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1:アイヴォリー家の謀反:その6『イゾルデの人形遊び』

「うううサッコ。またダメだったよ。最初の『アイヴォリー家の反乱』がクリアできない。イゾルデで絶対やられる」


「第一ステージなのにさっさと無課金を切り捨てるの容赦ないよね」


「サッコはどう?」


「ウチはSR戦王マーカス(老)使ってギリ。やっぱり後半の『イゾルデ』がきつかったな。あ、ちなみに課金石使ったら確定でもらえるよ」


「王様って、ストーリー的には主人公に殺された人だよね? 『王殺しの法』で」


「細かいこと言わないの。ハイペリオン引きまくってハイペリオン牧場してる人もいるんだから」



 城壁からアイヴォリー家の騎馬軍に向けて、浴びせられる無数の矢は王国の兵力だけを物語ってはいない。

 城壁に一定間隔で設置された『火竜』と呼ばれる連射機構を持つ大弓が、さながら滝か豪雨のように矢を吐き出しているのだ。

 エマがプレイしていたときはこれが主戦力だった。


「騎馬軍後退! 後退だ!」


 アイヴォリー家の騎馬軍指揮官が撤退のラッパを鳴らす。

 とても敵わないと判断したのだろう。

 騎馬軍は馬首を返して、弓の射程外へと退避行動をとり始めた。

 しかし、矢の雨に混乱した馬は言うことを効かず隊列を乱し、無様に立ち往生していた。


「クソ! 火竜が王国にあるなんて聞いてなかったぞ!」 


 指揮官の苛立ちを合図としたように、城門が開く。

 神の目、サー・ハイペリオン率いる騎馬軍1000騎の出撃だった。


「騎馬軍前へ! 石と木しか切ったことのない連中に人の斬り方を教えてやれ! 突撃!」


 機動力と統率を失ったアイヴォリー家の騎馬軍に、槍を構えた王国の騎馬軍が真一文字の陣形に向けて突撃していった。

 一糸乱れぬ見事な統率で戦場を駆けていく。

 アイスドラゴンと共に城壁から様子を見ていたエマは、その光景に釘付けになった。

 十分な速度での突進と槍の一撃を受けた敵は次々に落馬・絶命したが、ハイペリオンの騎馬軍は勢い衰えず、なお敵軍を蹂躙していく。

 敵は『火竜』の掃射に大打撃を受けたとはいえ、それでも10倍以上の数を持っている。

 それをまるで、草を刈る鎌のように削いで行っているのだ。

 ハイペリオンは単騎で戦ってこそ強いキャラだと言われていたが、指揮官としてもここまで強かったのだ。さすがはキングズ・キーパーの長だとエマは思った。

 ハイペリオンの騎馬軍が敵を駆け抜けた後、エマはメニュー画面を見て戦況を確認する。



 ハイペリオンの騎馬軍:1000 

 アイヴォリーの騎馬軍:15000



「矢と騎馬で5000ほどは討ち取ったか。さすがだな。あの勢いならこのまま敵本陣まで行って首を落としてしまうかもしれんな、妻よ。私達もうかうかせずに……ん? 険しい顔をしているな? どうしたのだ?」


 アイスドラゴンの言ったことはもっともだ。

 現状は王国の圧勝であり、誰が見てもハイペリオンの勢いをアイヴォリー家の軍が止められるとは思えない。

 しかし思い出したのだ。

 かつてこの戦場をゲームとして何度も何度もプレイしていたエマだから分かる。

 これより間もなく『イゾルデ』が始まるのだ。

 ゲームの設定とはいえやはり嫌悪感がある。まして、リアルなら猶更だ。


「エイリス、アイヴォリー家は王国が考えるより遥かに狂っています」


 城壁で戦況を見守っている弓兵たちが異変に気付き、それを指差し、騒ぎ出した。

 鎌で刈り取った草たちが、再び根を張って立ち上がるかのように、落馬・絶命していた兵士たちがふらりと立ち上がった。


 『イゾルデ』が来たのだ。


 エマは『メニュー画面』を再び確認する。


 ハイペリオンの騎馬軍:1000 

 アイヴォリーの騎馬軍:14000 アンデッド兵:6000


 アンデッド兵は集団催眠にでもかかったようにふらふらと、しかし着実にハイペリオンの騎馬軍をアイヴォリーの本軍と挟み撃ちにするように追撃を始めた。

 アイスドラゴンがその様に細める。


死霊術ネクロマンスか。そして、これほど大規模なら……間違いないな。ブラックドラゴン――イゾルデが噛んでいるのか。アイツどういうつもりだ?」


 アイスドラゴンの口ぶりは『イゾルデ』を知っているかのようだった。

 そして、それをブラックドラゴンと呼んでいた。


「エイリス、イゾルデを知っているのですか?」


「うむ。残念なことに知り合いだ。悪趣味な人形遊びが好きで、話は出来るが、通じにくいヤツだ」


 そう言って苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。

 一方、状況を機敏に察知したハイペリオンの騎馬軍は、散開して城へと撤退を始めていた。

 そのとき、彼らを迎え入れるために開いた城門へは、付近で『火竜』の矢に倒れていた兵士がアンデッド兵として起き上がり、殺到した。


 しまった!


