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4C:災王ルート(プレビュー版)その3

 年中が雪に覆われる北のフレイトナー地方は、東方の色が濃い木造建築が密集して出来た街だった。狩猟を生業とするフレイトナーの民は、街の外に生息するクマほども大きな雪兎に活かされていると言って良かった。彼らはその脂肪の多い肉を食べ、その厚く白い毛皮をまとい、そしてその乳を酒に変えて厳しい寒さを生き抜いてきたのだ。


 もしもここを旅人が訪れたなら、大弓を担いだ狩猟者がミルク酒を片手に歓迎してくれるだろう。無論、それだけで温められるほど気候は温暖ではないため、焚火に当たるよう勧めながら、脂の載った雪兎の串肉を差し出してくるはずだ。


 今、街の至る所で焚かれた篝火に薪としてくべられているのは、ゴブリンから食い甲斐がないと捨てられたフレイトナーに暮らす老人達の痩せた手足だった。そしてその炎で炙られているのも無論、雪兎の肉ではない。肉質の柔らかな乙女や子供の四肢、それを狩猟者たちの細剣で串刺しにしたものだ。


 まだ血の滴るそれを掴むと、ゴブリンたちはその乱杭歯で嚙み千切り、豚のように醜く膨れた腹を満たしていた。落された城の兵舎では、面白半分で生かした人間を粗末な木組みの牢に押し込めて、そこに弓で狙いをつけ、矢を射かけて殺していた。彼らがいま興じているこのゲームは、既に2本もの矢を背中に受けているにも関わらず、幼い娘を抱いたまま死なないでいる狩猟者の嬲り殺しだ。彼は羽織った雪兎の毛皮を自身の血で染め、失血による寒さと痛みに震えながらも、しかし怯え切った娘への言葉を絶やさなかった。


「メーナ……。この、フレイトナーにはね。雪兎以外にも……守り神様がいるんだ。美しい、美しい、氷の魔法使いだよ。その昔は、今よりずっと寒い、凍えるような冬を……呼んだ怖い魔女様でね」


 どっ、と。メーナの前で父親が揺れると、その右肩へ矢尻が突き立った。周囲で豚を絞め殺すような笑い声が響く。


「お……父さん?」


 恐怖に青ざめでいる彼女の頭を、もう撫でることが出来なくなったその父は、吐きそうになった血を飲み込んで、朦朧としたまま続ける。


「その魔女様はね。お父さん達の……お爺ちゃんの、お爺ちゃんに、約束したんだ。もう……猫を殺さないなら……今度は守って、やる。魔物からも、人からも……って。だから。もうすぐ助け」


 どん、と、ひと際大きく揺れた時、メーナは生温かな父の鮮血を顔に被った。茫然と目を見開いた彼女の眼前には、掌程もある大きな矢尻が、父の喉を突き破り、その先端が彼女の耳を掠めていたのだ。これは、知っている。『兎狩りの大矢』だ。フレイトナーで一人前の狩猟者が、雪兎を狩るために扱うフレイトナーの象徴で、魂だ。断じて、魔物が人間をなぶる為に用いて良いものではない。ついに膝をついて父親が崩れると、彼が、メーナに見せまいとしていた地獄が彼女の瞳に写った。牛馬のように解体され、そこら中に散乱し、折り重なる街人たち。家屋の屋根に晒された虚ろな目をした首たち。壁に貼り付けられた真新しい皮膚。焚火で焦げている老人たちの手足。そして、それら全てをもたらした、頭と腹を豚にすげ変えた肥満男のような、緑の魔物たち。そいつらが、最後の生き残りであるメーナを見て、黄ばんだ牙を見せながらギゲゲゲゲと鼻を鳴らしていた。


「……殺して……や、る」


 彼女が絞り出した最初の悲鳴はか細く、そんな言葉を紡いだ。血が滲むほど握り締めた拳を振るわせ、小さな歯を食いしばり、涙に血がまじるほど睨め付け、だが無力な彼女は誓った。


「お前ら……全員。殺して、やる……」


 メーナの体内で憎悪と憤怒が弾けると、彼女は獣のように木の檻へ食らいつき、叫んだ。


「殺してやる! 絶対に殺してやる! 薄汚れた卑しいゴブリンどもめ! 八つ裂きにして皮を剥いでバラバラにしてやる! 私が皆殺しにしてやる! 一匹残らずだ! 一匹残らず!!!」


 目を剥いて狂ったように吠えるメーナへ、しかしゴブリンは嘲笑うようにゲギギと鼻を鳴らすと、彼女の父を殺した『兎狩りの大弓』に再び矢を番えて、それを引き絞った。


「触るな!! 私達の誇りに!! 触るなバケモノがああ!!」


 叫んだと同時、弦が切れる程に引き絞られた大矢がメーナの胸めがけて放たれた。一瞬にして小さな彼女の胸を穿ち、勢いそのまま身体ごと吹き飛ばしたであろう大矢の一撃は、しかし木の牢に届く寸前でビキっと凍り付いて中空に静止すると、霜のように砕け散り、サラサラと輝きながら消失した。


***


クィンダム認定災厄『北国殺(ノースブレイカー)』:氷魔法の災厄認定魔女(ドラゴン)エイリスはかつて、フレイトナーの古い狩猟者に愛する猫達を殺され、激怒し、一昼夜に渡り街へ氷刃の雨を降らせた。石の城壁さえ易々と貫くその鋭さに穿たれ続けた結果、北国の地図は今のものに書き換わったという。しかしこの恐ろしい災厄の正体が、禁断魔法ではなく初級魔法に過ぎなかったと知った時、フレイトナーの民たちは青ざめつつも『まだ許されていた』ことを理解し、彼女へ誓いを立てた。もう猫を殺めないと。エイリスはこれを受け入れ、以後は北の守護者となることを誓った。以来、フレイトナーの地を侵略する愚か者は現れなかった。


***

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