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4C:災王ルート(プレビュー版)その23

 明朝、鳴り響いたクィンダムの鐘は唐突に訪れた凶報を全ての女王国民に知らしめた。城壁の見張りが確認した魔物の砂塵は規模にして十万頭を超え、その全てが整然と、真っ直ぐに、クィンダムへ向けて『進軍』しているとのことだった。


 クィンズガーデンで緊急召集された大評議会では、矢継ぎ早にやってくる伝令の報告に重臣たちが我を失う程混乱していた。


「偵察部隊からの報告を申し上げます! 魔物は目視されただけでもゴブリン、オーク、ハーピーを始めとした亜人に加え、ワイバーンやサンドワームのような災害級の巨影も確認したとのことです!」


「弩兵部隊からの報告を申し上げます! 『火竜(ヘルフレイム)』『弩砲(バリスタ)』『竜穿弩(ガングニル)』『投石器(カタパルト)』、いずれも戦闘準備が整いました!」


「女王国軍斬り込み隊からの報告を申し上げます! 弩兵の威力偵察に対する魔物の動揺なし! 第一陣が交戦開始です!」


「馬鹿な! 烏合の衆に過ぎん魔物が女王国軍から矢雨を受けて瓦解せんのか!」


「なぜ知恵も誇りもない魔物がそこまで統制されている! 病いや呪いでは説明がつかんぞ!」


 これまでの『災王』に対する考察を覆すような事態に喧々囂々とするなか、女王モニカだけが円卓に着座したまま、沈黙して思考を巡らせていた。


 クロウは言っていた。知恵無き魔物達を束ねる災王の正体とは圧倒的な暴力や恐怖であると。そしてメープルは原初の海魔法によって垣間見た。災王は『深くて大きな一つの目』であると。エマは言っていた。シュルトルーズのハーピーたちは『目が怖い』と怯え、その果てに正気を失って民達を殺めたのだと。ならば魔物達が各地方で起こした惨事は暴走に過ぎない。しかしいまクィンダムに迫っている事態は、暴走や恐慌と呼ぶには整然とし過ぎた『進軍』である。先制攻撃を受けて瓦解しない集団は群ではない。軍だ。明らかに彼らは軍として『統率』されている。


 ――また、分からなくなったわね。災王が。


 モニカは目を閉じて静かに息を吐いた。


「……そう狼狽えるでない、人の子らよ」


 冷ややかな一言。囁きにも似た彼女の声が評議会を鎮めた。列席の重臣たちを黙らせたのは今日もエマの膝上で寛ぐ小さなエイリスだった。まるで姉か母に抱れた幼い妹のようでありながら、しかし円卓の誰よりも威厳に満ちた存在という矛盾。彼女は凍えそうな瞳を細めて彼らを一瞥してから語り始める。


「私は『災王は技術だ』と言っただろう? ならばこれはそういう技術だと理解しろ人の子ら。推測はなにも破綻していない。恐慌や暴走の他に『統率』が加わっただけのことだ。……しかし、統率は恐慌や暴走よりも高度な技術だ。対象が無秩序で無知な魔物であれば猶のことな。しかしだからこそ、確信は深まるというものだ。間違いなくこれは禁忌の範疇だ」


 断言した彼女の言葉を追認するように頷いたのは、隣席のイゾルデだ。


「つまりは、いよいよあの禁忌認定魔女(アバズレ)の腐臭が鼻につくってことですわね。……人の様に知恵があれば洗脳できる。洗脳すれば統率もできる。でも無知な魔物は洗脳できない。せいぜいで魅了まで。なのに彼らは統率されている。……ああ、気持ち悪いですわね。そう思いませんことメープルさん」


 話を振られたシードラゴンは、いつものように肩をすくめてひょうひょうと答える。


「ボクは技術の仕組みよりも動機の方が気になりますね。そこまで高度な技術を使ってまで何を企んでいるのか。今のところ達成できているのは主要地方の破壊です。ほんと大した技術ですけど、これは使用者にとって見合った戦果なんでしょうか?」


 事態のひっ迫度合いに比して、あまりにドラゴン達の態度は悠長に思われた。魔物の規模が伝令たちの報告通りなら、クィンダムが女王国軍総力をあげて迎撃しても城門は破られるだろう。クロウもトリスタンもそう計算していた。それでも彼らが座していられるのは、一重にドラゴン達の存在ありきと言って良い。