 そう。エマはいつも『イゾルデ』のこれでやられた。

 アンデッド兵に殺された味方は、まるでウィルスでも感染するかのようにアンデッド兵になってしまうのだ。

 だから一人でも城内にアンデッド兵を入れてしまうと、ネズミ算式に増えたアンデッド兵に襲われるから、ほぼ負けが確定してしまう。そして今の開門で侵入したのは10や20じゃ効かなかった。エマは後悔で拳を固めた。

 勝つ為なら城門を閉じて非情な決心をすべきだったのかもしれない。

 しかし、実際にゲームの世界に降り立って、キャラクターたちと直に会話すると、そんな決断を簡単には出来ない気がした。


「案ずるな妻よ。備えあれば憂いなしよ。……一人残らず『串刺し」だ」


 アイスドラゴンがほくそ笑んだと同時、どん、と城が揺れた。

 最初は大地震かとエマは頭を抱えたが、違った。

 アイスドラゴンの放った罠系の氷魔法『アイス・スピア』だった。

 地面への設置型魔法であり、敵が踏んだ瞬間に氷の槍を自動で生成して串刺しにする。

 もっとも、その規模も威力も通常のものとけた違いだ。

 視界がキラキラと氷の冷気で輝いている。

 まるでそれは、城の前に硝子の林でも出現したかのようだった。

 むろん、その枝葉は刃物のように鋭く、そして凍えるように冷たい。

 串刺しにされた数千のアンデッド兵は、八つ裂きに吊るされた上でなお藻掻いていた。

 ハイペリオンの騎馬軍はその下を抜けて城に撤退していく。

 今になってエマは思う。

 恐らく、彼の神の目でこれは見えていたのだろうと。


「藁のように死ぬのは惨めだが、死ねないのはさらに惨めだな。……王よ。文句はないな?」


「もちろんだ。サー・ハイペリオンを救ってくれて感謝するアイスドラゴン」


 そうして城門から入れ違いに出て来た王マーカスの騎馬姿は、この世界の戦史に記された戦王の英雄譚そのままの出で立ちだった。

 燃えるような赤い鎧にオーガを模した兜。

 そして戦斧のように太く大きな剣を肩に担いでいる。

 その後ろでは再び、ハイペリオンの騎馬軍が態勢を立て直して出て来た。

 王自らの出撃をみて、城内外の兵士たちから戦意高揚の歓声があがる。


「王国の誇り高き騎士たちよ。アイヴォリー家の者達は謀叛のみならず、自らの騎士たちを死霊術で辱めた。もはや降伏は認めん。一人残らず根絶やしにするぞ。皆、俺に続け」


 地鳴りのような歓声があがると、王の騎馬軍はそれに応えるようにアイヴォリー家に突撃を始めた。

 エマはしかし、これではハイペリオンの騎馬軍と二の舞になると思った。

 いくら勇壮にアンデッド兵や騎馬軍を蹴散らしたところで、それらはまたアンデッド兵となって襲ってくる。

 そして、味方が殺されれば彼らもアンデッド兵となって襲ってくるのだ。

 過去にネットで見た攻略動画では籠城戦をしていた。最も簡単なのは課金して『火竜』のレベルを上げて、火矢を射かけることだ。

 物理攻撃には強いアンデッド兵だが、彼らは燃やしてしまうと消滅する。

 だから『火竜』で火矢を撃ちつつ籠城を続けていれば、途中で『イゾルデ』は撤退し、勝利できるのだ。


 伝えなくちゃ!


 とエマは付近の伝令に指示をしようとしたとき、

「ふわあ!」と抜けな声をあげて尻もちを着いてしまった。

 否、エマだけではなく周囲の兵士も声をあげており、中には腰を抜かしている者もいる。

 それもそうだろう。

 氷で出来た巨大な翼竜がエマとアイスドラゴンの前で羽ばたき、滞空しているのだから。


「好機のようだし、これに乗じて私達も出陣して仕事を始めようか」


 それは氷魔法の最高峰にして、彼女の渾名でもある『アイス・ドラゴン』だった。

 ゲームで言え終盤の特殊なイベントで数度使用できるだけで、どれだけお金と時間をかけてもプレイヤーが自由に使える魔法ではない。

 ましてこの序盤での使用など聞いたことがない。


「空から向かって、ハリードのヤツを搔っ攫ってやるとしよう。妻よ。尻が冷たくなるし良く滑るから、下にブランケットを引いておけよ」


 アイスドラゴンの有り難い忠告だった。



「ほ、ほ、ほ、ほらああ! やっぱりヤラれたじゃないですか! ふふふふ。ど、ど、どうせ私のネクロマンスなんてお人形遊びで使い物にならないんですよぉ。あああ!? ま、ま、マーカス本軍が『炎の刃』で焼き斬ってるぅう!? もうアンデッドは復活できないです! ひひひ! もう私なんて死ねばいいのに! ぶ、ぶ、ブラックドラゴンなんて強そうな渾名ついてるのに、ふふふ。ここ、このザマよ!」


