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4C:災王ルート(プレビュー版)その6

 クィンダム認定災厄『生人形行軍(リビング・パペット・マーチ)』:

 黒魔法の災厄認定魔女(ドラゴン)はもともと孤独な少女だった。

 夜の森で一人、ウサギやリスの死骸を持ち寄り、

 死霊術(ネクロマンス)で人形劇を楽しむだけの取るに足らない夜のシミ。

 古いアイヴォリーの当主は、しかし愚かにも彼女へ囁いたのだ。

『兵隊さんを使って大きな人形劇を始めよう』。

 彼が彼女へ授けたのは、人を生きながらの人形に変え得る禁書『死者の書』だった。

 それからほどなく、アイヴォリーには念願たる不死身の軍隊が生まれた。

 しかし彼らは、当主の悲願を叶える前に彼をも人形に変えてしまったのだ。

 人形は人形を増やし、その人形もまた人形を増やすから。

 今でもアイヴォリーの古い当主は、不死身の軍団を率いてどこかを行軍していることだろう。

 もはや叶わない夢を、今でも追いかけて。



 一頭のコボルトが絞り出した遠吠えが街に波及した。

 路地裏で子供の死肉を漁っていたコボルトは、

 女々しく掴んでいた少年の首を転がすと、目抜き通りへ顔を出して様子を伺った。

 生き残りがいたのか、それとも外から人間の増援がきたか。

 いずれにせよ、群れに知らしめるべき事態であることは間違いなかった。

 しかしただ、我先へと駆けている仲間たちは、遠吠えとは反対方向に向かっている。

 すなわち、城だ。

 是非を問う知性はなかったが、言葉に出来ないなりの疑問はあった。

 なぜ、逃げ道のない方へ? と。

 しかし彼らの目は血走り、息は荒げ、尾はちじこまっている。

 状況判断の余裕などなさそうだった。

 首筋の毛が逆立ち、寒気がする。

 逃げている。

 しかし何からだ?

 その答えが、街の中央で黒く『爆ぜ』ていた。

 コボルトを手探りに掴み、熟れたイチジクのように捻り潰し、

 投げ捨ててはまたコボルトを探って這い回る、無数の黒い手。手。手。

 この獣を鷲掴みできる程に大きな黒い手が、

 小さく黒い女の影から、ぞろりぞろりとオドリコソウのように群生している。

 それも夥しい数の、手が。

 あるいは無数の大蛇が鎌首をまたげ、襲い掛かり、

 食い散らかしているように見えた。

 それを目の当たりにしたとき、自身の尾がちじこまっていくのが分かった。

 何せ死の概念を始めて見たのだ。

 そして『死』を怯えて何の恥があろうか。

 まるで気に喰わぬ玩具でも捨てるかのように、

 手から放られて飛んできたのは、仲間の上半身だった。

 石畳に湿った衝撃をたてて転がる喰い残し。

 その胸は踏み潰されたカブト虫のように平たく、

 口からは内圧で飛び出た臓腑のひだが零れている。

 悲惨なことにまだそれには息があった。

 ハッ……ハッ……ハっと、黒い血泡を吹いている。

 弾かれたようにコボルトは駆け出した。

 他の仲間たちと同じように、逃げ場のない城へ。

 そして誰もが、彼女――ブラックドラゴン・イゾルデに背中を向けていたから、

 彼女の笑みを見ることはできなかった。


 ――コ ボ ル ト が 美 味 し い で す。


 突如、開いていた城門からどろりと溢れて迫り来た黒い群衆を、

 コボルトたちが津波と錯覚したのは、

 その勢いと生物らしからぬ出鱈目な動きのせいだろう。

 瞳孔の溶けた目を開き、潰れた喉を唸らせ、

 千切れた手足を振り乱し、血交じりの唾液を食いしばりながら、

 彼らが殺到してきた。

 彼らはつい先まで博識で器用なアイヴォリーの民たちだった。

 しかしコボルトにより殺され、食い散らかされ、

 無念のうちに絶命し、死に触れた後、闇の底で誰かにこう問われていたのだ。


 ――ねぇ、お腹が空いていませんこと?


