妹の悩み事~俺が絶対に解決してやるから……どんな事をしてでも~
ホラー初挑戦です。よろしくお願いします。
夏のホラー2022の参加作品です。
学生の頃、受験勉強の合間に何の気なしにつけたラジオから聞こえてきたパーソナリティの声が、声フェチの私の胸にキュンと来て以来ずっと聴いていた番組があった。
その番組は『中村兄貴』と呼ばれる男性タレントが、悩める若者にアドバイスをおくる『悩んでないで兄貴に言ってみ?』と言う人気の番組だった。
落ち着いた優しい声色と口調でリスナーの悩みに叱咤激励すると言う内容で、時には涙し親身になって対応してくれるところがリスナーの心を掴んでいたと言える。
私も中村兄貴の大ファンになり、大小の悩みや応援のメールをずっと番組宛に送っていた。一度で良いからその声でアドバイスをして欲しいなと思っていたけれど、何年経っても私のメールが番組内で読まれる事は無かった。
そして今日、中村兄貴のラジオ番組が終わる。
中村兄貴の健康上の理由と番組では言っていたが実際は聴取率の低下だろう。
《十年間頑張って来たこのラジオ番組も今日で最終回となりました。今までずっと応援してくれていたリスナーの皆、本当にありがとう。病気に勝てなかった俺をどうか許して欲しい》
「病気と言う名の聴取率だよね」
《今日は時間の許す限り、たくさんのメールを読んでいくから最後まで聴いてくれたら嬉しい》
「わ~! 私のメール読んでくれるかな?」
私は月二回放送されていたこの番組を欠かさず聴き、翌日には番組の感想と応援のメッセージを時おり悩み相談を交えながら送っていた。番組が全盛期の頃は歯牙にもかけられなかったかもしれないけれど、聴取率が低くなった最近ではもしかしたら目に留まっているかもしれない。ドキドキしながら耳を澄ました。
《ラジオネーム、ナツナツさんからの応援メッセージでした…………ここで時間が来てしまいました……最後まで応援してくれた皆、どうもありがとう! またいつか……ここで会えたら……いいな》
結局、私の名前が呼ばれる事は無く番組は終了した。
番組終了から一年が過ぎた。
《今日から新しいコーナーが始まります! 題して『おちゃらかホイホのお悩み相談いたしますん』でーす! どしどし悩みを送ってちょーだい》
《そうそう! 僕らがその悩みを面白おかしく解決するよ》
《面白くしたら駄目じゃん!》
学生の頃からの習慣で、寝る前にラジオを聴きながら雑誌を見たりお茶を飲んだりして一日の疲れを癒している。今日聴いているのは『おちゃらかホイホ』と言う芸人がパーソナリティをつとめている番組で、わちゃわちゃとした掛け合いが面白くて毎週欠かさず聴いていた。
「悩み相談か……中村兄貴、今頃どうしているんだろう?」
お悩み相談と聞いて中村兄貴を思い出した。中村兄貴は小さな芸能プロダクションに所属していた。ラジオの他にイベントの司会やナレーターなどの仕事もしていると以前調べたことがある。でも、ラジオが終わって一年程経つが復帰したと言うニュースが私の耳に入る事は無かった。
『またいつか……ここで会えたら……いいな』
中村兄貴の最後の言葉が甦る。きっとこの先その言葉は叶えられる事は無いだろう。この世の中、古いものは捨てられ新しいものへと変わっていくのだから…………。
「番組宛にたくさんの悩み事送っていたな~」
やれ父親の体臭が凄くて病気じゃないか心配だだの、やれ初めて付き合った人に三股掛けられていただの、取り上げて貰えそうな悩みを見付けては少しだけ誇張して送っていた。自分の若かりし時の黒歴史に悶絶しながら続きを聞いていたら知らぬ間に眠ってしまっていたらしく、イヤホンから聞こえてきたノイズ音で目が覚めた。
ガガガッ……ガッ……。
「あ……寝ちゃってた。何時だろう?」
ラジオを消さなきゃと起き上がると、その懐かしい声が聞こえてきた。
《ミッドナイト、ラジオ。中村兄貴の『その悩み、兄貴が絶対解決してやる』の時間だ!》
「ええええ!!? 中村兄貴!!?」
夜中だと言う事も忘れ大声を出してしまった。数時間前、どうしているのかなと考えていたその本人の声が聞こえてきたのだから大声も出る。
「すっごい偶然!」
私は嬉しくなり明日休みと言う事もあって、当然そのまま聴く事にした。次の日仕事でも間違いなく聴いていたけれど。
《最初の悩みは……「最近、母親の小言がとてもうるさいんです。もっと勉強しろ! 早く起きなさい! いつまで電話で喋っているの! と、毎日毎日嫌になります。中村兄貴、何か良いアドバイスを下さい」だそうだ》
私も最初の頃は母に対する愚痴を送っていたなと当時を懐かしんだ。
《よし! 俺に任せて! 妹の悩みは兄貴の俺が解決してやるからね! 母親の所に行って、うるさく言わないよう言って来るよ!》
「えええ! まさかの中村兄貴が出張る企画なの!? 兄貴が直接会って話をしてくれるのかしら?」
番組終了の数か月前から声に覇気が無くなり辛そうにしていた中村兄貴。今の声は活力に溢れ、やる気が伝わってくる。
「それにリスナーの事『妹』って呼ぶんだ。そうか『兄貴』だもんね。男性のリスナーは『弟』って事かな?」
