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物語調の詩/短編

生誕

作者: 日浦海里

ころんと寝転がっている『あの人』の側で

わたしもころんと寝転がってみる

お腹あたりに寄り添うように

おんなじ格好して




これからどうやって生きてこう


頼りの親が亡くなって

生きてく術を知らなくて

途方に暮れていたあの日

『あの人』がわたしの前に現れた


最初は警戒してたんだと思う

『あの人』も


あの時のわたしは

すべてを諦めたような目で

けれど

すべてを憎むような目をして

周りはみんな敵だとでも言うように

こちらを見ていた

と後で『あの人』が教えてくれた


そんな相手をどうして見捨てなかったのか

距離を置いて

ただ側にいて

語るわけでも

触れるわけでも

何かを与えるわけでもない


何もしない

そこにいるだけ


それがわたしを生かしていたと

後になってそう思う


けれど

頼る先のないわたしだとしても

誰彼構わず頼りたいとは思えなかった


最初は警戒してたんだと思う

わたしも


あの時の『あの人』は

すべてを諦めたような目で

けれど

すべてを受け入れたような目をして

自分は世界の異物だとでも言うように

何も見ていなかった

そんな風にわたしには見えた


そんな相手だから逃げ出さなかったのか

距離を置いて

ただ側にいて

語るわけでも

触れるわけでも

何かを望むわけでもない


何もしない

そこにいるだけ


それが『あの人』を終わらせなかった

後になってそう笑う




知らない誰かがずっと側にいることを

孤独ではない安心と

どうなるかわからない不安で

挟み込まれて身動きできずに


それが何日続いただろう


日が傾き始めた頃に

ふらりとその場に現れて

夜も更ける頃に

自然と互いの寝床に帰る


雨の日も

風の日も

月の光が綺麗だった日も


繰り返し

繰り返し


そんな毎日が当たり前になった時

心のどこかで『あの人』の姿を探すようになっていた


変わらずそこにいることで

今日も生きていていいんだと

安心している自分がいた


だから気が緩んでしまったのだろう


口にしたものが当たって

身動きできなくなってしまった


異物を外に吐き出そうと

胃は何度も中身をひっくり返そうとするけど

出るものは僅かな液体だけで

零れ出るものは何もない


代わりとでも言いたいのか

声を上げて戻す度に

目から涙が流れる続ける



内側から突き出される

無数の痛みを誤魔化すために

腹を抱えて押えつけ

頭を地面に擦り付ける


額に傷がつく度に

身体の痛みは忘れられても

すべての熱が内側に吸い取られていく

死の足音は止まらない


ここで終わってしまうのか


耳元で足音がはっきりと聞こえると

終わりが訪れる怖さを感じた


生きてたって仕方ないのに

この先も希望も何もないのに


そんな時思い浮かんだのは

『あの人』の顔だった


いつもの場所にいないわたしを

少しは気にしてくれるだろうか

『あの人』もわたしと同じように

わたしの姿を探してくれているだろうか


内側から襲う痛みは

ますます酷さを増していて

痛みを誤魔化す手段を増やして

自分自身に爪を立てた


このまま裂いてしまおうか

喉に爪を立て

掻きむしったなら

痛みは終わってくれるだろうか


そうやって喉に爪を立てようとして

その手が何かに触れられたのを感じた


身体が起こされ

温かくて柔らかな感触に包まれると

乾ききった唇に潤いを感じた


それが喉を通り過ぎようとした時

僅かに痛みを感じたけれど

吐いては潤いを感じてを繰り返すうちに

それも少しずつ治まってきた


そして

気づけば意識がなくなった


次に気づいた時

わたしは横になって寝かされていた

背中に温もりを感じたと思ったら

『あの人』の背中がそこにあった


自分がどれほど汚れているのか


その時そんなことを気にする余裕はなくて

ただその背中に寄り添った


生きてていいんだって

なぜかそう思った



起き上がることが出来るようになったわたしを

『あの人』は自分の寝床に連れ帰った


知らない場所で死なれたら

寝覚めが悪い


そんなことを言っていた気がする


知らない場所で死んでしまったら

眠れない気がする


わたしはそう思った




将来を誓った相手が

いなくなってしまった


なぜそんな目をしているのかと聞くと

『あの人』はそう答えた


今もその相手を想っているのだと

その目が語っていた


『あの人』を置いていった相手は

望んで置いていったのではないのだろう


『あの人』の言葉を聞いていて

なんとなくそう思った


わたしの親が

望んでわたしを置いていったのではないように


なぜわたしを助けたのか


とは聞かなかった


『あの人』が横たわっている時

苦しそうに呻くのを見つけて

その手をぎゅっと握ってあげると

『あの人』は安らかな寝息を立てる


なぜそんなことをしたのか


と問われたら

そうしたかったからだ

とわたしは答えただろう


だからきっと

そういうことなのだと

わたしは思った


無防備に

ころんと寝転がっている『この人』の側で

わたしもころんと寝転がってみる

お腹あたりに寄り添うように

おんなじ格好して


死を覚悟したあのひに感じた温もりが

今もここにある


あの日聞いた足音は

死への足音ではなく

わたしを生かすための

救いの足音だったのかもしれない


寝返りを打って

『この人』に向き合うように眠る

小さな円のようで

あの人のお腹に宿る胎児のようで


宿ることが出来るわけはないのに


けれど

わたしは確かに生まれたのだ

『この人』の温もりから


だから

これからはこの人のために生きていこう


そう思いながら、眠りについた


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― 新着の感想 ―
[良い点] むむっ……これはねこちゃんですかね。 野生の世界ではちょっとした病気やケガが命取りですからね。 厳しい世界に放り出されたけれど、今は温かな世界に迎え入れてもらえて。『あの人』から『この人』…
[良い点]  ひとりのわたしと、ひとりのあの人。  互いに似たものを感じたのか。  互いに欠けたものを感じたのか。    相手の温もりを感じることで自分の温度も感じられて。ようやく得られた、生きてい…
感想一覧
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