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3:シュルトルーズ家のファミリア:その14『王国は日常へ』

 ライトドラゴン・ファミリア、通称は『ママ』。

 彼女は自身不在のせいで荒涼としていた真のシュルトルーズの土地を光魔法で温め、

 元の肥沃な地に戻すことから始めた。

 そうして元居た住人たちが平穏に暮らしていけるように環境に整えてから、

 彼らに見送られる形で王国までやって来た。

 彼女はマイスター・レイヴンの下に付いて、

 孤児院や福祉施設に務めることを希望し、評議会で承認された。

 彼女は確かに『家族』を望んだのだが、

 その立ち位置が『(ママ)』であることに絶対的な拘りがあるらしかった。

 それゆえの『(ファミリアと呼ばれるのは)ごめんなさい』だったのである。

 また、王国の孤児院には戦災孤児が多く暮らしており、

 そして福祉施設には家族に先立たれた孤独な高齢者が多くいた。

 彼女はその全てのママになることを望んだのだ。

 評判は上々とのこと。

 時折、ファミリアは王マーカスの命に従って各地方に赴き、

 日照時間の少ない地域の作物に光魔法を当てて、傷んだ稲や小麦を癒している。

 あらゆる国の飢饉を救っているあたり、本当に太陽の化身だと皆が彼女を称えている。

 そればかりか、ちょっと洗濯の渇きが遅い、

 という庶民の呟きにも応じて魔法を行使するお節介ぶりもあり、王は苦笑しているそうだ。

 その様子を思い返して、エイリスはうすら寒く言うこともある。


「ファミリアはな。ほんと反則級だぞ。エマには教えておくがな、アイツ、外から魔力供給を受けている」


 王国での評議会が終了した後、エマとエイリスは二人して残って紅茶を楽しんでいた。

 エイリスのティーカップに紅茶を注ぎつつ、


「外って、どこから?」


 とエマが問い返すと


「この世界の全て、だな。ファミリアは世界の自然全てから愛され、魔力を捧げられている。つまり、その意味でアイツの魔力量は無限といえるだろう。それを使いこなされたら、私でも楽な戦いにならないぞ」


「えー、確かに反則ねそれ」


 と、そんな風に返答してみたが、

 恐らくファミリアが戦うことはもうないとエマは思っている。

 彼女はドラゴン・ルーラーたるエマへの助力は惜しまないと誓ったものの、

 その配下で戦うことは固辞しているのだ。

 あくまで『ママ』は『エマたちのママであり部下の戦士ではない』らしい。

 はぁ、とエイリスが溜息をついている。


「それにしてもアイツ、私にも『ママって呼びなさいエイリスちゃん』って言ってくるんだぞ。イゾルデやサッコは早々と陥落したし、あのモニカ姫でさえもにこにこと『ママ』と呼んでいるのだ。……聞いて驚くといいぞ。あのハイペリオンやレイヴンでさえもそう呼んでいるのだぞ」


 その姿を想像して、エマは笑ってしまいそうになる。

 ちなみにその二人に関して、

 シュルトルーズの地から戻って来てエマが気付いたことはと言えば、

 ハイペリオンには少し女性的な側面があるような気がしたことだ。

 別に、おほほほ、と笑ったのを目撃したとかではないのだが、

 最近よく城の侍女たちとの会話が弾んでいるようにエマには思えている。


 ――思ったより、ハイペリオン様は話しやすい方でびっくりしました。


 と話されたこともある。

 王も何か少し訳知りの様子だった。

 マイスター・レイヴンはと言えば、彼は唯一、意思の力で『鏡世界』を拒絶し、

 『虚像』との入れ替わりを免れていたらしい。

 さすが文字だらけの専門書に囲まれた医学者の頂点と言うべきだろうか。

 彼がシュルトルーズの地で倒れているのを見つけたのはメープルであり、

 彼女、否、彼曰くは

『胸を擦ってらっしゃいました。たぶん、『虚像』の誰かに殺されたのでしょう』

 とのことだった。

 もちろん、『虚像』が見せるのは錯覚の類の為、

 マイスター・レイヴンに付いていた傷と言えば、転んだ時のかすり傷程度だった。

 エイリスが


「しかしなによりな、エマ。アイツの母性は厄介だぞ」


 と顔を寄せてきた。


「この城でも、アイツをママと呼んでいないのは、もはや王と私とエマだけだ。この三人はこれから固い結束で――」


「良いじゃない。ママって呼んでも」


「な!? お前も既にその毒牙にかかっているのか!? そんなのダメだ!」


 と、困ったようにエイリスは眉根を寄せている。

 だから、いつかエイリスがイゾルデに言って宥めた言葉を、

 エマはエイリスに言ってあげることにした。


「ママが私のママであることと、エイリスが私の夫であることは矛盾しないよ?」


 と。やはり困ったような顔をして思案している様子のエイリスだが、

 やがて


「まぁ……それなら。いいのか?」


 と答えつつも、しかしまだ真剣に悩んでいるのが可愛らしかったので、

 エマは会議室を見回して誰もいないことを確認すると、彼女の額にキスをした。


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