 そうして二人は焦燥しつつも沈黙してドラゴン達の自由な会話を見守っていたが、しかし二人を仰天させたのは他ならぬ彼女――運命竜にして竜騎士たるエマの言葉だった。


 彼女は「女王陛下」と会釈すると、こう切り出した。


「人の騎士では手に余る規模です。女王国民の不安を解消する為にもドラゴンによるクィンダム防衛にかかりましょう」


 重臣たちから感嘆と安堵の混じった溜息が漏れる。みな沈黙したまま何度も頷いている。彼らは最初からそれを期待しながら一言も口に出せずにいたのだ。その理由は単純だ。一体どんな命知らずがドラゴンに進言などできるというのか。


 エマは続ける。


「弩兵部隊の次はドラゴンによる第二次威力偵察ということで……ここはイゾルデちゃんに任せたいと思います。それで問題なければ予定通り、私とエイリスはバビロンへ向かいます」


 最初はみな聞き違えかと思った。未曾有とも呼べる大群の魔物に対して、迎撃要員は災厄認定魔女とは言えドラゴン一頭のみ。しかもその勝算は十分とばかりに、昨日迄の計画を遂行すると彼女は言うのだ。いくらイゾルデが最恐の災厄認定魔女とは言え、魔物の規模を考えれば自殺行為としか言えなかった。もしも命知らずが居れば『再考を』と叫ぶだろう。


 しかし、指名されたイゾルデは間髪入れずに答えて見せた。


「分かりましたわ、お姉ちゃん。……加減はしてあげるの?」


 エマは「ぜひお願い。あの子たちも犠牲者だから」と即答した。


 さすがに無謀にも程があった。トリスタンとクロウは我が身も顧みず「「自殺行為です!」」と叫び、ほぼ同時に立ち上がる。しかし二人を制すように手を掲げたのは、これまで沈黙を守っていた女王モニカだ。


 皆の視線が彼女に収束する。


「イゾルデ、まさかあなた、『死者の書』を使うつもり?」


 大評議会がどよめいた。『死者の書』――それはイゾルデの認定災厄『生人形行軍(リビングパペットマーチ)』を成した、生者をアンデッドに変える黒の禁断魔法を行使するための触媒。脅威の大きさから言えば『災王』さえ凌ぐ災厄をもたらす禁断指定図書だった。たとえクィンダムに崩壊の危機が迫ろうとも、モニカは二度とその使用を認めるつもりはない。あれはこの世界全てを死者の国に変えかねない代物なのだ。毒を持って毒を制すという言葉があるにせよ、超えてはならぬ一線が女王国にはある。


 しかしそんなことは承知とばかりに、イゾルデは口端を吊り上げて嗤った。


「いいえ、もう人形遊びは卒業しましたの。だからもうあれはいらない。でも、淑女に相応しい嗜みも身に着けてございますのよ? ……たとえばそう、敬愛する姉様にあやかって使い魔とか」


 死血よりも暗い瞳が狂喜で歪むと、常に冷静であったモニカの顔色が目に見えて蒼白になった。そして未来視にも等しいほど卓越した彼女の予感。それを裏付けるように地鳴りのような咆哮がクィンズガーデンを揺する。


 死者の合唱を想起させる重厚な声音。


 悍ましくも荘厳なその声が、かつて自らの血で凍死した一頭の怪物だと皆が理解した。


 誰もこの声を忘れるはずがなかったのだ。


「……イゾルデ。私が寝かしつけた八方美人(ヒュドラ)蘇生(おこ)したのか?」


 眩暈から嘆息したのはエイリスだった。しかしイゾルデは人差し指を立てて、姉の表情とは裏腹にさも嬉し気に応えて見せる。


「使いようですわ、姉様。使いよう。……七つの大罪を独り占めしたあの子を、みすみす腐らせるだけだなんて、死霊術師(わたくし)らしくないでしょう?」


 八方美人(ヒュドラ)――それはドラゴン・スレイヤーと題された大戦で『禁書封印図書館(バビロン)』が御伽の国から解き放った幻獣。この世界を炎で焼き、稲妻で砕き、水圧で裂き、冷気で凍らせ、毒で蝕み、酸で溶かし、そして闇で覆わんとした八首の神竜。知恵を司る第一首をメルセデスに奪われ、ただ世界を葬る悪神として現界していたそれは、エイリスに『私に上級魔法を使わせた数少ない一匹』と言わしめた怪物だった。


「絶対に手綱を離すなよイゾルデ? お前が考えているよりアイツ、可愛くないぞ」


 なお渋面しているアイスドラゴンに、ブラックドラゴンは立ち上がって優雅にお辞儀する。それから絶句している皆へ向き直ると、これより始める惨劇の狼煙としてただ一言告げた。


「いまのうちに考えてくださいませ。私に名付ける新たな……認定災厄の名前を」


 クィンズガーデンが日食の如く陰ったときエマは想った。本当にイゾルデは加減などできるのだろうかと。


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