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4C:災王ルート(プレビュー版)その8

 各地方から凶報が届いて二日後、クィンズガーデンの評議会室ではマイスター・クロウが複数の手紙を手に新たな報を伝えていた。


「四通の手紙が届きました。それぞれフレイトナー、アイヴォリー、ブルクレール、シュルトルーズからです。最初の一通はフレイトナーへ赴いたアイスドラゴン公からです。クロウが要約致します。『ゴブリンは全滅。フレイトナーの生存者は少女一人。彼女を連れて空から帰還中」とのことです。なおゴブリン誅戮には……『アイスレイン』を使用したと」


 クロウが沈み込むような声で言うと、やはりか、という沈痛な表情が出席者たちの顔に浮かぶ。アイスドラゴン・エイリスを派遣した時から覚悟していたが、北の地が二度の災厄に見舞われたことを改めて突き付けられると、自らが選択した結末とはいえ喜ぶ者はここにいない。女王モニカは頷いて彼女へ応える。


「……ありがとう、マイスター・クロウ。それでは財務大臣トリスタン、このフレイトナーの地で今後、私達は何をすべきなのか。考えを聞かせて」


「は、はい、申し上げます、女王陛下」


 と緊張したように立ち上がって、しかし再着席をクロウに促されてまたアタフタと座ったのは、クィンダム序列五位に着席している少年、幼き財務大臣トリスタンだった。


「えっと。ご承知の通り、アイスドラゴン公の氷魔法『アイスレイン』は『北国殺(ノース・ブレイカー)』としてクィンダムに災厄認定されています。その威力に晒されたフレイトナーの地は、もはや人跡未踏の地として扱うべきかと。すなわち、地図の更新、派兵による女王国の再領地化、交易路の再確保と植民。この領地拡大手順を改めて踏む必要があると愚考しています」


「ありがとう。でもそれは、魔物による再侵攻がない前提のお話になるわね。私もそう願いたいけれど、クロウから現界を進言された災王の問題が解決されない限り難しいわ。だからフレイトナーは当分、街として再建を目指すより、対魔物を想定した北の前線砦になるかしら」


「は、はい。……思慮が足りず申し訳ありません、女王陛下」


 自らの浅慮を恥じるように俯くトリスタンの背中へ、隣席のクロウが優しく手を回す。そして『上出来ですよ』と励ますよう微笑んだが、彼女の鋭い目付きは誤った意図を伝えたらしく、トリスタンはさらに「猛省いたします」と委縮してしまう。むしろ反省したのはクロウだった。


「マイスター・クロウ、二通目の手紙について教えて」


「は、はい、女王陛下。二通目はブラックドラゴン公からです。クロウが要約致します。…『アイヴォリーの皆で仲良く食べた。一緒に帰る』と。……クロウは手紙を分析致します。アイヴォリーの民衆は大多数がコボルトに虐殺されるも、ブラックドラゴン陛下の死霊術でアンデッドとして再誕し、虐殺をもって報復。彼女は、彼らアンデッドを私兵に加えて低速にてクィンダムへ帰還中、と分析致します。それから」


 クロウは横目に、緊張の面持ちで羽ペンを走らせているトリスタンを一瞥する。


「その、アイヴォリーの街は堅牢な石造りであり、コボルトはもちろん、死霊術やアンデッドでもこれを破壊できません。展示物の攻城兵器も状態は良く、手入れ次第で実戦運用できると推察され、西方という立地を考慮しても……」


「ありがとう、マイスター・クロウ。そこまでで十分よ。トリスタンが後輩として可愛いのは分かるけれど、私はマイスターとしての報告と分析を求めたの。そこから街の被害状況を整理し、今後の指針を提案するのは財務大臣の仕事よ。奪ってはだめ」


 クロウは耳まで顔を赤らめると、消え入りそうな声で「申し訳ありません」と俯いた。


「さて、マイスター・クロウは恥をかくことを承知で貴重な助言をしてくれたわ。財務大臣トリスタン、アイヴォリーの地で私達は何をなすべきかしら?」


 この幼い財務大臣は、クロウがクィンダムに召し出された数ヶ月後にやってきた同郷アイヴォリー出身の学生だった。まだ興って間もない学問『機械学』を最優秀の成績で修めた神童であり、在学時に発案・制作した機械式銃剣はクィンダムで量産と実戦配備が検討されている。


「は、はい申し上げます。女王陛下」


 またも立ち上がりかけ、そしてクロウに再着席を促される神童は、深呼吸をしてから続けた。


「マイスター・クロウの分析結果から、アイヴォリーの街で為すべきは対魔物を想定した街の砦化と愚考いたします。街の西方には良質な石が切り出せる鉱山があるため、砦化への素材調達は難しくありません。攻撃手段として優秀な攻城兵器も十分な数があります」


「なるほど。石の守りは悪くないけど攻めはどうかしら? 攻城兵器は城攻めの道具。門を破り、城壁を崩し、あるいはそれを登るためのね。侵攻してきた魔物に効果はあるのかしら?」


 かつて密告者の長をも兼任していた女王モニカから射すくめるような目で見られて、トリスタンは喉を鳴らした。しかし、クロウからも鋭い目で見つめられた彼は、先輩にこれ以上の恥をかかせるのは死罪と腹をくくり、言葉を繋ぐ。


