4C:災王ルート(プレビュー版)その14
クィンズガーデンではこの日、女王国の主戦力を担う災厄認定魔女を含めた対・災王に関する大評議会が招集されていた。円卓を囲うのは女王モニカを筆頭に守護騎士ハイペリオン、相談役のクロウに財務大臣トリスタン、そして竜騎士エマに加えて、その配下となる空軍大臣エイリス、陸軍大臣イゾルデ、海軍大臣メープル、そして役職を持たない孤児院の長ファミリアだった。
それぞれの放つ異様にして圧倒的な空気感に、クロウもトリスタンも石のように固まっている。彼女たちと女王国はエマを介して和平を結んでいるとはいえ、小競り合い一つ起こせば国一つ滅ぼしかねない『生ける災厄』たちなのだ。
そんな彼女達は普段、ブラッドリー城の四隅にそれぞれ竜塔と呼ばれる専用の『離れ』が用意されており、平時はそこで俗世との交わりを断ちながらも、何不自由なく暮らしている。特別待遇と呼べば聞こえは良いが、その実態は幽閉や封印である。彼女たちの塔へ足を踏み入れたことがある者といえば、モニカとエマ、先代のマイスターであるレイヴンのみだ。しかしこと、最高戦力と名高いアイスドラゴンの塒たる氷竜塔に限れば、彼女が妻と称するエマしかいない。義妹と認めたイゾルデでさえ、立ち入りはしないのだ。
「……以上、ドラゴン公各位の挙げられた戦果に基づいて打ち出すクィンダムの方針は、災王を『病魔』または『呪詛』と再定義し、その『治癒』あるいは『解呪』の方法を見つけることです。それに伴い、これから守護騎士サー・ハイペリオンの指揮下のもと、女王国軍は『災王』に罹患した複数種の魔物を生け捕り・被検体とし、わたくしクロウが災王の正体を医学的に探究したいと存じます」
声の震えを必死に押し殺しながら、クロウは手元の文面を読み上げた。なにせ彼女を見つめているのは『北国殺』の寒空のような瞳、『生人形行軍』の死血のような瞳、『船食渦竜』の澄んだ瞳、そして、『王国失踪』の若葉のような瞳なのだ。まだ断頭台に首を晒している方がよほど生きた心地がするだろう。
モニカは「結構」と頷くと、その目を災厄認定魔女たちに向けた。
「それで、実際にその目でみた貴方たちの意見を聞かせてくれないかしら?」
トリスタンは思わず喉を鳴らした。前々から女王陛下の心臓には毛が生えていると思っていた彼だったが、顔色一つ変えず、汗一つかかずに『災厄たち』に話しかけるなど、それだけで自分達とは根本的に格の違う人間であると思い知らされたのだ。
そして、椅子ではなくエマの膝上で幼子のように抱かれ、くつろいでいる災厄が、その童顔には不似合いな老獪な笑みを浮かべた。
「病魔に呪詛か。発想は突飛だが筋は通っているな。しかし医学的探究とは、人の子の考えは上品に過ぎる。そして何より遅い。私はそれで構わぬが、そのノロノロとした歩みを続けていれば、やがて藁のように死ぬぞ?」
氷のような流し目を受けたクロウはそれだけで血の気が引いた。その表情はしかしエイリスにとって不本意であったらしく、彼女は嘆息して「そう怯えるな」と添えてから簡潔に答えた。
「このさい災王が病魔か呪詛かはさておきだ。魔物による主要地方への襲撃が『同時』に起きたという事実を軽々に扱うでない。ところでこの同時は偶然なのか? そこの目付き極悪な娘、こたえよ」
ものすごく酷いことを言われた気がしたが、号泣は後回しだと自分に言い聞かせてクロウは即答する。
「は、はい、アイスドラゴン公。タイミングと規模を考えれば、偶然とは考えにくいとクロウは分析いたします」
「そうだ。必然だろうよ。必然ならば意思持つ何者かが『災王』を為したのだ。災王が病魔であるなら振り撒いたヤツが、呪詛であるなら呪ったヤツがいる。意志によって行使できるならば、それは最早『技術』と呼ぶべきだ。技術とは実体化された知識の一つであり、そして再現可能な知識は常に言語化されている。つまりは……おい、私に最後まで言わせるのか? そこの小さいの、書記か? 続きはお前言え。神童が何か知らぬが、評議会の末席ならもう分かるだろう?」
話を突然に振られたトリスタンは、羽根ペンを握ったまま思考停止状態になった。『小さいの』と揶揄されたが、まだ自分の方が背は大きいかもと無関係な思考が一瞬過って、しかし北国殺に話しかけられたという現実を受け止めると、頭だけでなく顔まで蒼白になった。
「お~い、お前だ。お前。これ以上、氷像のふりを続けて私を無視するというなら、本当に凍らせてやっても構わんのだぞ? ……何なら、そのあと粉々に砕いて蜜でも垂らし、喰らってやろうか?」
ぺろり、と舌なめずりをしてみせるエイリス。硬直したトリスタンの目にじわじわと涙が浮かんできた。
