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【地底人が集った】

 お腹が満たされると眠たくなってきた。

 わたしが一つ大きな欠伸を零すと、目敏いスミが床下収納から掛布団を引っ張り出してきた。部屋の一番奥にある土を固めて作ったベッドに被せる。


「寝るなら寝床を使え」

 

 わたしは言われるがまま土のベッドに寝転がった。思いのほか柔らかくて温かい。ふわふわの掛布団に顔を埋めると、また欠伸が出た。


「おやすみなさい」


 目を閉じると、眠りに落ちる瞬間の心地良い虚脱感を自覚した。

 都司は今頃どうしているだろう。わたしのように舞い下りる日に巻き込まれてしまったのだろうか。それとも母の元へちゃんと戻れたのだろうか。最後に覚えているのは、ドアノブに手をかけたまま驚いている都司の顔だ。


「都司はこっちに来たら駄目」

 

 自分の声に驚いて飛び起きた。同時に、額に小さな衝撃があった。何度か瞬きを繰り返すと視界が鮮明になってくる。

 お腹に重みを感じたので目線を下げると、わたしに覆いかぶさるようにして、スミが額を押さえて悶絶していた。


「まさか寝込みを襲われたってこと」

「勘違いするな。随分とうなされていたから、熱があるのか確認していただけだ。それにしても石頭だな」

「頭の固さには自信があるので。ごめんなさい、痛いですよね」

 

 スミの額は真っ赤になっていた。このままでは腫れてしまうかもしれない。咄嗟に手で触れてみる。

 心地よさそうに目を閉じたスミが、ふっと頬を緩めた。わたしと同年代くらいなのに、幼さを感じる表情に微笑ましくなる。


「冷たい手だ。熱が無いのなら良かった。人間は脆いから、壊れてしまうのではないかとひやひやしたんだ」

「心配してくれたんですね。夢にうなされていただけです。熱は無いし、スミさんほど額だって痛くないです」

「スミでいい。ついでに堅苦しい喋り方もやめろ」

 

 そのままの体勢から動けずにいると、入り口の方でごそりと物音がした。わたしよりも早く反応を示したスミが体を起こす。すっかり仏頂面に戻ってしまった。


「誰だ」

 

 スミがわたしを背に庇うようにして立つ。

 すると、くすくすといくつかの笑い声が聞こえた。


「お邪魔だったみたいだ。ごめんよ、スミ」

「オボロか。お前、人の前に立つときはフードを外せ。誰だか分からんだろ」

 

 ひょっこりとスミの背中から顔を出してみた。

 オボロと呼ばれた長身の男性が素直にフードを外すところだった。

 わたしは思わずはっと息を飲む。

 フードの下から現れたのは、夜空色のような煌めきを放つ紫がかった幻想的な髪だった。その下に続く顔は芸術品のように中性的で美しい。ほんの少し見惚れていると、金色の目と合ってしまった。


「かわいいお嬢さんだね。いつ出会ったんだい」

「オボロには関係ないだろう。それより俺に何の用だ」

 

 スミが掛布団でわたしを雑に包んだ。どうやらわたしは顔を出さない方が良いらしい。もう出してしまったのだが従っておこう。

 視界が塞がれた代わりに耳をそばだてる。

 オボロは穴の中に入ってきたようだ。さっきよりも声が近い。


「今日は面白いものを発見できたから、スミに見せようと思ってさ。みんなにはもう見せたんだ」

 

 入り口の方できゃっきゃと賑やかな声がする。


「オボロ兄ちゃんがね、いっぱいあるからって俺に分けてくれたんだ」

「あたしにもくれたわ。オボロ様大好き」

 

 小さな子供や女性の声がわんさかと聞こえる。わたしは彼らを心配した。だって、部屋の外はあの頼りない橋だ。いつ落ちてもおかしくないではないか。


「あの、スミ。みんな落ちたりしないかな」

「心配しなくていい。みんな平気だ」

 

 でもすごい人数の声がする。不安を消せないでいると、オボロが声を上げた。


「みんなはもう戻っていいよ。明日も僕と一緒にお宝探しをしようね。おやすみ」

 

 盛大に残念がる声が聞こえたが、気配は散り散りになっていった。ぎいぎいと橋が軋む音が断続的に聞こえて気が気ではない。

 外に耳を傾けていると、オボロが「さてと」と手を叩いた。まだ何も言っていないのにスミが「嫌だ」と答える。


「おいおい親友に見せないは無しだろう。大事に隠しちゃってさ」

「うるさい。お前は何を見つけてきたんだよ」


 得意そうに「楽器だよ」と答えたオボロの気配が一度遠ざかったが、すぐに戻ってきたみたいだ。

 ポロン、と玄が弾かれたような音が鳴った。

 わたしの記憶が掘り起こされる。小学生の頃によく聞いていた音だ。


「琴だ。懐かしいな」


 なぜか突然、祖父の家から琴が送られてきたのだ。母に教えてもらいながら、小学生のわたしは無我夢中で奏でていた。当時は見慣れない楽器が新鮮で堪らなかった。


「へえ、これ琴って言うんだ。君は物知りだねえ」

「それ以上近づくな」

 

 スミがどすの効いた声で威嚇しているが、オボロはどこ吹く風といった様子である。わたしは我慢できずに掛布団のほんの小さな隙間から外を伺う。

 ついにはスミに琴を押し付けて動きを封じたオボロが、無遠慮に掛布団を思いっきりめくった。


「やあ、さっきぶりだね」

 

 次は至近距離で目が合う。夜空に浮かぶ月のような金色の目に吸い込まれそうになる。その後ろで、不貞腐れたスミが琴を抱えてジトリとこちらを見ているのにも気づいた。


「あ、どうも」

 

 そう答えるのが精いっぱいだった。オボロはスミと親友だと言っていたが、信じていいのだろうか。それにしては空気が張りつめているように思える。

 困ったわたしはそれとなくスミに視線を送る。


「親友のオボロだ。こいつは生粋の地底人たらしだから気を付けろよ」

「まだ前の女を取ってしまったこと、気にしているのかい」

「前の女って誰だよ、いねえよ」


 親友だと認め合ってはいるようだ。ただ、女性関係で揉めたか揉めてないか定かではないが、わたしに分かる由の無い経緯はあったらしい。

 ほうほうと頷いて成り行きを見守っていると、ふいにスミがわたしを見た。


「こいつの冗談は冗談に聞こえないんだ。騙されないようにな」

 

 冗談だったのか。

 スミの真横で、オボロがいたずらに成功した子供のような顔をしていた。

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