3:シュルトルーズ家のファミリア:その12『エイリスの涙』
「アアアアア!!!」
ライトドラゴンは絶叫しながら、
光の魔法で身体を発火させ、迫り来る無量大数規模の氷刃をとかし続ける。
思考を停止し、ただ全てを燃やし尽くさんとした。
考えてはダメだ。
絶望する。
絶望してはダメだ。
魔法が止まる。
魔法を止めてはダメだ。
死ぬ。
――私、死ぬの?
「アアアアア!!!! アアアアア!!!」
「良い調子だライトドラゴン。頑張れ。私の残り魔力量はたった99万8千3百28だ。もう一息だぞ」
いやだ。
死にたくない。
いやだ。
いやだ。
死にたくない死にたくない死にたく。
「アアアアア!!!! アアアアア!!!」
「ようし、そろそろ『ワルキューレ』を撃っても大丈夫だぞ」
言えるならふざけるなと叫んでやりたかった。
あの禁断魔法は魔力量が最大の状態でも2回が限度なのだ。
もう使えないと知っての最低最悪の皮肉だ。
「準備が出来たのだ。この『鏡世界』まるごと凍らせる準備がな」
は?
と、言葉の意味を理解したとき、
全ての魔方陣が消えうせ、
氷の刃が止まっていることに気付いた。
ぱちんと指を鳴らす音。
直後、空を覆い尽くすほどの巨大な魔方陣が一つ、地平線の彼方まで駆け抜けていった。
厚みも果ても、書き殴られたような魔法呪文の密度も、まるで見たことがない。
「なんだ……。これは……。……これはなんだ。……こんなのが、魔法なのか。こんなの、魔法なのか」
壊れた機械のように話すライトドラゴンに、
エイリスは奈落のような瞳を向けて言った。
「馬鹿かお前は? こんなのが『ただの魔法』なわけないだろう?」
*
エイリスの逆鱗。
愛する者を失ったアイスドラゴンが行使する最後の魔力解放。
自決。
世界終焉と同義のため、『賢者の書』でも知ることができない。
エイリスに蓄積された冷気の全てが解放されるとき、
世界は地図のない果てまで永遠に凍り付く。
彼女自身知らぬことだが、
かつてエマを失った世界で二度、使ったことがある。
*
「お前は私が知っているだけでマーカスを殺し、レイヴンを殺し、エマを殺し、サッコを殺したのだ。この『鏡世界』でこそまだ彼女たちは『虚像』として生きているが、外の世界にいる『本物』は死んでいる。そうだろう?」
ライトドラゴンは混乱する。
マーカスは分かる。王だ。
しかしレイヴンとは誰だ。
エマとは誰だ。
サッコとは誰だ。
分からない。
知らない。
そんな一人一人のこと、分かる訳がない。
「マーカスは良い王だった。愚かな私はその真価をいまさら理解した。エマが仕えるにふさわしい。彼がいなければ、私は未だあの牢屋で名無しだったことだろう。彼だけではない。他の者達も、私は家族と呼んでも良い者達ばかりだった」
ぱきぱきぱき、と世界の凍る音がした。
「サッコは少し苦手だった。お前の知らない遠い世界で、私は猫になっている。そこであの娘は私の前足をよくくすぐるのだ。私の正体をアイスドラゴンと知ってなお、止めようとしなかった。だが、今わかる。私はその無防備な好意が心地よかった」
世界の色が、青く変わり始めた。
「レイヴンはな。私も驚嘆する程の叡智を持って何度となくエマを救ってくれた。そればかりか、私達ドラゴンでさえも、我が娘のようにその身を案じてくれていた。あの者がいたからこそ、王国の民は平和だけでなく、平穏に暮らせていたのだ」
少しずつ、世界が寒くなってきた。
「そして、エマはな。私の『妻』なのだ。言ってしまえば最愛で、生きている理由そのものだ。彼女には猫を通じて自己犠牲という悲しい愛の形を教わった。私はそして、そんなことを二度とさせまいと誓った。そして」
――そして、それを守ってやれなかった。
俯いたエイリスの目から、涙が零れた。
彼女の瞳はいま、『静止』している女騎士――エマに注がれていた。
「ごめんね、エマ。本当に。守って……あげられなかった」
大気の水分が凍り始めて霜の雨が降り始め、直後、世界は終わりを告げた。




