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4C:災王ルート(プレビュー版)その18

 翌朝、城内に点在する一つの兵舎に間借りして、一人剣の稽古をしていたハイペリオンは、小休止がてら窓縁から見下ろしたブラッドリー城の城門に、小さな騒ぎを認めた。門を見張る二人の守護騎士と押し問答をしている浮浪者の少女だ。騎士の方はロズリーとクレイト。新兵教官を担当している若手の二人だった。


 ふむ、と三人の様子を観察する。クィンダムの庇護を求める難民は年々増え、貧民地区に暮らす者達の食糧不足は大きな内政問題になっている。それに起因する城への物乞いも城兵たちを悩ませているが、先の魔物襲撃もあってそれは今後ますます深刻になっていくだろう。しかし、今回はどうも別件であるらしい。


 あの少女が飢え、疲れ果てているのは瘦せた体躯や目のクマからも明らかだったが、しかしその眼光は鋭く、遠目にも分かる口調の激しさには乞うている様子が見られない。何かの陳情だろうか。いずれにせよ、貧民一人の訴えなど門番に任せて捨て置くのが通例だが、彼はこうした些事こそ反乱の火種であることを知っていた。ただ何より、厳めしい守護騎士二人相手に一歩も引かない度胸と、その静止の手を交わす身のこなしには、多少思うところがあった。


 ――評議会まで少し時間がある。外の空気でも吸うとしようか。


 ハイペリオンは稽古の『締め』とばかりに愛剣『キングズ・キーパー』を上段に構えて、最後の訓練標的と定めた等身大の人形を睨む。兵舎内の所々にも似たような木偶人形が転がっているが、それらは木の骨組みに藁を巻き付け、鎧を着込ませた新兵用の剣撃標的だ。兵士たちからは『ジャクソン』と親しまれている。ジャクソンは新兵の最初の友であり、初め半年をかけた新兵の斬撃訓練をその身に受け続け、その破壊を持って初級訓練は終了となる。いかに剛力でも真正面から挑めば破壊に一年はかかる強度であり、鎧の僅かな継ぎ目を正確かつ何度も斬り払う技術を身に付けなければ、この訓練を期間内に達成できない。訓練終了間近の連夜は、未熟な兵士達が夜通しこの人形へ斬り込む音が兵舎に響くため、ブラッドリー城では『ジャクソンの夜泣き』と呼ばれ一つの名物となっている。


 そして、いまハイペリオンが狙いを定めているのは『ジャクソン』でははない。新兵教官が『サムソン』と侮蔑的に呼ぶ新人虐めの道具だった。本来は木であるはずの骨は鉄であり、そこへは藁の代わりに鞣した革が執拗に巻かれ、被せられた鎧もクロスボウの直射に耐える重装騎兵用のものだった。この鎧には太刀筋を通せるような隙間もないため、如何に練達の剣士であれ、『サムソン』に斬りかかれば結末は刃毀れしかなかった。


 だから、もしもハイペリオンがその愛剣を力任せに振り下ろせば、分厚い兜に弾かれ、王国髄一の名剣に無様な傷を負わせることになるだろう。そしてそもそも『サムソン』までの距離は遠く、その間合いは剣よりむしろ槍であり、なお言えば弩兵の射程とさえ言えた。


 風切り音が一つ。


 目にも曖昧な速さで一閃を終えると、ハイペリオンは腰の鞘に納刀する。彼はそのまま『サムソン』に歩み寄って兜の縁を掴むと、それはパキっと美しい切断面を伴ってへし折れた。


 ――新人いびりは平時の余裕が生む贅沢だが、しばらくは無用だな。


 守護騎士長はその欠片を手で弄びながら兵舎を後にする。程なく、無人の兵舎では『サムソン』が真二つに左右へ分かれ、崩れ落ちた。



「サー・ロズリー、サー・クレイト。朝から騒がしいようだな」


 背後から名を呼ばれた二人が振り向くと、守護騎士長ハイペリオンが腕を組んでいた。二人は畏まって「サー・ハイペリオン」と口を揃えて騎士の礼を示す。しかし続けざま、ロズリーは先まで問答をしていた少女をさも忌々しいと言わんばかりに一睨みしてから、ハイペリオンへ事情を説明した。


