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【踊り子が舞った】

 浴場よりもさらに降ったところにレストランがあった。

 他と同じように、岩壁に穴をあけて作られただだっ広い店内は、たくさんの丸テーブルが配置されている。一番奥には緞帳どんちょうが下りた立派なステージがあった。今は誰も立っていないが、前列はすでに満席で座れない。

 騒がしい店内は、老若男女問わず大勢の地底人で賑わっていた。

 わたしとスミは何とか席に着くことができたが、後から入って来る客はまだまだ途切れそうにない。

 スミがわたしの耳に顔を寄せる。


「うまいか?」

「うん。無限に食べれるよ」

 

 お椀に積み上げられた、月見団子にそっくりな見た目の食べ物を口に運ぶ。

 木の実を砕き、それから練って作ったお菓子だそうだ。素朴な味でおいしい。隣の席から香ばしい匂いが漂ってきた。大皿には顔くらいの大きさの骨付き肉が乗っている。育ち盛りのわたしはごくりと喉が鳴る。


「ねえスミ、あれは」

「骨付き芋虫の丸焼きだ。食ってみるか? 味は鶏肉に似ていると人間が言っていたぞ」

「やめておく」

 

 歴史や食文化は国や地域によって当たり前に違うものである。自分が普段食べているものが他の国から見たら異質であったり、もちろんその逆だってあったりする。自分がその環境にいないからといって他を拒絶するのは無知故の過ちだと思し、見ている世界の規模が小さいのだろうと残念にも思う。

 わたしは常々そう思っているけれど、かと言って受け入れられるかは別であることを今確信してしまった。


「ここは地底なんだから地上と違って当たり前なのにね。どうしよう、本能が食べたくないって言ってるみたい」

「だろうな。あれの正体を知ったら、大抵の人間が小町みたいに顔を顰めていた。虫を食べる習慣がないんだから仕方ない」

 

 わたしたちのいるテーブルに新しい料理がいくつか運ばれてきた。メニュー表を見ても文字が読めなかったから、全てスミが頼んでくれたものだ。


「安心しろ、この中に虫が入っているものはない」

「いただきます」

 

 アップルパイやトマトスパゲッティの慣れた味に頬が緩む。お腹が空いていたのとあまりの美味しさで、まだまだいくらでも食べられそうだ。

 せっせとわたしの前に皿を寄せてくれるスミに遠慮して声をかけた。


「スミも食べなよ。このアップルパイおいしいよ」

「うん、食うよ」

 

 あれもおいしい、これもおいしいと二人で食べ進めている内に、店内が徐々に暗くなっていった。ついに真っ暗になったと思ったその時、ステージ上に一筋のスポットライトが点灯した。

 スポットライトの真下には、目の覚めるような青いフェイスベールと、サリーに似た同色の衣装を身にまとった妖艶な女性がたった一人で立っている。

 目を細めて客席の端から端まで目を走らせる。

 まるでメデューサにあてられてしまったかのように、わたしたちは呼吸することすらままならなくなった。それほど彼女だけに視線が吸い寄せられたのだ。

 物音ひとつしなくなった店内に満足したかのように、彼女は無音の中でしなやかに体を動かし始めた。その一つ一つの動作が芸術作品のように美しい。

 彼女にほうっと見惚れていると、背後に鎮座している黒い緞帳どんちょうがゆっくりと動き出した。暗い店内を照らすスポットライトの数が徐々に増えて行く。

 体を身軽に捻り、空を舞い、自在に空間を泳いでいる彼女が、片足と両手を真上へ上げてぴたりと止まった。

 はらり、とフェイスベールが外れる。


「マドンナさんだ」


 わたしがそう零したのと、緞帳が上がり切ったのはほぼ同時だったと思う。

 マドンナが立っているステージ上の景色が変わった。


「あれって」

「祭りの始まりだ」

 

 スミがそう言った。わたしはわくわくが収まらず、思わず身を乗り出すようにして目を凝らした。

 プリマバレリーナのようにポージングを乱さないマドンナの後ろには、楽器を構えた一団がずらりと並んでいた。

 中央に立つ指揮者が指揮棒を掲げると、フォルテシモの一音から始まり、ケルト音楽のような陽気で明るい音楽が奏でられた。

 客席と客席の間の通路もスポットライトで照らされる。どこからか現れたたくさんの踊り子たちが、そこを走り抜けていく。

 今ステージに立つ踊り子は中央にマドンナと、その左右に一人ずつ。ステージの下には色取り取りの衣装を身にまとった多くの踊り子が固まった。

 曲に合わせて踊り子が躍る。ステージでは多種多様な楽器が鳴っている。

 前席に座っている客の一人が立ち上がって踊り子の輪に加わっていくと、他の客も続々と立ち上がり、思い思いに楽しむ様子を見るのは楽しかった。

 もちろんテーブル席に座って料理を堪能している人たちも多い。踊るなんてことをしたことがないわたしは立ち上がる勇気はなくて、大人しく席に座ったまま料理を堪能しつつステージを見ていた。


「オボロを見つけたよ! すごい、リコーダーだけじゃないんだね」

「だいたいの楽器を扱えるみたいだ。得意なのはバイオリンだと思うけど」

「へえ、今バイオリンを弾いている人もとっても上手だよね。あそこにクラリネットも。本当にいろんな楽器がある」

「近づいてみるか。前の方が良く見えるだろ」

「でも、ちょっと尻込みしちゃってるんだけど」

「平気。みんな周りの事なんて気にしてない」

 

 スミに手を取られて、踊り子と客が一緒に踊っている場所まで来てしまった。みんなわたしよりも少し年上のお姉さんだ。スミに背を押されてたたらを踏むと、踊り子の一人がわたしの両手を取ってくるくると回ってくれた。


「あなたの顔をはじめて見るわ。来てくれてありがとう、存分に楽しんでね」

 

 何人もの踊り子が話しかけてくれる。その中に基本的なステップを教えてくれた人がいて、少しだけこの場に慣れた気がした。楽しい。なんだかアトラクションに乗っている気分である。

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