「アイスドラゴン公、新人を怖がらせるのは程々に願います。トリスタンは未来の女王国を支えうる有望な少年です。未熟ゆえの不作法は、推薦人であるこのハイぺリオンに免じてご容赦願います」
そうして助け舟を出したのはモニカの右に座している守護騎士だった。エイリスは「戦王と肩を並べた歴戦の騎士がいまや教育係とはな」と無邪気そうに笑うと、それで興味も関心も失せてしまったらしく、彼女はまるで甘える猫のようにエマへ頬ずりをする。
「それじゃあ、続きは妹に任せるとするか。私はエマとのスキンシップに忙しいからな。戦の疲れを癒したい」
すりすりすり。エイリスの場を弁えぬ好意を無碍にもできず、ただ困った笑顔で『すいません、本当に』と周囲に理解を求めるエマの表情から、その苦労を察したモニカは苦笑しながら頷いた。女王国の主要議題を扱う大評議会は言うまでもなく厳粛な場だ。意図せぬ失言には寛容だが、このように場を軽んじ、あまつさえ女王の御前で風紀を乱す言動を働こうものなら断首刑に処されても文句は言えない。しかし、いったい誰が『生ける災厄』を裁けようか。
そうして出席者の視線は、最も不吉で禍々しい座へと向けられる。トリスタンとクロウも右に倣えと顔こそ向けたが、その目線は外れていた。『死』から目を背けるのは生物の本能だ。ましてブラックドラゴンを直視するなど自身の墓穴を見るより悍ましい。それにそもそもさっきから、彼女が口周りを赤黒く汚して貪っているモノは何なのか。円卓に吐き散らしている小骨や血は何なのか。目の錯覚でないなら、その小さな口から指先が覗……。
「……もぐ。失礼あそばせ。途中で行き倒れたアイヴォリーの友達が『まだ終わって』ませんの。……がぶり。……むちゃ。もぐプチプチもぐ、もご。ごくん……。フゥ……えっと、姉様の仰りたかったことは単純ですわ。『魔物をキ●●イにする技術なんてどうせ発禁指定本の知識だから、お上品なクィンダムの●共が存じあげないのも無理はない。ちんたら魔物捕まえてる暇なんてねーから、さっさと『禁書封印図書館』まで行ってこいやク●●●●ども』ってことですわね。……ねぇモニカ、ここにソルト&ペッパーはございませんこと?」
クロウは泣きそうだった。否、正確にはもう泣いていた。認めよう。イゾルデは人間の生肉を食べている。正直まだそれは良い。いや良くないが、この際、良い。しかしだ。黒い三角帽子からざわりと這い出た影のような黒髪、その隙間から見えた血よりも暗く濃厚な瞳、そこに渦巻いている螺旋の果てに、何者かの死に顔が映っている――一体何なのだこれは。
「……ぁ」
イゾルデと目が合ってしまった――。
クロウがそれに気付いたとき、彼女は見慣れぬ闇へと墜落し、ぬめる粘液の中に倒れていた。
咳き込みながら起こした全身が、重くぬるく粘りついている。
――いったい何処なのここは。
忙しく振り返る。しかし見渡せど世界に果てはなく、また明かりもない。濃密な血臭に嗅覚は麻痺し、それでもなお生臭い腐敗臭が喉の奥まで絡みついている。ここが死血と腸の海であることを、しかし彼女の認知は拒絶した。生理的嫌悪感が極まって現実を放棄しているのだ。
――逃げないと。
クロウは全身を血に塗れさせながら肉と腸の海を這い進み、這い進み、光と出口を探した。しかしない。何処にもない。辛うじて闇に慣れ始めた目が見せるのは、あまねく潰れた死体ばかりで、彼女は涙と嘔吐と悲鳴を堪えるのに必死で、しかしそれでも動きを止めなかった。このまま何が起きなくとも死にそうで、何か起きるなら確実に死ぬと理解した。
――あ。
クロウはそして、気付きたくなかった真実に気付いて動きを止めてしまう。
夥しい死骸の山、そして海。それらすべてが他ならぬ自分であることに。その肉片も、この血も、あの臓腑も、手も足も、そこに浮かんでいる胸も、それら四肢は全部が自分のものだ。もう心さえも死んでしまったクロウは手近な首を一つ抱え上げ、光の消えた瞳で虚空を見つめる自分の死相を、まじまじと眺めてしまう。瞳が蕩けて白濁しかけたその目が、ギョロリと動いて自分を見た。
「クロウ殿! しっかり!」
ハイペリオンが目の前にいた。我に返ったクロウは自身の頬が濡れていることに気付き、慌てて目元を拭った。
――今のは一体……それに、これ……うそ。やだ。
荒い息を肩でしていて、呼吸のたびに嗚咽のような声が漏れて羞恥心に苛まれる。意識を失っていたばかりか、知らぬ間に泣いていたらしい。彼女は背中を擦られる感触を惨めに感じながら必死に目を拭う。大丈夫です、申し訳ありませんと詫びの言葉を述べたいのに、せりあがってくる嗚咽がそれを許さない。真っ赤になった耳には「いったん休憩を挟みましょう」というモニカの声が届いた。
ここから先の内容は15禁の内容を含みそうでタグを検討中です。