《次の悩みは……「塾の先生がセクハラまがいの事をしてきます。後ろに立って覗き込むように教えてくるのですが、その視線はいつも私の胸に向いているのです。中村兄貴、何か良い対処法はありませんか?」だと?》
「どこの世界にもセクハラする奴はいるんだね~私も経験ある」
《この先生は許せないな~キツ~くお灸をすえてあげよう! 妹のお前は兄の俺が守ってあげる! 安心して?》
「ひゃあ! 直接塾に乗り込む気? ヤバくない?」
まあ、実際は秘密裏に接触して穏便に解決するんだろう。相手方の話も聞かないといけないし、ノリだけで行動していたら深夜番組とは言え問題になる筈だ。復帰したのは嬉しいけれど張り切り過ぎて度を超すのは良くない。
その後もいくつかの悩みに兄貴の俺が絶対に解決すると豪語していたが、深夜のノリだと笑って聞き流した。
《今日の放送はこれまで! 夜更かししないで早く寝なよ! 来週は悩みの解決編を放送するから楽しみに待っていて!》
ガガガッ……ガガッ……。
耳障りなノイズ音の後、ラジオから聞こえてきたのは深夜の通販番組だった。時計を見ると深夜二時を回っていた。フワフワした気持ちを落ち着かせ照明を消してベッドに入った。
「明日、真由に電話して教えてあげよう」
真由はひとつ下の妹だ。真由も番組のファンだった。放送日はお菓子と飲み物を用意して一緒に聴いていたけど、真由が大学に入った頃からバイトやデートで帰りが遅くなったり、私が大学卒業と同時に実家を出たりしたから、結局最終回までひとりで聴く事になった。
「そう言えば番組宛に妹が一緒にラジオを聴かなくなって淋しいってメール送ったな~」
クスッと思い出し笑いをし、そのまま昼まで眠った。軽く食事を済ませて真由のスマホに電話を掛ける。
『母さんが風邪ひいて寝込んじゃって。喉が痛くて声が出ないみたい。小言聞かなくて良いから私的にはラッキーだけど』
「そうなんだ。それより聞いて、中村兄貴が復活したんだよ!」
『中村兄貴? あの人病気で亡くならなかった?』
「何殺してんのよ! 元気になって帰って来たわよ!」
『あれ~? 勘違い? ネットで見た気がするんだけどな~』
死亡説ってやつか。活躍していたタレントがテレビに出なくなると必ずソレが出てくる。本人にしてみれば気分の良いモノでは無いだろう。
その後、他愛もない話をして電話を切り一週間が過ぎた。
《ミッドナイト、ラジオ。中村兄貴の『その悩み、兄貴が絶対解決するから』の時間だよ!》
私はワクワクしながらラジオをつけた。ガガガッと言うノイズ音の後、中村兄貴の元気な声が流れてきた。
《今日は先週の妹の悩みの解決編だね?》
「どんな風に解決したんだろう? 楽しみ」
《最初の悩みは母親がうるさいって悩みだったね……》
本当に中村兄貴本人が出張る企画なのか気になった私は、雑音が入らないようにイヤホンを手で塞ぎ耳を澄ませた。
《うるさいのなら、声が出ないようにすれば良いよね?》
「ん?」
《口を塞ぐとか、喉を潰すとか……いっその事、この世から消すとか?》
「何言ってんの……?」
背筋がゾクッとした。この声の主は本当に中村兄貴なのだろうか? いつも親身になって悩みを聞いていた中村兄貴と同一人物とは思えなかった。
《でも急に母親が居なくなると妹のお前が悲しむと思って、喉を潰すだけにしといてあげたよ……もう一生うるさい声を聞かなくて済むから悩み解決だね?》
「何これ冗談なの? 深夜のノリでもこれは無いわ~」
《次の悩みは塾講師のセクハラだったね?》
ラジオから聞こえてきた中村兄貴の冷たい声に全身が粟立つ。
《大事な妹をいやらしく見るその目は……必要ないよ……見えなくなって当然だよね?》
知らず知らずに喉がカラカラになりゴクリと唾を飲み込んだ。
《だから……抉り取ってあげたよ? 安心して》
「何これ……怖い……」
私は気分が悪くなりラジオの電源を切った。
「悪ふざけが過ぎるわ! 番組に抗議しなきゃ!」
中村兄貴の名をかたる偽物なのか、変わってしまった兄貴本人なのかは分からないが、解決策の内容が酷すぎる! 既に誰かが苦情を入れているかもしれない。
「関わるのも嫌ね。抗議するのはやめておこう」
それに時おり聞こえるガガガッと言うノイズ音……。
「まさか……電波ジャック?」
私は急いでスマホを取り出しラジオの番組表を検索した。案の定、『その悩み、兄貴が必ず解決するから』と言う番組は存在しなかった。
そして中村兄貴が半年前に胃がんで亡くなっていた事を知った。
私は最悪な気分のままベッドに入った。
「ええっ!? 母さん咽頭がんだったの?」
風邪だと思っていた母の病名が咽頭がんだと判明して大騒ぎになった。声帯も切除して声が出せなくなるらしい。妹の真由が『小言聞かなくて良いからラッキー』と言った事を後悔して泣いていた。
手術は無事に終わり、父と妹を病院に残して自宅のマンションに戻って来た。
「疲れた……」
ソファーに座りテレビの電源を入れた。夜のニュースが流れていてキャスターの緊迫した声が耳に届く。
《依然として犯人の目星はつかず、捜査は難航している模様です》
テロップの文字を見て言葉を失う。
【塾講師殺害事件】
《眼球を抉りだすと言う犯行の残忍さに付近の住人は夜も眠れぬ恐怖を感じているそうです。一日も早く犯人が逮捕される事を願います》
「嘘でしょう?」
これは偶然なのか?
