3:シュルトルーズ家のファミリア:その1『王殺しの法、再び。血塗られし偽王:ハイペリオンの反逆』
誰もがその惨劇を予期できなかった。
神の目による刹那の斬撃。
玉座の間だった。
血だまりに倒れ伏しているのは戦王と畏怖されたマーカス。
そして、まだその温かな遺体より剣を引き抜いたのは、
端正な顔を狂相に歪ませたキングズキーパーの長、ハイペリオンその人だ。
彼は王を守ると誓って名付けた名剣『キングズ・キーパー』の血振りをすると、
まだ冷え切りもしない玉座に腰をかけ、皆を冷ややかな目で見降ろした。
「新王……ハイペリオン陛下」
誰かがそう呼びかけると、玉座の間にいた誰もがひれ伏した。
そう、これは他でもない戦王マーカスの定めた『王殺しの法』だ。
『いかなる方法でも良い。俺の心臓を真正面から刺し貫いたものに王の全てを譲る』。
それは戦乱の厳しさと玉座の危うさを王自ら戒める為の誓いであり、
象徴であり、
しかし法であったのだ。
むろん、それを王の護衛たる騎士『キングズ・キーパー』の長が実行するなど、誰も予想だにしていなかった。まして、騎士の中の騎士たるハイペリオンの忠誠を知るものなら猶更だった。
ひざまずくマイスター・レイヴンも、他のキングズ・キーパーたちも、衛兵も貴族も。なぜ、あの高潔なハイペリオンがこのような凶行をなしてまで玉座を望んだのか。誰にも理解できないはずだ。
――どうしてしまわれたのだ、サー・ハイぺリオン殿は。
――あなたはマーカス王をまるで実の父のように慕っていたはずなのに。
冷然と玉座に腰かけたまま沈黙を守るハイペリオンの姿に、マイスター・レイヴンは絶望していた。
そして、悪いことは重なるものだった。
今もっとも欲しい者たちが揃って王国から欠けている。
一つは情報収集の要である密告者の長モニカ姫。彼女はブラックドラゴンと共に昨日から行方が分からなくなっていた。
そして、秩序を保つ戦力たりえるドラゴンルーラーのエマ、彼女の親友サッコ、そしてその配下たるドラゴン二頭。
もしも彼女たちがいたなら、この凶行も阻止できたに違いない。
彼女たちはいま『最優のドラゴン』と噂されるライトドラゴンの調査に赴いている最中なのだ。
これらは偶然なのか。
それともハイペリオンは、この機を狙っていたのか。
――何が起きているのだ、この王国で。
――真相を突き止めるまで、この国は、この私が守らねば。
マイスター・レイヴンはいま、孤独な反逆を胸に誓った。
*
王国の地下牢では、その行方知れずとなっているモニカ姫が、松明を片手にイゾルデを見つめている。
牢に監禁された彼女は目を見開き、さきほどからあらん限りの罵倒をモニカにぶつけていた。
「離しやがれクソ女が!! テメェぶち殺すぞ! 生きながら腐らせてカラスに喰わせてそのクソに転生させてやろうか!!」
恐ろしいブラックドラゴンの怒気をぶつけられても、
モニカはまるで羽虫にたかられる程度の煩わしさしか感じていない様子だった。
彼女はそして、さきほどイゾルデに飲ませたばかりの『薬』の空き瓶を転がすと、
蔑んだように見下ろした。
「……ドラゴンって、魔力を失ってもよくしゃべるわね? 耳障りよ。もう一度眠ってもらえないかしら?」
既にモニカはイゾルデの逆鱗へ触れていた。
だからもしも彼女が魔力を使えるならば、
既に黒魔法『闇の手』によって八つ裂きにされていることだろう。
だが、眠り薬を不意に仕込まれ、
そしてその後に『沈黙の薬』まで仕込まれたイゾルデには魔法が一切行使できず、
故にこうして、罵倒するしか出来ないでいたのだ。
「ふっざけんなテメエ! 姉様をどこにやった! お姉ちