letter
previous AGAIN
彼は悩んでいた。
いや、正確に言えば、ヒトが置かれたら悩むであろう状況に直面し、これからどうすれはよいか計算していた。
目の前にある卓には、封筒が置かれている。
いや、その中には書簡が入っているので、正しくは手紙となる。しかも、その宛先は彼ではなかった。
一体どうすればいいのだろうか。
計りかねて、彼は今日何度目かしれないため息を深々とついた。
と、その時だった。
「何浮かない顔してんの? せっかく事件が解決したのに、まだ何か気になるの? 心配性だなあ」
背後からの声に、彼はあわてて振り返る。
そこに立っていたのは、天使の顔をした悪魔……もとい、覇王樹主任研究員だった。
王樹は彼が言い返すより早くその正面に腰をおろすと、素早く卓の上の手紙を取り上げた。
「司令部への私物持ち込みは禁止だよ? 本当に君は規約違反が好きだね、デイヴ」
「そういう主任研究員殿も、人のこと言えるんですか? さっき持ち出し禁止の個人端末を本部館に持ち込んでいたじゃないですか」
「持ち出せる形状をしている方が悪いと思わない? そんなに持ち出されたくなかったら、デスクに貼り付けておけばいいじゃない」
確かにその通りである。
口で言い負かすのは無理だ。
そう理解した彼は、すぐさま話題を変えた。
「それよりそれ、返してくださいよ。主任研究員殿には関係ないでしょう? 第一、自分宛てじゃありませんし」
「固いこと言うなって。減るもんじゃないし」
「光の作用で劣化するかもしれませんよ?」
まあまあ、と言いながら王樹は封筒を裏返す。そして意外そうな表情を浮かべる。
その様子に、何事かと彼は身を乗り出した。
「……一体今度は何ですか?」
「封はしていないね。まるで読んで下さいと言ってるみたいじゃない。差出人は誰?」
まじまじと封筒を見つめている王樹に向かい、彼はあきらめたように告げた。
「ミス・デニーです。ちなみに少佐殿宛てです」
「外部からの取次は禁止事項だよ? 君のデータベースに規約は入ってないの?」
茶化しながら王樹は封を開き、中の便箋を取り出した。
かすかではあるがふんわりと良い香りが広がる。
ミス・デニーが使っている香水の香りだ。
反射的に分析してしまった自分に、彼はわずかに苦笑を浮かべる。
そんな彼を意に介することなく、王樹は淡い水色の便箋を広げていた。
沈黙のまま、読み進めることしばし。王樹の顔に不可解な表情が浮かんで消える。
「どうしました? 何か気になることでも?」
首をかしげる彼に、王樹は便箋を差し出しながら言った。
「これ、本当にエド宛てって言われたの?」
言いながら王樹は手紙を彼に向かい差し出す。
始めのうちこそ彼は渋っていたが、いつになく真面目な王樹の眼差しに押されそれを手にした。
綺麗な透かしの入った便箋には、女性らしい細やかな文字で文章がつづられている。
それを追う度、彼の視線は熱をおびていった。
──こんにちは。
これを読んでいただいているということは、船はもうマルスを出たころでしょうか。
今回の件ではお世話になり、本当にありがとうございました。
感謝の気持ちは、どんな言葉を使っても言い表すことができません。
今回、この事件に巻き込まれるまで、私は平凡な毎日は当たり前だと思っていました。
けれど、うまく言えませんが、平凡な毎日を送れるということは、とても幸せなことだとわかりました。
そして、いかにたくさんの方々に支えられ、助けられていたのかも。
これからは、今まで支えてくださった皆さんに感謝しながら生きていきます。
もちろんお二人のことはいつも心に留めていきます。決して忘れません。
大切なことを教えてくださって、ありがとうございました。
心から、感謝を込めて。
クレア=デニー
追伸:私の『妹』に会う機会があったら、よろしくお伝えくださいね──
「ね。言った通りだろ? どちらかと言えば、君宛っぽく見えるんだけど」
読み終わると彼は、にやにやと笑っている王樹に向かい首をかしげる。
「変ですね。確かにミス・デニーは、渡しそびれたとおっしゃっていたんですが」
「……て、それ本気にしてるの? まあ、君の場合、経験値が少ないから、仕方ないか」
「それはどういう意味ですか?」
言い返す彼に意味有り気に笑うと、王樹は再び彼の手から手紙を奪い取る。
「つまり、人間は〇と一では割り切れないってこと。本当にエド宛てならば、他人に読まれないようにきちんと封をしてるよ」
そうは思わない?
片目をつぶってみせる王樹に、彼はぐうの音も出ない。
そんな彼をよそに、王樹は手紙をひらひらとかざしてみせる。
「で、これ、どうするの? 君が持ってる?」
「……できればミス・デニーとのお約束なので……」
少佐殿に渡したい。
そう言いうつむく彼の肩を、王樹はぽんと叩いた。
「了承。じゃ、しばらく借りといていいかな? エドのデータベースに入力しておくから」
「って……!? 規約違反どころじゃないでしょう? 下手すれば……」
「さっき助けてくれたじゃない。これでプラマイゼロってことで。交渉成立でいいかな?」
絶句する彼。
それを了解と受け取って、王樹は両の膝を打ってから勢いよく立ち上がった。
「じゃ、終わったら返すから。またね」
再び天使の笑みを浮かべると、王樹は足早に歩き出す。
平和な日常。
手紙にもあった、彼らの存在意義をなくすそれは、こんなものなのだろうか。
ならばずっと続けばいい。
卓に忘れられた封筒を大切そうに取り上げ、ポケットにしまうと、彼は立ち上がり大きく伸びをした。
平凡な日常が訪れることを祈りながら。
letter end
next Alice in the world of curse




