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4C:災王ルート(プレビュー版)その4

 風吹の中、その少女がふらりと街の外に現れると、ゴブリンたちの囲んでいる数十もの焚火が一斉に凍り付いた。消えたのではない。凍ったのだ。踊るように揺らめき、気紛れに火の粉を飛ばしていた自由な炎が、その時を殺されたかのように凍り付いた。その神秘に慄きもせず、むしろゴブリンたちまでもが凍り付いたかのように静止し、彼女に釘付けとなった。


 美しい。


 もしも彼らが言葉を操るなら、恍惚とそう呟いたかもしれない。霜よりも静かな白い髪をなびかせ、色のない肌を半透明のドレスで包んだ彼女は、神の人形師が命と引き換えて創造した最高傑作。そう嘯かれても信じてしまいそうなほど美しく、そして恐ろしかった。寒空のように青い瞳が小顔に艶めき、そこに長い長い白の睫毛が被っている。額中央から伸びる一本の魔力結晶は、アメジストを削って作った小さな角にも見えた。


 ばさり、ばさり、と。巨大な風切り音が吹雪きの轟音を切り裂いたとき、舞い散る雪で朧だった彼女の全容が露わになる。不安定に思われた少女の立ち姿は、そのしもべたる氷の翼竜に横座りした姿の錯覚だった。そも、彼女のいる場所は断崖絶壁であり、歩いて来られる道理はない。愚か、魔女は天険を足労するほど無力でも人間染みてもいない。


 少女は自身の象徴たるアイスドラゴンを召喚して騎乗し、竜騎士エマの願いに従って、フレイトナーの地へ一人降臨していたのだ。その碧玉のような瞳が憐れむように、悲しく変わり果てた街人たちへ注がれていく。生き残りはいないか。救ってやれる命はないか。ここの守護者足らんと誓ったかつての災厄は、言葉を違えたことを悔やんだ。そしてやがて、その目はメーナを捉える。


「済まないエマ。……間に合ったのは一人だけだ」


 次にその瞳は、いまも人肉の串焼きを手に茫然と己を見上げ、釘付けになっている一頭のゴブリンに注がれた。


 ――ああ、こいつらには骨の髄まで価値がない。


 彼女の瞳がすっと獣のように細るのを見たとき、全てのゴブリンは本能で絶対的な死を予感した。これより我らを襲うのは雪崩か津波のような天災なのだと。ただ過ぎ去るのを震えて祈るしか許されない現象だと。しかし、この災厄は生ける故に意思がある。だから奇跡は起こりえない。殺すと決めたものはとことん殺す。


 だからこそ――エイリスはドラゴンなのだ。


「かける言葉が一つとしてない。だから痕跡も残してやらん」


 バキバキバキと、氷を砕くような異音と共に空気が鳴動し、空の至る所で巨大な円形幾何学模様が次々と展開していく。直観的な魔法の行使故に不安定な、しかし圧倒的な彼女の魔力量で御された氷魔法の一斉行使だった。我に返ったゴブリンはパニックを起こしたように右往左往としていたが、何処にも逃げ場を見出せぬほど魔法陣は空に敷き詰められていた。


 メーナは目を奪われた。


 氷のドラゴンを駆る人形のような少女。父の話していた守り神の姿そのままで、否、それ以上に神々しい姿でいま、フレイトナーの空に現界し、青い瞳で睥睨している。その小さな手がおもむろに掲げられ、小さな中指と親指をきゅっと結び、パチっと弾かれる。


「風化しろ」


 途端、魔法陣から吐き出された無数の氷刃が瀑布のようにゴブリンへ殺到した。


 一つの魔法陣からでさえ豪雨のような勢いで放たれているうえに、その魔法陣は何重にも交差しているせいで殺到先はもはや滝壺か、あるいは大瀑布か雪崩の中心だ。標的となったゴブリンはもはや串刺しではない。無数の肉片へと削り取られている。しかもその傍から凍てついて粉々に破損し、暴風で消し飛ばされるため、まさに彼女の言葉通り風化していた。そこには醜い断末魔さえ残らない。言い伝えに聞く災厄『北国殺(ノースブレイカー)』。これはそれ以上だとメーナは絶句した。そしてその氷刃が避けているのはただ一ヵ所、人一人分、立ち尽くす彼女の位置だけだ。それを目敏く見つけて駆けようとしたゴブリンさえ、既にもう血煙の如く消えている。


