1:アイヴォリー家の謀反:その5『アイヴォリー家の謀反』
「――つまり、大陸にいる五つのドラゴンと和平を結ばぬ限り平和はないと?」
「戦王は理解が早くて助かるな。寝ぼけた小国の王どもと大違いだ。人の世の平定など統一の中では下の下。モンスターまで治めて中の上だ。だがそいつらには酒も女も金もきかん。ついでに話もな。だがドラゴンの名を冠した『生ける災厄』は話が通じる。むろん治めれば上の上だ。そうなればモンスターどもなぞ蟻の群れに過ぎん。そして僥倖なことに、アイスドラゴンは妻エマの功績により王国に肩入れしてやることにした。私の機嫌を損ねることがないようにな」
と、王国の評議会で一番偉そうにしているアイスドラゴンことエイリスは、キングズ・キーパーの副長となったエマの膝に座って、愛猫ノアルを抱きながら王に進言していた。
「しかしアイスドラゴン殿。私はこれまでドラゴンを伝説でしか聞いたことがありません。国民の多くはドラゴンと聞けば、空を飛んで火を吐く翼竜を思い浮かべることでしょう。私もこの目で貴殿を見るまでは、アイスドラゴンとは氷山の頂に塒を持つ、氷のウロコを持った大きく恐ろしい竜だと思っていましたから」
「ドラゴンに襲われた跡を吟遊詩人が歌えばそうなるでしょうな。もしくは遠方よりその災厄を目撃して詩歌に昇華すればそうなるでしょう。……私どものように間近に目にした者などそうはおりますまい。相談役マイスターとしては、後世にどう伝えるべきか。王国と和平を結んだ最初のドラゴンのことを。むう」
「ハイペリオンとレイヴンだったか? そこそこ賢いな。いかにもだ。ドラゴンは滅ぼすと決めた場所には草の根も残さない。文字通りの根絶やしだ。しかし、ドラゴンは知恵無き破壊者ではない。生ける災厄だからこそ意思がある。だから滅ぼされるには理由がある」
「――つまり、ドラゴンの起こした災厄を調べれば、そのドラゴンの意思を知る手掛かりとなり、それが和平を結ぶための手掛かりにもなると?」
「やはり戦王は理解が早くて助かる。そういうことだ。滅ぼされた場所はその土地に住まうドラゴンの逆鱗に触れたのだ。だからそれが何かを突き止め、『もう誰もそこに触れない。触れさせない』と、そう誓えば良い。そうすればドラゴンとは和平成立だ」
「なるほど。ところでアイスドラゴン殿。それで言うと貴殿の逆鱗は何だったのですか? 何故に北国は滅び、そして場合によってはこの王国をも滅ぼそうと考えていたのですか?」
ハイペリオンが問うと、アイスドラゴンの代わりに膝のノアルが『ニャア』と鳴いた。
戦王が目頭を抑えたのを見て彼女はご機嫌な様子で笑ったが、マイスター・レイヴンもハイペリオンも、そして他の大臣も理解しかねている様子だった。
だからエマは、アイスドラゴンの代わりに答えた。
「皆さん、猫には優しくしていきましょう」
*
「ねえサッコ。公式チートキャラってアイスドラゴンだけなの?」
「んんん、テキストに出てくる五つのドラゴンは皆そうみたいだよ。開発者一人でデバッグなんてキツイでしょ」
「えっと、じゃあドラゴンはこのゲームの重要な開発者を指していて、その数は5人ってこと?」
「たぶんね。まぁその中で物語に直接関与してくるのは今のところアイスドラゴンとブラックドラゴンだけなんだけど、話が進んだら他のドラゴンも出てくるんじゃないかな」
「他のドラゴンも、アイスドラゴンの魔力KKみたいにすごく強いのかな?」
「ふふふ。強さの基準は能力値だけじゃないよ。ブラックドラゴンとかね」
*
突然の出来事だった。
キングズ・キーパーの一人が会議室へ入って来るなり
「王陛下、皆さま。急報です」
と述べ、小さな書状をマイスター・レイヴンに手渡した。
何事かと皆が固唾を呑んで見守る中、レイヴンがそれを読み上げある。