「イゾルデ陛下、落ち着いてください! 大丈夫です! 我がアイヴォリー軍は貴方の死霊術で不死身の騎士団を手に入れられたのです。マーカスの『炎の刃』は強力ですが、長く続けられないのは戦史でも明らかです!」


「ほ、ほ、ほんとなの!? わわ、私生きてても良いんですか? しし、死体を作って動かすことしか出来ないんですよ? わああ!? でもまたお姉さまの『アイス・スピア』にぐちゃぐちゃにされたらどうしましょう!? ひひひひ。や、やっぱり私死ぬべきですよね!?」


「だから大丈夫ですイゾルデ陛下! あれだけ規模の大きな魔法を二度も戦場で使うなど不可能です! 戦史はおろか、神々の戦う神話でも聞いたことがありません! 確かにアイスドラゴンは脅威ですが」


「お姉さまの呼び捨てやめろやクソガキ」


 アイヴォリー家の本軍、野営した本陣テントにて。ザクリと今、眼鏡をかけた黒髪の少女がナイフでハリードの喉を深々と突き刺したのだ。

 周りにいた親衛隊は絶句し、当主ブレッドは


「ハリード!!」


 と絶叫した。

 少女は構わずナイフを引き抜き、そこから何度もハリードに突き立て、ザクザクザクと鮮血を浴びながら我を忘れたように罵倒した。


「そもそもお前らゴミムシが弱すぎるから死体の再利用と人形遊びが必要になってんだろうが。どの口がお姉さまを『アイスドラゴン』とか呼び捨てしてんだクソが。私じゃなくてお前こそ死ねよ。死ね。死ね。今すぐ死ね。あ、死んだ。死んだ死んだ。ふふふふ」


「し、親衛隊! い、いますぐ王子を殺した狂魔女を殺せ!」


 ブレッドは半ば号泣するように親衛隊に命令したが、彼らは動かなかった。


「何をぼおっと突っ立っている! これは王の命令だぞ! 殺せ!」


 やはり彼らは命令に応じない。

 否、正確にはもう人の命令では動けなくなっていた。

 とうに彼らは死霊術の餌食になっており、今やブラックドラゴンこと、黒魔法の魔女イゾルデの操り人形と化していたのだ。

 アンデッド兵の兜の隙間から見える、土気色と化した肌や、その虚ろな瞳を見てようやくそのことに気付いたブレッド。

 彼は剣を抜き、野営テントの外に向かって「出会え!」と叫んだ。


「 も う 誰 も 来 ま せ ん よ ? 」


 にっこりと愛らしく、イゾルデは笑っていた。

 分厚い本を胸に抱えた彼女は図書室に籠る読書少女そのものなのに、全身に塗れた鮮血とそれよりも赤い瞳だけが異質だった。

 彼女の意図がそうさせるのか、アンデッド兵と化した親衛隊たちは夢遊病のような足取りでブレッドに迫っていく。

 否、それだけではない。

 外の野営テントから続々と、そしてフラフラと。出てくる全ての兵士がアンデッド兵と化していて、虚ろな目でブレッドを見ているのだ。


「な、な、なんということだ。……ブラックドラゴン。お、お前の目的は何なのだ……? 私たちが一体何を何をしたというのだ? お前の逆鱗に触れるような真似をしたのか?」


「いいえ、ブレッド王。あなたは何も悪いことしていませんわ。王を目指すものとして当然の事しかしていません。そして私も死霊術師として、そして人形遊びが好きな女の子として当然の事しかしていません。作って、遊ぶ。そして、飽きたら、壊す。子供のする人形遊びなんて、『そんなもの』です」


 ブレッドは心底後悔した。

 『常勝無敗・不死の騎士団を手に入れてご覧に入れます』という、息子の口車に乗ったのが間違いだったのだ。

 放っておけば、『コレ』は野山で死んだ野良犬や野兎の死骸で人形遊びをする程度の、取るに足らない存在だったのだ。

 たまに大きな人形を欲しがったら、縛り首になった罪人の死体を秘密裏に与えてやる。

 それだけでアイヴォリー家は代々『コレ』のもたらしうる災厄を避けて来たのだ。

 なのにハリードは、『コレ』に手を出した。

 『死霊術を生者にも掛けられる書』を、アイヴォリー家が代々に渡って禁書として封じていた『死者の書』を、よりによって『コレ』に渡したのだ。


 大きな人形劇を一緒にやろうと。


「ねえブレッド王。あなたは殺されてからお人形になりたいですか? それとも生きたままお人形になりたいですか?」


「よ、よせ。話を聞け。もしも私を生かしてくれたら、お前を貴族に……」


「話聞けやクソガキが」


 イゾルデの瞳が血色に光った時、

 彼女の背後から影よりも黒い手が無数に現れ、

 絶叫するブレッドへ飢えた狼のように襲い掛かった。

 そして実際、彼の身体は食い荒らされるように齧り取られた。


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