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1:アイヴォリー家の謀反:その3『豊富なEPAと、それから……』

「神の目が見えましたか、エマ殿、いえ、エイミー陛下。これより来るアイスドラゴンと闘うことになれば、私の死を始めとして王国は全滅です」


 エマは泣き崩れている王を抱き締めながら、背後よりハイペリオンの囁き声を聞いた。

 神の目、ハイペリオンの持つそれは未来を見ると言われている。

 エマはいま、王殺しの法を成すか否かで迷っているうちに、もしも為さなかった時の未来の一つをハイペリオンに見せられたのだ。


「玉座の間をよくご覧ください。既にアイスドラゴンの魔法が仕組まれています」


 エマは目を凝らして床を凝視する。

 すると蜘蛛の糸のように細い魔方陣がそこら中に見えて鳥肌が立った。

 その気になれば城を丸ごと氷漬けにしてしまえるような規模だった。

 つまり、あのハイペリオンを葬った魔法でさえ、このごく一部に過ぎないのだ。


「間もなくかの魔女がやってきます。どうか説き伏せて下さい」


 囁くだけ囁いて、ハイペリオンは下がった。

 無責任だ。

 いったい私に何ができるのか。

 今のエイミーは、ゲームのオープニング部分故にある程度強化されているが、剣技も魔法も全てがアイスドラゴンの劣化版だ。

 しかしエマは必死に考えた。

 そもそも何故にアイスドラゴンはエイミーにあんな残酷な真似を強いるのか。

 ゲーム開始のための都合だからと言ってしまえばそれまでだが、それにしたって背景や設定があるはずだ。ゲーム内で語られてなくても攻略本で開発者が書いていたりするものだ。『実はこういう経緯があって』とか。きっとアイスドラゴンにもそういう理由があ――。


 ――あった。


 エマは急速に頭を回転させる。

 そうだ。確か自分は、課金ができないなりのゲームの楽しみ方として、ネット上でゲームの考察記事を読んでいた。その中にはプレイヤーたちの願望や妄想が多く含まれていたものの、人気のある記事は筋が通っていたり、開発者インタビューの情報を元に書かれていたりと、決して出鱈目なものではないのだ。

 そしてエマはアイスドラゴンの記事をよく読んでいた。

 鐘の音が鳴り響く。

 よし、やってみよう。

 これが私の武器だ。


「アイスドラゴンが攻めてきました!」


 吹雪に凍てつく伝令。

 齢500の幼い魔女が半透明のドレスをまとって姿を現す。


「我が保存……」


「お待ちしていましたアイスドラゴン陛下、いいえ。姉上。……あるいは真のエイミー・ブラッドリー陛下とお呼びしましょうか」


 第一声に玉座の間がざわついた。

 エイミーことエマは、あのアイスドラゴンの言葉をさえぎって、そしてネット上で最も人気の高い考察記事を結論から言ったのだ。


「これからアイスドラゴン陛下にお目にかけるのはお約束した喜劇『王殺しの法』ではなく、一人の少女を主人公とした悲劇と告白の物語です」


 意表を突かれたのか、それとも関心が引けたのか、アイスドラゴンが沈黙している。

 玉座の間に集った皆も、場の空気を読んでエマを見守っていた。


「戦王マーカスと王妃から生まれ、そして暗殺集団に攫われたのは一人の長女ではなく、二人の姉妹――双子でした。若かかった王は恐れ、悩みました。戦乱の末に勝ち取った玉座の後継者が二人。我が子二人が再び血生臭い戦乱を招いてしまうと。王は双子のうち、一人を殺すと王妃に打ち明けましたが、王妃はもちろん反対しました。そして王に隠れて、彼女は二人の子を遠い北国に向かう馬車へ乗せてしまうのです。玉座の道具としか考えられなかった王に、子供は育てられないと。そう思ったのでした。このことを知った王は激情にかられて王妃を殺害します。しかし、王が王妃を殺したとあっては王国に新たな火種が生まれるでしょう。そこでマイスター・レイヴンは話を創作して流布しました。『王が不在のうちに暗殺集団がやってきて、王妃を殺害してその子を攫って逃げた』と」


 玉座の間で大きなざわめきが起きる。

 しかしマイスター・レイヴンも王も何も言わない。

 キングズ・キーパーのハイペリオンも沈黙していた。

 だからエマは続けた。


「寒い北国に着いた馬車で、双子は……私と姉は子供のいない家で養子に引き取られました。私は牛飼いの家でエマと呼ばれて育てられ、姉は薬師の家でエイミーと呼ばれ育てられました。……皆さんはご存知でしょう。北国で魔女と呼ばれ処刑された、一人の善良な薬師の話を――」