「投石機は城壁破壊だけでなく大群撃破にも有効です。『火竜』も街の防衛手段として実績があります。バリスタやパイルバンカーも、戦王の代では巨大な魔物を撃破する切り札となりました」


「つまり、そこから導かれる攻城兵器の在り方は?」


「つまり、えっと……攻城兵器は……」


 やはり緊張から結論を言いあぐねている様子のトリスタンに対して、『もうひと踏ん張りです』とクロウは引き続き目力を込めて彼を見守っているが、実質脅迫だった。彼はめげずに思考を回転させ、やっとの思いで結論を導く。


「攻城兵器を『対魔物用の籠城兵器』として改装・運用することを提案いたします」


 心の中で拍手をするクロウは『よく頑張りました』と一層の目力を込めて頷いてみせる。その一方、九死に一生を得たような心地で胸を撫でおろすトリスタン。二人の様子を見比べてから、女王モニカは序列三位の席へ目を向ける。


「まぁ、及第点としましょうか。それでは、最後に。我が守護騎士にしてクィンダム女王国軍最高指揮官、サー・ハイペリオン。貴方の考えを聞かせて」


 歴戦の騎士長は一礼をすると、穏やかな口調で、しかし歯に衣着せぬ物言いで述べた。


「女王陛下、我々はいま最高戦力(ドラゴン)の大半を地方へ分散させています。もし魔物による同時襲撃の意図がそこにあれば、目的は手薄となったここクィンダムと考えるべきでしょう。災王に知性無くとも愚者でないなら、この機を逃しはしません。恐れながら、あと二通の手紙について吟味している猶予はないかと。帰還したドラゴンから即時クィンダムの防衛にあたるよう、竜騎士サー・エマにご命令を願いたく思います」


 ハイペリオンの進言は理に適っているとクロウは思った。しかし同時に、それは災王を人間的に見過ぎているような危惧も感じた。人を滅ぼすために、その要たる女王都クィンダムを陥落させようとするその考え方が、人間的思考であり秩序立ち過ぎている。言い換えれば知性的で、ゆえに言葉による対話や交渉の余地がある相手だろう。『賢者の書』がその程度の存在を、世界の終末たる『災王』と予言するだろうか。クロウの表情から心の機微を汲んだモニカは、改めて彼女へ向き直る。


「マイスター・クロウ、貴方がサー・ハイペリオンの進言から最初に学ぶべきことは、女王の顔色を伺いながら意見を述べなかったことよ。だからこそ私は彼を信頼している。評議会は社交界とは違うの。教えてクロウ。貴方はいま、とても重要な何かを胸に秘めているわ」


 守護騎士の進言に反する内容になると思ったが、今は止むを得ないとクロウは引き結んでいた口を開いた。


「はい、女王陛下。恐れながらクロウは進言いたします。私の祖父たる先代のマイスター・レイヴンはかつて聞かせてくれました。『名も無き花一輪と王国の王を平等に殺戮する。それが災王だろう』と。もしそうなら、私達が死守すべき人の秩序と、その要たる女王国は災王にとって等しく無価値であり、ゆえに優先標的ではないと分析いたします」


 クロウから顔色を伺うようチラ見されたハイペリオンは、先を促すようクロウに頷く。


「それで、クロウはさらに分析致します。以上を踏まえて、災王が各地方を魔物達へ同時襲撃させた理由をあえて言語化するなら、それは『ゆえなし』です。災王は襲撃など望んでいません。ただ現界し、そしてその存在を知った魔物達が恐慌状態に陥り、そこから自棄的な暴動を起こして近隣の街を襲ったものと考えます」


 この進言に思うことがあったのはハイペリオンだった。


「女王陛下。かつて敵国が降伏した際、戦王は必ず兵士たちの助命を約束していました。彼らが自棄を起こし、自国の領地で暴動や略奪するのを防ぐためです。……もし、魔物達が恐怖から災王への忠誠を示そうとし、災王がそれを拒否したなら、マイスター・クロウの言うような事が起きるでしょう。明日をも知れぬ命と知った無頼が成すことは、人も魔物も変わりありません。そして、名も無き花一輪と王国の王が等しく無価値とする災王が、魔物の忠誠に価値を見出すとは思えません。ドラゴンによるクィンダム即時防衛を撤回いたします」


 そう言うと、ハイペリオンは恐縮しているクロウの肩を強く叩き、背筋をしゃんとさせた。


「では、私達が為すべきことはなにかしら。マイスター・クロウ」


「はい、女王陛下、今の段階ではクィンダムが方針を打ち出すには情報が不足していると考察いたします。恐れながら、クロウは進言いたします。残り二通の手紙も確認し、吟味すべきと」


 モニカもハイペリオンも、そしてトリスタンも頷くと、マイスター・クロウは丸まった三通目の手紙を開く。それはブルクレールへ赴いた、シードラゴンのメープルから届けられたものだった。


惰性的に続けてしまっていますね、プレビュー版。

改行ルールも少し試行錯誤中です。

いちど、ここでプレビュー掲載は終了します。

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