「マーカス・ブラッドリー王陛下へ。我が息子ハリードをキングズ・キーパーの叙任式で辱めたのみならず、その栄光ある地位に下賤のモノばかりか災厄の魔女まで任用し、玉座を汚した罪は許し難い。ここに神々の裁きを代弁し、宣戦を布告する。アイヴォリー家の当主ブレッド・アイヴォリー……。謀叛です。王陛下」
読み終えたと同時、城の鐘が鳴り響いてきた。
併せて伝令が飛び込んでくる。
「申し上げます! アイヴォリー家の旗を掲げた騎馬軍が王国を目指して進軍中! その数おおよそ2万です! 攻城兵器も来ています!」
評議会は騒然となった。
エマも
「そんな大軍がこんな近くまでバレずに来られるものなの!?」
と驚いた。ハイペリオンは少し考えてから、冷静に肯定した。
「叙任式の祝いという名目で民衆に偽装した軍を、小分けにして近隣の都市へ潜伏させていたのでしょう。……武器などは事前に輸送していたとしたら、謀叛の準備は前々からやっていたということでしょうね」
「槍や弓や剣なら隠せそうですけど、攻城兵器なんて大掛かりなものまで隠すことなんて出来るんですか?」
エマの重ねての問いに、今度はマイスター・レイヴンは頷いた。
「アイヴォリー家の財力は、その紋章に見られるように石工や鍛冶といった職人の力で蓄えたものです。小さく分解して輸送し、この日に合わせて突貫で組み立てることもできるでしょう」
王マーカスは眉間に皺を寄せた。
「伝令、騎馬軍を召集しろ。そして出撃準備が整うまでは城壁の防備を固めておけ」
「承知しました!」
「サー・ハイペリオン。お前が軍の指揮を取り、当主ブレッドの首を獲って来い」
「御意」
「マイスター・レイヴン、奴らの武具を嬉々として保管していた商人らを見つけて吊るせ」
「仰せのままに」
「モニカ、密告者から情報を集めておけ」
「はい、父上」
簡単に命令をくだしてから王は立ち上がり、従者に自身の甲冑を付けさせる。
その様を見ていたアイスドラゴンが目を細めた。
「王よ。王国の最高戦力がここに二人いるが命は下さぬのか? 私と玉座への冒涜は笑って流してやるが、妻を下賤と呼んだのだ。私に一声かければ2万の騎馬如き丸ごと凍らせてやるぞ? 粉々にしたら王国民が食いきれんイチゴのシャーベットだ」
アイスドラゴンなら本気でやってのけるだろう。
エマは喉を鳴らした。
しかしマーカスはそれを認めない。
「一国の謀叛如きにドラゴンを頼るようでは戦王の名折れだ。なにより、臣下を裁くのが王の務めだ。……キングズ・キーパーの副長エマよ」
エマは鋭い眼光を向けられ「はい」と応じる。
「ハリード・アイヴォリーを見つけて首を刎ねろ。城内に潜伏して俺を狙ってるなら見込みがあるが、恐らく昨日のうちに夜逃げし、騎馬軍に合流しているはずだ」
そう言い残すと王は会議室を出て行った。
残されたエマは考える。
2万の大軍を相手に戦うよりも、そこから一人を見つけて首を持ち帰る方が大変ではないかと。
「そう難しく考えるな、妻よ。ハリードというのはアイヴォリー家の跡取りだろう。それなら安全な場所に息子を置いておくはずだ。しかし騎士の誇りを重んじるなら、軍の目立つ位置に置かねばならんな。とすると、もう一つしかないだろう? 当主の隣だ」
アイスドラゴンは笑う。
幼い顔に浮かぶ老獪な笑みは何ともギャップがあるなと思いつつ、エマは頷いた。
此処から先の展開は嫌と言うほど体験した。
王国は破れ、主人公エイミーの首が城壁に晒される。
ゲームオーバーだ。
「……行きましょうかエイリス」
「うむ、存分に夫に頼れよ」
でも今回は状況が全く違う。
ここを乗り換えて新しい展開になったら、生きて帰るための『何か』が見つけられるかもしれない。早々都合の良い展開はないだろうが、しかし希望に繋がる『何か』は得られると信じて、エマはアイスドラゴンと共に部屋を出た。