「失礼、サー・ハイペリオン。この娘がスラムの鍛冶屋から弓を一つ盗難したことを認めたものでして。騎士の名にかけ不正を取り締まっていました」


「なるほど、それは確かに、女王陛下を御守りする守護騎士が二人かかりになる一大事だな。それで?」


 ハイペリオンからの皮肉を理解したクレイトは恥じるように俯いたが、しかしその機微を理解できなかったロズリーはなお得意げにまくしたてる。


「はい、サー・ハイペリオン。ここはブラッドリー城の城門ですから、小悪とは言え見逃すことはできません。まぁしかし盗難の届け出は出ていませんし、年齢が年齢のために大人しく立ち去るなら、騎士としての寛容さも示し、法の裁きに照らすことも致しませんが」


「それは寛容だな、サー・ロズリー。しかしこの子の方にも不満があるようだが?」


「そうなんです。厚かましいったらありません。せっかく私が騎士として慈悲をかけているのに、それを邪険に扱うどころか、さっきから何度も『弓兵にしろ』としつこくて、我々の見張りを妨害しているのです。どうしたものでしょうか」


 ハイペリオンは心底呆れていた。丸腰の少女一人に妨害される見張りにどんな治安が期待できるというのか。どうやら説教を垂れるべき相手はこの少女ではないらしいと結論付ける。


「弓兵の志願者か。クィンダムに命を捧げんとする愛国者なら、モニカ女王陛下は少女でも歓迎される。明日から忙しくなる。問答はこのぐらいにし、すぐ新兵検査に回すんだ」


 そして早々に落として帰らせろ、という言外の意味を汲めたのはクレイトのみだった。もっとも、ハイペリオンは事務的にそう言ったものの、新兵検査をクリアする可能性がゼロではないと考えている。そのいずれをも理解できなかったロズリーは、またも検討外れな回答を始める。


「サー・ハイペリオン。お言葉ですが、クィンダムの栄誉ある城兵は、武芸のみで雇われる卑しい傭兵とは異なります。まして、私の新兵教練はひ弱な娘が耐えられるものではありません。第一、こんな素行不良で家柄も分からない小娘を城へ入れたら、ブラッドリー城の名誉を汚しかねません」


 目前で堂々と侮辱をされても、その少女は口を引き結んで口応えをしなかった。まるで新たにやってきたハイペリオンを見極めているような様子で、二人のやりとりを真剣な眼差しで見守っている。ハイペリオンは思う。冷静で場の状況判断ができ、人を見る目も悪くない。兵舎から見下ろした時の評価も踏まえると、少し動きを見てみたいと。


 それに比べて、とハイペリオンは思わざるを得なかった。


「ところで、この子の手のマメと足の親指を見たのか? 分厚い皮が幾度も破け固まっている。この年で激しい鍛錬の跡が着くと言えば、おそらく出身は最北の豪雪地帯フレイトナーだろう。生まれらながらの狩猟者だ。温暖なクィンダムで生まれた豪商の息子より辛抱強そうだぞ。見てやったろうどうだ?」


 少女の顔が綻んだのを見て、ようやく遠回しな皮肉に気付いたロズリーは、しかし恥じるのではなく怒りでもって応じ始めた。


「サー・ハイペリオン、いいですか。新兵の選定と教練はこの守護騎士ロズリーが、女王陛下直々に賜った命令です。いかに守護騎士長であっても、これ以上の口出しは越権行為にあたりますよ」


 皮肉に対してまともに抗弁できず、思考を停止し、権威者の名を出すのみで自身の正当性を主張する。家柄のみで出世した者にありがちな啖呵だとハイペリオンは苦笑した。


 ――マーカス王陛下のもたらした平和の弊害か。


「サー・ロズリー、『触れ』に書かれた推薦人の名前を読めなかったらしいな。ハイペリオンだ。ちなみに女王陛下はそこしか見ていない。新兵教官はいくらでも替えがきくからな」


 沈黙しているクレイトだけが、笑みの奥に隠されているハイペリオンの剣気を理解し、喉を鳴らしている。彼は旧王国の戦史にその名が幾度も登場する生ける伝説なのだ。少しでも武芸をかじったことがある者なら、その彼に対して、まして部下たる騎士が口応えするのは命知らずが愚か者のいずれかしかなく、ロズリーは間違いなく後者だった。


