くなると、スミは意気揚々と歩きだした。

 オボロは頭を掻いてわたしたちを静かに見送ってくれた。「そうだ、あの子は足場が歩けないんだった」との発言を聞き、ヒョウが盛大に笑っていたのはぎりぎり聞こえた。


「マジかよ。あたしはあんなふうにコマチのこと担げないや」

 

 浴場のある洞窟の入り口付近は相変わらず湯気だらけだった。軋む足場を登って、スミの住処も通り過ぎてさらに登って行く。


「どこに行くの」

「もうすぐ着く」

 

 ついに崖の一番上に辿り着いた。このまま隠された庭に進むのだろうか。そう思っていると、崖の縁にそってスミが歩き出した。地上ならわたしだって自由に歩ける。自分の足で地面を踏みしめる。

 薄暗いから誤って崖に落ちてしまわないように気を付けないといけない。蝋燭の明かりだけを頼りに歩く。スミがしいっと人差し指を口に当てた。わたしもその仕草を真似する。


「ほらあそこだ」

 

 スミが見ている方向に顔を向けると、数メートル先に巨大な水たまりのように窪んた場所があった。そうっと近づいて中を覗いてみると、夜空を閉じ込めたかのようにきらきらと輝いていた。これは蛍石の輝きだ。


「静かに入るぞ」

 

 囁き声でスミがそう言った。わたしは無言で頷く。

 窪みの中は三人くらいがすっぽり収まる広さがあった。スミを真似して仰向けに寝転がる。横も足元も、今は見えない背中の部分もきらきらだ。すごく近くでプラネタリウムを見ているような心地になった。それに蛍石の輝きは温かい。じんわりと体が汗ばむ。


「ここの蛍石はいつも鈍感なんだ。まだ他の蛍石が休んだことに気付いていない」

 

 わたしは口を押えて笑った。

 夜風の爽やかな涼しさと、体を包み込む蛍石の温かさ。両方があってとても気持ち良かった。こくんと頭が揺れた。どんどん眠たくなってくる。


「おやすみ」

 

 わたしはスミにおやすみを返す間もなく眠りに落ちた。

 控えめに肩を揺すられた。まだ眠っていたいと思ったわたしは、鬱陶しいと体をねじる。


「小町、起きろ」

 

 スミの声だ。それでもわたしはしぶとく眠る。すると体が持ち上げられた。ついに観念して目を覚ましたわたしは、しょぼしょぼとした目を擦る。


「何」

「外を見てろ」

 

 寝起きの頭で、そう言えば蛍石の水たまりの中で眠ってしまったことを思い出した。今わたしはスミの部屋にいる。ここまで運んでくれたのだろう。


「スミ、眠ってしまってごめんね。それと運んでくれてありがとう」

「別にいい。小町にとっては慣れない環境だろ。それに昼間も少し眠っていたし。だから夜もちゃんと眠れるように、あそこへ連れて行ったんだ」

 

 わたしのことを考えてくれていたのか。スミといると混じり気の無い優しさが身に染みる。もう一度ありがとうを言う前に、外が静かに輝き始めた。

 心なしか弾んだ声でスミが告げる。


「蛍石が起きる時間だ」

 

 わたしは洞窟から顔を出して上を見上げた。

 ぽつりぽつりと一輪ずつ花が咲くように。星が小さく弾けるように。遥か頭上で小さな光がじわじわと広がって行く光景は正に圧巻だった。

 わたしの短い人生で見た中で、何よりも美しい景色だと言い切れる。これが地底界の夜明けなのだ。

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