4C:災王ルート(プレビュー版)その10
「……魔物達が見て恐慌状態に陥った災王とは、『深くて大きな一つの目』とのことです。クロウはシードラゴン公の表現を分析いたします。……文脈から判断して、この『目』は災王の外見ではなく、魔物達が災王へ抱いたイメージでしょう。そして災王に関する外見的な記述が他にないため、災王は肉体を持った存在ではないとクロウは分析いたします。つまり、魔物の思考の内に生じ、その恐慌へ作用する概念的な存在、ということです」
クロウは三通目の手紙を読み終えるとそれを円卓に置き、我知らず眇めていた目をモニカに向けた。彼女は応じるように頷く。
「……ありがとう、マイスター・クロウ。つまり、今の段階で分かっていることは、災王は剣や魔法で滅ぼせる相手ではないということかしら。想像よりずっと厄介ね。……いくら人の王と対極の存在とは言っても、実体まで無いなんて信じられないわ。善と悪と言わぬまでも、せいぜいで秩序と混沌であって欲しかったわ。どう始末したものかしら」
モニカは目頭を抑えて大きく息を吐く。思考を切り替える必要があるのだ。マイスター・クロウに考察された現時点の災王は、姿形のない概念のような存在。敵は難解だが、しかし捉え方を変えてしまえば実はそうでもないとモニカは考える。例えば、敵だと思わず伝染病の類だと思えば良い。それは魔物達に感染すると狂犬病に罹ったように凶暴にし、自棄的な暴動を引き起こす存在。治療法が分からない点で厄介なことに変わりないが、しかし難解さはそれで片付く。風邪を始め、この世界にはいくらでも『実体なき病』はあるのだから。
「……マイスター・クロウ。この姿なき災王を『魔物を豹変させる未知の病か呪いの類』と捉え直すのは検討違いかしら? 病や呪いなら、女王も草花も、あるいは魔物さえ区別なく殺戮していくでしょう?」
問われたマイスター・クロウは目を閉じて思考する。しかしその間は一瞬だった。
「はい、女王陛下。クロウはお言葉を解釈いたします。過去の戦史に照らせば下水路のネズミがもたらした『黒死病』が該当します。当時その病を『冥界の神』と捉えて畏怖し、マイスターも為すべき医療探求を放棄して祈祷のみを続け、やがて幾つもの街が滅びました。災王も同様、現時点では正体不明の病であり、ならば悪戯に恐れるばかりでなく、積極的に治療法を探究すべき……女王陛下はそう仰せでしょうか」
「結構です。では、財務大臣トリスタン。私達は新たに『病か呪い』と捉え直した災王に対して、何をなすべきかしら?」
二人の会話を聞き漏らさないよう一心不乱に羽根ペンを走らせていたトリスタンだったが、既に結論が出ていた。
「はい、女王陛下。病の治療法を見つけるなら罹患者の確保と分析が不可欠です。……つまり、私達は恐慌状態にある魔物を生け捕りし、医学的に『災王』を探求すべきと愚考いたします」
モニカは「結構」と短く応じると、次にハイペリオンの方を見た。彼はしばし思案する様子だったか、相変わらず硬い表情をしているクロウとトリスタンを横目に見て、下らないユーモアを混ぜることにした。
「女王陛下、病が相手なら守護騎士に出来ることは僅かです。ですが呪詛の方なら、それを使う呪術師や魔術師がいるはずです。もしそうなら単純でしょう。まずは、四通目の手紙を読んでは如何でしょうか? シュルトルーズに赴いたライトドラゴン公と竜騎士サー・エマから、件の呪術師を生け捕りにしたという吉報があるかもしれません。そうなら解決はお任せを」
名剣『キングズ・キーパー』の鍔をハイペリオンが鳴らすと、苦笑したのはモニカだけだった。クロウとトリスタンは依然として真顔で見つめている。自身のジョークが通じた様子がなかったので、もう一言添えることにした。
「それから……治療法がなくても病には解決策があります。黒死病を解決したのは当時に新興したクレフランム教団たちの狂信です。彼らは自らの崇める神へ救済を乞い願った末、『神への献身』と称して自分たちと街へ火を放ち、そして逃げ出そうとする者をも焼き殺しました。結果、黒死病に侵された患者たちは病と共に消えました」
「サー・ハイペリオン。それを解決と呼ぶべきなら、私達がここで知恵を出し合う必要もないの。一振りの短剣があれば十分でしょう?」
短剣一振りで病に罹った魔物全てを掃討できるものか、否、この場合の掃討対象は自分自身、すなわち、『死ねば誰も病に罹らない』という不謹慎な皮肉だ。自分の発言も同様だったと、ハイペリオンは「失礼いたしました、女王陛下」と詫びる。
「さて、財務大臣トリスタンから進言のあった魔物の生け捕りについて方針を考えてみましょう。先代のマイスター・クロウをして『人体解明への道は月より遠い』と言っていたわ。未知の病を解明するのは簡単ではない。しかもそれが魔物の身体となるとどうかしら。もう何が異常で何が正常かさえ分からない。人の身体に近い魔物を探す必要がありそうかしら?」
モニカの言葉に対して、何か言いたげの様子のトリスタンを認めたクロウは、その背中へそっと手を回し『大丈夫です』と目力を込めてアイコンタクトする。トリスタンはそれで背水の陣と決め込みつつ、喉を鳴らして述べ始めた。
「女王陛下、人に近い魔物を被検体とした分析は、今日までの医学知識をある程度まで適用できる点で効果的です。ですが、今回の災王が病であるなら、その大きな特徴は多種の魔物に感染したという点ではないでしょうか。ですので、互いに生態が大きく異なる魔物を複数捕えて、そんな彼らに共通する『何か』を見つけることが、災王の把握に有効だと愚考いたします」
モニカは「結構です」と頷くと、次にクロウへ目を向ける。
「マイスター・クロウはどう考えるかしら?」
「女王陛下、クロウも同じ意見です。ですが……多種の魔物を生け捕りにする算段をクロウは懸念しております。『災王』は人に感染しないのも現時点から分かる特徴で、その……」
伺うようなクロウの目はハイペリオンの方に向けられている様子だった。モニカはその目線を後追いするように、同じく守護騎士の目を見て片眉をあげた。
「守護騎士に出来ることが増えたわね、サー・ハイペリオン」
肩をすくめて「呪術師であることを祈ります」と言うハイペリオンを庇うように、クロウはいそいそと四通目の手紙を広げ始めた。
『災王』、それはウィルスのようなものでしょうか?? まだその正体は不明です。




