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3:シュルトルーズ家のファミリア:その6『違和感の正体』

 ピシ、と音がした。

 何? と鏡の自分に顔をしかめたのは、

 今日も思うように髪をとかせないでいるメープルだった。

 そして音の正体を探ろうとよく目を凝らして鏡面を見ている内に、

 これまでの滞在で感じていた違和感の片りんを、ようやく掴むことができた。


「ねえ、姉上。ちょっと、スマートフォンを開いてみてください」


「え? うん。ここだとネットは出来ないけど……」


「大丈夫です。そして何でもいいので、『文字」を読み上げてください」


 メープルの目は真剣だった。

 何かただ事ではない様子を察知して、

 ベッドでゴロゴロとしていたサッコとエイリスも、エマとメープルのそばにやってきた。

 そして彼女たちは、スマートフォンの画面に表示されたメッセージアプリを目にした時、

 ようやく『文字が読めない』ことに気付いた。

 否、頑張れば読めるが、読みにくい。

 しかし、その理由はとてもシンプルだった。

 それ故なのか、やっと、やっと気付くことができた。

 長らく自分たちが患っていた、得体の知れない『居心地の悪さ』の正体に。

 メープルは、手にしたブラシを見せながら言った。


「このヘアブラシは、僕に合わせて右利き用に特注したものです。なのに、左手じゃないとむしろ握りにくくなっていて、無理に右で使おうとするとうまくいかないんです」


 サッコもまた、コンタクトレンズケースを見せつつ言った。


「私もコンタクトが左右で度数とかちょっと違うし、使い勝手が妙に違うというか変だと思って。まさか」


 エイリスは自分の服を引っ張りながら、いましましげに言った。


「私は、毎日繰り返し愛用していたお気に入りのドレスでな、いちいち結び目の掛け違えをしていたのだが、こういうことだったのか」


 エマはついにその違和感を知り、そして真相を口に出した。


 ――私たちは『鏡の中の虚像』だ。


「だから、何もかもが左右反転している。触れてきたのは普段使い慣れたものばかりだったから、それに気付けなかった。見たらすぐに分かってしまう『文字』が、この街に全くなかったのはそういうことなの? 売り物に『値札』がなかったのも、文字を隠すため?」


 エイリスはこれまで溢してきたジョッキが左右反転しているということを理解し、それを踏まえて握って、それに『合せて』ジュースを飲んでみる。今度は一滴も零れなかった。


「……間違いないな。これがライトドラゴンの魔法だ。最優、最も優れている、か。罠系魔法はそれなりに自負していたが、すっかりハメられてしまった。『鏡の虚像』。『鏡の世界の住人』。つまり、私達は偽者ということになる」


 エマにとってそれは受け止め難い事実だった。

 私達は鏡に写っている偽物だと、そう自分で言っておきながら、

 しかし『自分のこの感覚』は偽物だなんてとてもそうとは思えない。

 まるっきりエマなのだ。

 それも含めて、これはライトドラゴンの魔法たというのか。

 サッコが小さく手を挙げて、


「そうなると、ちょっと気になることがあるんだよね。私」


 と皆を見回す。

 そう、彼女が問いたいことは皆分かっている。

 しかし、聞いてしまうと、それは取り返しの付かないことになる気がした。

 だが、メープルは応じる。応じざるを得ないのだ。

 早かれ、遅かれ。


「……何ですか、サッコさん」


 と。


「うん、私達が『鏡の世界の住人』だとしたらさ、それじゃ本物の『私達』はどこで何をしてるのかなって」


 どさ。

 重たい音がして振り返ると、エイリスが床に倒れていた。


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