「親のコネだけで長く城勤めがしたいなら、もう少し賢くなるべきだぞ」


 ハイペリオンの目が眇められたが、これまで金銭と権力でしか人を計ったことのないロズリーはなお気付かなった。そればかりか、唇を震わせて憤懣やるかたない様子で言葉を返す。


「サー・ハイペリオン、いくら貴方が守護騎士長であっても、私の名誉を汚すような横暴を続けていると」


「サー・ロズリー。新兵教練用の兵舎を片づけてくれてないか?」


 ハイペリオンに割って入られたときだ。その手が弄んでいたのが『サムソン』の欠片だとロズリーはようやく理解すると、背筋が寒くなるのを感じた。あれは気に喰わない新兵に課していた嫌がらせの道具であり、絶対に壊せることがないようわざわざ自分が立ち会って作らせた逸品だった。一方、ロズリーの恐怖を読み取りつつも、その意図を読み違えているハイペリオンは続きの文句を言った。


「新兵を直接指導する者として、『いついかなる時に抜き打ちで検閲されても構わない』というなら、今すぐ私が兵舎を改めてやろう。お前との押し問答はその後に付き合ってやる。もっとも、その時に『女王陛下に命を捧げた人材をいびるオモチャ』でも出て来ようものなら、その続きは『黒竜塔』の中ですることになる。それも問答ではなく、弁明をな」


 ロズリーは怪物でも見たような表情でハイペリオンから目を反らすと、そのまま逃げるように城内に引き上げていった。


 その背中が城奥へ消えると、ハイペリオンは笑顔の少女に目線を合わせて尋ねる。


「見苦しいところを見せてすまなかった。私はハイぺリオンだ。マイ・レディ、お名前は?」


「私はメーナです。メーナ・フレイトナー。雪兎狩りの長メイガーの娘です」


 ハイペリオンは眉をひそめ、クレイトは息を呑む。思わぬ大物の名前が彼女の口から出て来たのだ。


「メイガー。……あのゴブリン・スレイヤーのメイガー・フレイトナー? そのご息女?」


 驚いた様子のハイペリオンを見て、メーナは冷え切っていた胸の内を、かつてのような温もりと誇りが満たしていくのを感じた。「父を知っているんですか?」と涙声で問い返す彼女へ、ハイペリオンは大きく頷いて見せる。


「戦史に残る北方の守護者だ。先王マーカスは『メイガーなくしてフレイトナーに光なし』と仰ったこともある。クィンダムの守護騎士でその名を知らぬ者はいない。いたらクビになる。誰とは言わないが」


 ハイペリオンの皮肉にクスリと笑ってから、メーナはあれ以来ようやく笑えたことに気付いた。そしてその目に溢れて来た涙を慌てて拭う。その様子を見て、ハイペリオンは事情を察するとともに心の底から心痛した。


「御父上にはクィンダム滞在のおり、何度かブラッドリー城の弓兵教育を請け負って頂いたことがある。八ヵ国の今日があるのは御父上の御蔭だ。……今回のことは大変気の毒に。フレイトナーだけでなく、クィンダムにとっても大きな損失だ」


 クィンダム最高の騎士ハイペリオンと先王マーカス、偉大な二人に父が認められていたことを知り、今のメーナにとってそれは何よりの救いと感じられた。彼女は嗚咽を堪えて涙を拭い、何度も頷く。


「……父は私を守って死にました。皆を庇いながら勇敢に戦って、傷を負いながらも数頭のゴブリンを仕留め、でも私のせいで捕まって、最後は……。いえ、私は父を誇りに思っています」


 そして、復讐しか命の使い方がないと自暴自棄になっていた彼女にとって、新たな生きる理由が生まれた。捨て身のように戦うのではなく、亡き父の名誉を守り、その意思を受け継ぎ、雪兎狩りの長メイガーの娘として戦うことだ。