 言われるまでもなく、死した彼らは強烈な飢えと渇きに襲われていた。

 それは生前での無念や未練、悔悟や怨念のような負の感情が、

 より原始的な飢餓という概念に変じたものだ。

 故にこの飢餓は、ただ喰らって啜るだけでは満たされない。

 然るべき者の血肉を食らい尽くし、殺し、滅ぼすまでは。

 だから、彼らの魂はそれを彼女に乞い、願った。

 腹は減っていると。故に、その導き手たる彼女はシンプルに答えたのだ。


 ――ああ、それなら。

 ――コ ボ ル ト が 美 味 し い で す。


 コボルトの群れは真っ黒な津波に飲み込まれた。

 その津波には殺意があり、飢餓があり、そして爪と歯があった。

 所詮は人間と挑みかかったコボルトから、最初に死んだ。

 彼らはもはや人ではなく『人形』なのだ。

 人が持ちうる力の抑制から解放され、彼らは自身の皮膚が裂け、

 肉が千切れ、骨が砕ける程の力でコボルトに掴みかかり、

 ねじ伏せ、千切り、喰らいついている。

 獣たちの絶叫さえも人形たちの唸り声に飲み込まれた。

 怖気づいて引き返したコボルトは、黒い手に掴まれ、

 両足を鳩のごとく千切られてから黒い津波へ投げ返される。

 そこはまるで、集団人喰い魚の沼に投げ込まれたエサのごとき惨状となった。

 そこら中で弾ける血肉の飛沫をしばし見つめてから、

 イゾルデは這いずる一頭のコボルトの方に歩いていく。

 初級黒魔法『闇の手』に掛ったものの、

 中途半端に下半身を捻り潰された死に損ないだ。

 イゾルデが今、腰からサっと抜いたのは一振りのダガーであり、

 その刃には既に血がべっとりと付いている。

 これはアイヴォリー家の娘が、

 コボルトに辱めを受ける前に自決として喉を突いたものだった。

 彼女はそれを拾っていたのだ。


「同情しますわ。お姉さまなら、楽に殺してもらえましたのにね。っふふふふ」


 イゾルデは屈んでコボルトの首辺りの毛を鷲掴みにすると、

 小さな体に似合わぬ腕力で乱暴に仰向けへとひっくり返し、

 そのまま腹上に跨るように腰を落とした。

 鼻先が触れるほど近付けられる顔。

 より濃密に香る腐敗した死の臭い。

 幼い彼女の瞳は血より赤く、コボルトは悍ましさで顔を背けると、

 視界が捉えた光景に心が死んだ。

 ブラックドラゴンが舌なめずりをする。


「そこからじっくりと御覧なさい。……ほぅら、お仲間が人形達に食べられていますわ」


 こんなことがあり得るのか。

 吠え狂うコボルトを人間が押さえつけ、手足を千切り、肉を喰らい、血をすする。

 一頭も逃さない、ばかりか、肉片一つ溢さないとばかりに、執拗に食らいついている。


「ああ……互いに食べたり食べられたり、私達って本当に素敵なお友達になれそうですわね?」


 恍惚とした様子で、死の魔女が囁いた。


「ね?」


 しかしもう、何も聞こえていなかった。


「……てめぇ耳イカレてんのか?」


 ざぐ。

 死にかけていた心が痛覚で呼び起こされる。

 見れば下腹部にはダガーが、柄の手前まで深々と突きたっていた。

 こんな小娘など跳ねのけてやると藻がいたが、まるで足腰に力が入らない。

 哀れなコボルトは、自らの足腰がとうに砕かれたことを失念していたのだ。

 ぐるぐると渦巻いた赤い瞳が目の前に寄せられ、

 まるでコボルトの魂を取り込むかのように覗き込む。


「……聞こえてんなら返事しろや」


 彼女は呪詛を吐き出しながら短剣を引き抜き、なおザクリと腹部に突き立てた。

 刃が捻られてコボルトは激痛から吠えあげたが、身体の自由はなかった。


「コミュ障の私が勇気振り絞って声かけてんだろ? キョドりながら応じてハニかめよ。連絡先交換しろや。てめえ殺すぞクソが。私がショック受けてトラウマ抱えて傷ついたら責任とれんのか? 城に引き籠ったら迎えに来てくれんのか? おい? 聞いてんのかよクソがよ!」


 ざくり、ざくざく。ざくざく。ざく。


 コボルトは既にただの死肉となっていたが、イゾルデの呪詛と狂刃は止まる気配がなかった。 


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