「つまらんぞ、お前」


 アイスドラゴンの声に振り返ると、彼女の目が心底つまらなさそうにエマを見ていた。

 そしてその瞳は奈落のように深く、背筋が寒くなった。


「何を話すかと思って聞いてみれば、巷の酒飲みが話す世田話の類ではないか。見るがいい保存食よ。あまりに退屈で――場が凍っておるぞ?」


 エマはそこでようやく気付いた。

 皆は沈黙しているのではない。

 魔法で凍っているのだ。

 王もレイヴンもハイペリオンも騎士も貴族も、みな、死んでいる。


 間違えた。

 否、しかし何を間違えだ。

 この考察記事は真実ではなくデタラメだったのか。

 それとも真実だがアイスドラゴンの逆鱗に触れたのか。

 何を話せば正解だったのだ。

 エマは死ぬ気で考えた。


「まぁ、皆の間抜け面は見ものではあったよ。王が王妃を殺めていたというくだりは悪くない。そしてその続きは……『育ての母が魔女として処刑されたその復讐から、私が氷の魔法を会得し、北国や王国を滅ぼす』。そんなあたりか。安い復讐劇だな」


 バキバキと音がした。

 エマは違和感を覚えて足元を見ると、下半身が凍っていた。

 氷は徐々に腹、胸、首元までせり上がってきた。


「最後のチャンスだ。私を笑わせろ。そしたらもうしばらく飼ってやる」

 奈落のように暗い瞳に見つめられたエマが、恐怖から発せた言葉はごく下らない命乞いだった。


「たすけ……」


「それは面白いな。死ね」


 エマは初めて、心臓の凍っていく音を聞いた。



「エマちん、今回も無課金で始めるんでしょ? ならこのゲームはリセマラ必須だよ」


「リマセラ?」


「リセマラ。リセットマラソン。ゲーム開始時にランダムで入手できるアイテムの中にね、最高ランクのものが幾つか入ってるんだけど。それを引き当てるまでリセットを繰り返すの」


「マラソンみたいに繰り返すから、リマセラなのね」


「リセマラね。完全無課金スタートのエイミーは従者も鎧も城も軍も金もないから、チュートリアルでいきなりマイスター・レイヴンにディスられるよ」


「ううう、そんなとこで騎士になりたくない」


「マルキンさんは100万円課金して純金の城と鎧と剣を装備して叙任式いったみたい。王座の間は大喝采で騎士見習いが全員一気に主人公に忠誠を誓ったって」


「やっぱりそんなとこで騎士になりたくない。……あ、最高レア確定演出」


「え!? うそマジ!? 何引いたの!? まさかムラクモ!? それあったらアイヴォリー家ぐらいワンパンだよ! 何引いたの?」


「……鯖缶」


「え? なに?」


「鯖缶」


 アイテム名:鯖缶 

 ランク:UR 

 解説:極めて高位の魔法により、遥か未来の異世界から取り寄せた保存性の高い庶民食。

 とにかく珍しいため、人生に死ぬほど退屈している貴人に差し上げると、意外な反応が得られるかもしれない。


「……って」


「ん? 今わの際にまだ何かあるか。良いだろう話せ。少し氷を解いてやる」


「……ごほ。……これを、食べてみて、下さい。そして、気に入ったら、私の話を、もう少し、聞いてください」


 エマは道具袋に仕舞ったまますっかり忘れていたそのアイテム鯖缶を、アイスドラゴンに差し出した。


「……ふむ。見慣れぬ器だが精巧な作りだな。材質は鋼か。魚の絵(写真)も見事なものだ。これはなんだ?」


「未来の、異世界から、取り寄せた珍味です。そこに指をかけて、引っ張り、蓋を開けて、中身をご賞味ください」


「ほう。未来にして異世界とな。面白い。その話が本当なら話を聞いてやるとも。……なるほど、こうして開けるのか。密閉の仕方が素晴らしいな。夏でも腐らんだろう。どれ、肝心の味は。……あむ、もぐもぐ」


「……いかがでしょうか」


「……魚だな」


「左様にございます」


「魚の、水漬けだな」


「左様にございます・ヘルシーにございます」


「言い残すことは?」


「待って。鯖缶には豊富なEPAと」


 そうして、エイミー・ブラッドリーは氷像と化した。


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