『だから……抉り取ってあげたよ? 安心して』
私は急いでスマホのニュースアプリを開いた。ここ数日は母の病気の事で頭がいっぱいで事件の事など知る由も無かったのだ。
「まさか……まさか、まさか!!」
事件は実家がある町で起きていた。被害者にも面識があった。妹と二人で通っていた塾の講師だった。
「セクハラ先生……」
妹と陰で呼んでいた講師の渾名だ。スキンシップが行き過ぎてベタベタ触ってくるからそう呼んでいた。時おり視線が気持ち悪くて成績が上がらなくなったからと言う無難な理由で塾を変えたのだ。その先生が殺されていたなんて。
「じゃあ、犯人は『中村兄貴』をかたる電波ジャック犯? け……警察に通報しなきゃ!」
ガガガッ……ガガッ……
突然、部屋中にノイズ音が響き私は金縛りにあい動けなくなった。何が起きたのか分からずパニックになる。
《ミッドナイト、ラジオ。中村兄貴の『その悩み、兄貴が絶対解決するから』の時間だよ!》
電源の入っていないラジオから聞こえてくる明るい中村兄貴の声。
《先週の解決策は気に入ってくれたかな? 早く対処しないと取り返しのつかない事になってしまうからね》
淡々と喋るその声の冷たさに背筋が凍る。
《ずっと番組宛に感想や応援のメッセージや悩みを送っていてくれた『妹』が居たんだけど……俺が番組で取り上げたいって言ってもスタッフがOKを出す事は無かったんだ。『妹』が応援してくれていたから辛くても続けられていたのに……そうこうしている内に番組終了……本当に悲しかった……》
唐突に思い出した……中村兄貴が若者の悩みを聞く番組を始めた切っ掛け……それは妹の自殺だったこと。何か言いたそうにしている妹に構ってやることが出来ず、最悪な結果をもたらしてしまったと涙ながらに話していた。
《でも大丈夫だ。もうあのスタッフはいない。ひとつ残らずお前の悩みを解決してあげられるぞ?》
今、この放送を聴いているリスナーは何人いるのだろう? 他の人も私みたいに金縛り状態なのだろうか? あまりの恐ろしさに意識が飛びそうになる。
《今日の悩みは……「私には妹が居ます。妹もこの番組のファンで毎回一緒に聴いています。でも最近、バイトやデートで時間が合わずひとりで聴く事になって淋しいです。中村兄貴、慰めて下さい」だって》
えっ? この悩み事って……私が送ったメール? 何故、今読まれているの?
《よしよし、この兄貴がいくらでも慰めてあげるよ? ついでにお前を淋しがらせる奴には罰を与えなきゃね? 何処にも行けないように足を折っておく? いっその事切断しようか?》
いやーー!! 止めてーー!!
残酷な言葉に心が叫ぶ。
ラジオの向こう側に居るモノはいったい何なのか? 塾の先生を殺したのもおそらくラジオの向こう側に居るモノ……?
だったら真由は…………。
動けない身体から涙だけがポロポロと零れ落ちた。
ああ、そうか……復帰して読まれていた『妹』の悩み事は全部、過去私が送っていたものだ。
母が口煩いと言う苦情も、塾の先生のセクハラも……。
母が病気になったのも先生が殺されたのも全部私の所為だ。
《次の悩みは……「初めて彼氏が出来ました。だけど……見てしまったのです。その彼が違う子と手を繋いで歩いている所を。問い詰めると私はキープのひとりで本命はまた別の子だと言われました。ショックです。中村兄貴、私はどうすればいいの?」……》
私はいったいどれだけの数の悩み事を送ったんだろう……。
ガガッ……ガガッ……と言うノイズ音が静まりかえった部屋に響く。
《妹を弄びやがって! 殺してやる……殺してやる……殺す……殺す……》
薄れゆく意識の中……私は悔やんだ。
ラジオネームを『中村兄貴の妹』にした事を……。
完
読んで頂きありがとうございます。
いつもコメディばかり書いているのでシリアスは苦手かもしれない?
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