3:シュルトルーズ家のファミリア:その3『ライトドラゴンを求めて』
西のシュルトルーズ家は牧草と風車の国で、
いつでも陽光がサンサンと降り注ぐ牧歌的な街だった。
エマたちは、そこに住まうというライトドラゴンと和平を結ぶために、
エイリス、メープル、サッコの三人を連れて訪れていた。
この街を訪れた時、エマたちは『ただの旅人だ』と自分たちの身分を偽っていた。
これは王国の城を出るとき、モニカ姫から受けたアドバイスである。
いくら二人のドラゴンが強大で、訪れる先が高潔な当主であっても、
刺客が一人でも紛れ込んでいたなら、
晩餐に毒などを盛られてしまうとたちまち全滅してしまう。
その危険性はヴァニーユ家で充分に思い知っていたから、エマたちは二つ返事で同意していた。
この牧歌的な風景をエマたちは眺める。
やはり長閑で幸福な街だと改めて思う。
王国の都会的な暮らしは便利だが、こうした自然色の強い暮らしも悪くない。
そしてそこそこ交易も盛んなようで、
都会で見られるお洒落な衣服や、質の良い食べ物もそれなりに店で見かけることができ、エマたちは申し分のない街だと考えていた。
そんなシュルトルーズ家の治める街を一通り巡り終えた彼女たちは、滞在や街人との交流も楽しんで、それらを総括するように言う。
「まさに平和そのものだな。争いもない。貧富の差も大きくない。気候も温暖で、食料にも不自由していない」
「だよね、エイリスたん」
「ベッドも柔らかいし、街の人も親切で優しいですし、素敵なお洋服もたくさん売っています」
「だよね、メーたん」
「なのに……」
エマはその、ここ3日ほどの滞在で誰もが感じていて、しかし誰も口にしていなかった真実を口にする。
「なのに、……こう」
も の す ご く 居 心 地 が 悪 い。
くるっと、エイリスたち三人がエマの方を振り返り、
「だよねエマ!」「そうだな妻よ!」「ですよね姉上!」
と同意して、そこからはもう止まらなかった。
「贅沢なのは分かってる! でもなんかこう、微妙に合わない! パンもチーズもミルクも美味しいけど、なにか勝手が違う気がする! 宿泊先で用意されたパジャマも着心地いいんだけど、なんかダメ!」
「ああ、何か身体が受け付けないのだ! そのせいで私はジョッキのジュースを三度も零すことになった! 三度もだぞ! 三度もだ!」
「ボクも髪を整えるのにいつもの3倍の時間がかかってます! 品質の良い鏡をお借りしたのにです! あと、服を買うのに値札がないのもなんかやり辛いです!」
「私もそうだよ! 愛用してるコンタクトレンズがなかなか入らないの! 目をつぶってても入れられる自信あるのに!」
「サッコ、コンタクトは目開けてないと入らないよ」
そうして四人、これまでの言いたくても言いにくい、
歯がゆいストレスを全力で解放してから、大きなため息を『はあ』とつく。
そのまま牧草にバサッと倒れ込んだ。
ここまで快適な街は初めてのはずなのに、こんなに居心地の良くない感覚は初めてだった。
ここに着いた瞬間は、街に漂う長閑な雰囲気から、四人とも楽しい滞在になると予感していた。
道中で尋ねたライトドラゴンの噂も、まるで優しい『おとぎ話』のようだとエマは思ったぐらいだ。
ライトドラゴンはこの地に豊穣をもたらし、
そして慈母のように優しく、
素敵な守り神様だとみな笑っていた。
本当にドラゴンの別称が『生ける災厄』なのかと思ったぐらいである。
エイリスはそれを『とても良い兆候だ』と言った。
もしも街人の話すことが真実なら、駆け引きのない話し合いで和平を結べる公算が極めて高いとのこと。
なにせ、ライトドラゴンの逆鱗をその地に住まう者たちが踏んでいないなら、解決すべき問題は何もないのだ。
会って、『引き続き穏便によろしく』と、そう言えば片付いてしまう。
しかし、困ったことが起きたのだ。
ライトドラゴンは、その存在までもが『おとぎ話』だった。
エマたちは見つけられないでいるのだ。
街人にドラゴンの居場所を聞こうものなら、
皆が『あそこにおわすよ』と太陽を指してニコニコとする。
それはそれは素敵な笑顔で。
だからエマたちも「あはは」と返すしかないのだった。
ならば、いっそ街での滞在を楽しみながらドラゴンを徹底的に探そう、
そんな楽観的な計画を実行してみたのだが、手掛かりさえまったく見つけられない。
城や、街の主だった施設はもちろんのこと、
ついには個人の民家、果ては地下水路に至るまで探してみたのだが、いない。
そして、その滞在中に積み重なってきた、
なんとも言葉にできない居心地の悪さに対して、
いま、ようやく音をあげたのだった。
居 心 地 が 悪 い 。
と。
エマは思う。
――モニカさん、今頃はうまくやっているのかな。
モニカからはただ、『今から追いかける』とだけ記された手紙が、伝書鳩より送られてきたのだった。