「お願いです! 私を弓兵に取り立てて魔物と戦う機会をください!」


 気付けば彼女は声をあげていた。


「……父の名に恥じぬような戦果をあげて、必ず女王陛下のお役に立ちます!」


 メーナは胸に手を当て、沸き上がる熱く力強い意思をそのまま言葉にした。結局は昨晩から考えていた計画と同じ道だったが、その目的は大きく変質していた。今ならあのとき、ファミリアが言っていたことも分かる気がした。先までの自分は死にたいのか殺したいのか分からない矛盾に満ちていた。でも今は違う。今は生きて戦いたい。生きてフレイトナーの誇りと名誉を取り戻し、それを自分のために死んでいった父や家族たちに捧げたい。


 瞳の奥にあった自棄の陰りが消え、代わりに生気と誇りに満ちた力強さがそこに宿っている。メーナからその変化を感じ取ったハイペリオンは、ロズリーを退散させた欠片を見せた。


「これは城で最も頑丈な兜の欠片だ。重装騎兵が着けているもので、クロスボウでも歯が立たない。……君に弓を渡せば射抜けるか?」


 メーナは一目見ると、即座に否定向きに頭を振る。


「ここの弓は最低だから無理です。鍛冶屋にあったのはフレイトナーだったら子供でも使わない粗悪品でした。盗んだ弓はあとでお返しして、償いも必ずします。でも、命を守る道具があんな粗末な造りだなんて信じられません。矢もスウヤ使ったら壊れました」


 彼女の言った『スウヤ』をクレイトは『数矢』と誤解したが、ハイペリオンは正しく『数夜』と理解した。フレイトナーの狩猟者にかかればスラムの鍛冶屋でなくとも形無しだ。そもそも夜通しで引き倒された矢が折れたと文句を言うのは聞いたことがない。


 メーナはその上で言い切る。


「でも、……『雪兎狩りの大弓』なら、その兜を二つ被ってたって頭蓋を抜いてやれます」


 彼女の目は冷静だった。場の勢いで放った啖呵ではない。ハイペリオンは振り返り、なお不動を貫いているクレイトに笑いかける。


「サー・クレイト。フレイトナー城に重装騎兵の兜を射抜ける弓兵は何人にいる?」


 これまで沈黙を守っていたクレイトは、背筋を正して答える。


「サー・ハイペリオン! お答えします! 私の知る限り誰もいません!」


 ハイペリオンは頷いて言葉を続ける。


「では、メーナ・フレイトナーが一人目になるか今日中に確かめてくれ。新兵の新たな教官はお前だ、クレイト。モニカ女王陛下には私から話しておく。ではこれで」


 ハイペリオンは評議会へ向かうべく、二人に会釈をしてから城内へと引き返していく。咄嗟の昇進で自失していたクレイトは我に返り、その遠ざかる背中へ声をかけた。


「サー・ハイペリオン! 謹んで拝命します! しかし、『雪兎狩りの大弓』を用意できる鍛冶屋がクィンダムにいるでしょうか!」


 最もな質問だとメーナも思った。『雪兎狩りの大弓』はフレイトナーが浅くない歴史で培ってきた叡智と技術の結晶であり、ただ頑丈な弓とは訳が違う。連装式のクロスボウに勝る複雑な機構(からくり)を備え、ただ引くだけでも強いが『知る者が引けばなお強い』のが特徴だ。ハイペリオンは立ち止まらずに答える。


財務大臣(トリスタン)が私室に飾ってるバカでかいヤツがそれだ。私の名前を出して借りてきてくれ」


 その背中を銘々の思いで見守る二人。後の戦史に残るクィンダムの弓兵長『流星のメーナ』はこの日、止まっていた運命の歯車を自らの手で回したのだった。

*連載の一時休載のお知らせ


翁海月です。活動報告でお知らせしました通り、

今話を持って投稿は一度休載の予定です。


四月からまとまった時間を取ることが難しい点、

話が佳境に向かっていく点、

じっくり世界に浸って書きたい点、

以上の3点から、落ち着いた時間がとれるまで休載することにしました。


作品に愛着もあり、執筆意欲も強いので

なるべく早く再開して書き上げたい気持ちもあるのですが、

だからこそ集中できる時間がとれるまで、

投稿の手を休めようと思います。


気長に待ってもらえると大変嬉しいのですが、

去られる方も、忘れたころに再訪してもらえたら、と思っています。


それではまた、いつかに旅の続きを(ぺこり)

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