表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/78

4C:災王ルート(プレビュー版)その26

 ハイペリオンは焦燥した。


 女王都の大臣たちは『軍の如く統率された魔物達』を脅威と捉えていたが実体は真逆なのだ。魔物たちが軍の真似事をしている間は容易くあやせる。不器用な隊列を組み、半端に揃った攻勢と守勢を切り替えるそれらは、新兵の寄せ集めと大差がない。ならば百戦錬磨の女王国軍にとっては百戦百勝の相手だ。しかし、魔物が本来の獣性を取り戻して無秩序な群となると、女王国軍に染み付いた兵法と策が通じなくなる。

 

 そして今、後方のサンドワームの暴走によって背水の陣に立たされた魔物達はいま、明確に獣へと変わった。それも『災王』による恐慌も相まって死をも恐れぬ魔物に。


「り、リザードマン進軍開始! き、弓兵による牽制を無視しています!」

 

 豪雨のように降り注ぐ矢の中を這い進む魔物達。それは集団自殺としか言えない愚行であるが故に、女王国軍を恐慌に落とし入れた。死に絶えていく魔物の死骸を尚踏み超えて、着実に距離を詰めてくる狂気の魔物達。しかし彼らが恐怖したのはその実、この異常性ではない。戦術や兵法という軍にとっては信仰ともいえるたぐいの『定石』が破壊されたからだ。

 

「槍兵構え! 狼狽えるな! 魔物は負傷している! 突き崩せ!」


 殺到する魔物達に刃の林が一斉に牙を剥く。しかし、生身の人間ならいざ知らず、負傷は愚か死さえ顧みなくなった魔物の勢いを、恐怖に囚われた兵士の膂力が支えられる道理はなかった。


 ――不味いぞ、軍が崩れる。


 『神の目』と謳われ、未来視にも等しいハイペリオンの予測は的中する。襲ってきたのはもう魔物の肉で出来た津波であり呼吸する災害だ。ただただ膨大な質量の肉壁が生死を超えて押し寄せて来て、そこへ弄せる策などこちらも肉壁として踏ん張るしかない。ならば、あとは力の強い方が押しとおる。そして、人と魔物の力比べの結末はあまりに滑稽だった。


「重装騎兵の防御陣形が崩れました! 撤退できません! 退却の号令を!」


「ダメだ! 陣形を崩すな! 持ちこたえろ!」


 上空より俯瞰すれば、コボルトやゴブリン、リザードマンたちがない交ぜになった悍ましい魔物の津波が、消波板たる重装騎兵の隊列を真正面から突き破っていく様が見えたことだろう。その守護下にあった弓兵や槍兵の運命など語るべくもない。


 深紅の血煙が砂塵の中に舞い上がり始めた。


 しかし彼らは撤退戦の構えを崩さない。兵士たちを支えているのは女王国軍としての矜持だった。女王都を背に負ったいま、ここで逃げれは己は兵士ではない。向かい合った魔物達と大差がない。肩を並べた戦友の血を浴びようと、正面から絶望が押し寄せようと、剣を握る手が震えようと、最後まで兵士たれ。孤軍にあって奮闘せよ。言葉に出さないが、皆が決死の覚悟を決めていた。女王都までの距離は未だ遠い。辿り着くまで生き残れるかは怪しい。前線の者達から死んでいく。次は自分たちだ。しかし己がここで踏み止まる一息が、撤退する仲間の命を繋ぐ一息となる。そう信じて、最後の瞬間まで剣を、槍を、槌を振るった。


「ワイバーンの巨影を目視で確認! 火炎津波(ブレス)来ます!」


 ハイペリオンは我が耳を疑う前にそれを目にした。砂塵の向こうで明滅した一瞬の赤光。直後に熱波のつくる衝撃波が魔物の群れ諸共女王国軍の最前線を塵の如く吹き飛ばし、その軌跡をあとから炎が舐めるように走り抜ける。ワイバーンの放った超高熱・超高圧の突風が死骸を燃料として燃え盛っているのだ。


 この脅威の本質は炎ではない。

 むしろそれは副次的な現象に過ぎない。

 恐るべきは、それを生む砲弾よりも熱く重く、そして早い吐息(ブレス)なのだ。


 一瞬にして千もの魔物と兵士が灰となってかき消されて、もはや女王国軍の撤退は絶望的となった。もう兵士たちは足を止めて空を見上げている。上空に浮かんでいる巨影。火花を全身に滾らせている空の覇者。琥珀色の瞳が全てを見下ろしている。女王都が災害級と呼び称した魔物の頂点ワイバーン。まさにお伽噺に現れる赤い飛竜の姿がそこにあった。


 ハイペリオンも沈黙する。攻城兵器の全てを集中させても仕留めるには至らなかったらしい。もう兵士たちに掛ける言葉はない。女王都の為に共に死んでくれと、己にはその程度の鼓舞しかできない。つまりは無策だ。


 ――兵士達よ。すまない。


 惨めな言葉が口をつきかけた時、奇妙な流星の瞬きを見た。


 地上から空へと瞬いた流星はワイバーンの瞳へきらめくと。

 花のような飛沫をひとつ散らす。

 彼方に抜けていくその流星。

 嵐のような断末魔が空を裂いた。

 皆が茫然と見上げているなか、巨影は堕ちていく。

 何が起きているか、まだ誰も理解していない。

 あっけないと言う言葉さえ、これを表現しえない。

 誰も動けない、一人を除いて。


「雪兎もね。立ち止まるの。勝ち誇った時に。でもね、狩人はそこを(はず)さない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