 そうして、氷刃の瀑布は止んだ。空に展開していた無数の魔法陣も氷塵のように美しく消え去った。

 一瞬の出来事だった。

 ゴブリンはついに、その痕跡さえ残せず消えたのだ。


 *


 エイリスは、瓦礫と化したフレイトナー城の兵舎跡へ、自身の騎乗したアイスドラゴンを降下させると、その肩口からするりと飛び降りた。行使した災厄の跡を見渡し、静かに息を吐く。怒りで加減を誤り、再びフレイトナーの形を地図の書き換えが必要なほど変えてしまった。街として再建し、人が根付くまで何年とかかるだろうが、しかし見るも悍ましいあの光景はやはり欠片も残すべきでないと、エイリスは自分の判断を肯定した。目を向けた先には唯一人の生き残り。全身を血に染めて、光の失せた瞳を開いて立ち尽くす少女。生きているだけの躯だ。今は亡き戦王マーカスが人の世を治め、世界から消したはずの悲劇だった。そして500年を生きた彼女には、その気持ちを理解出来こそすれ、共感して泣いてやることはできない。残された僅かな涙はもう、エマにしか流さないと決めたのだ。


 だから彼女は、その少女へ歩み寄ると、残酷な真実を突き付ける。


「お前が生きて此処を出てたなら、今日から死ぬまで毎夜これを夢に見続ける。一日も忘れることはない。お前が女王都クィンダムに来たなら、孤児院のマザーたちが親身に世話をし、優しい言葉を掛け続けてくれるだろう。しかし、それはお前に届かない。温かい食事は喉を通らず、通っても味はしない。やがてパンを切るナイフを救い神と錯覚し、無意識に自殺を試みる日が来る。しかし死ねない。首にためらい傷が増え、やがてナイフもフォークも取り上げられる。そしてマイスターから気を静める薬をオートミールに混ぜられ、お前は寝起きのような感覚で毎日を過ごす。やがて心は死に、身体の方もどうしたら死ねるかを日々、考え続ける。永遠に、ずっと。だから、お前はこの先幸せになれない。ここから先は地獄でしかない。いまここで死んだ方が楽になれる。そして、私なら優しく殺してやれる」


 エイリスの前で既にメーナは泣き崩れていた。


「……どうして、どうして、……、そんな、ことを、言うんですか」


 窒息するように嗚咽し、父親の血が滲んだ雪を握りしめながら、潰れるように臥せって、震えていた。


「こんな時ぐらい、……優しい(ことば)を、かけて、……くれないん、ですか。どうして、生きていたら良いことがあるとか、……笑える日が来るとか、言って、くれないん、ですか」


 エイリスは屈むと、俯いて泣いているメーナの頬に手を当て、ゆっくりと上向かせる。血と泥と涙に汚れた彼女を見つめながら、エイリスは静かに選択を迫った。


「フレイトナーの小さな生き残りよ。私がお前にしてやれる約束は一つだ。もしもここから生きて出て、私と共にクィンダムに向かい、たとえ地獄のようであれ、手にした命を捨てないと言うのなら」


 アイスドラゴンの端正な口元が、三日月のようにつり上がった。


「お前たちをこのような目に遭わせたヤツを、必ずお前の眼前に引きずり出し、跪かせ、惨めに命乞いをさせてやる。そして私は、お前に切れ味の悪い錆びたナイフを一振り渡して、こう言ってやる。『楽には殺すな。お前の知る地獄を刻みつけてやれ』と」


 メーナの目からから涙が、すぅ、と止まった。そこに確かな意思を見て取ったエイリスはゆっくりと頷き、


「お前、名前は?」と尋ねる。


「……メーナ。メーナ・フレイトナーです。……アイスドラゴン様……」


「ではメーナよ。私と共にクィンダムに帰り、そこで復讐の牙を研ぎながら地獄を生きろ」


 エイリスの背後で翼を休めていたアイスドラゴンが、メーナの心象を代弁するかのように寒空で咆哮した。


この後、魔女紹介を兼ねて各地方がどうなったかを描いていくところから災王ルートは始まります。

今の段階で、プレビュー版はここまでです。


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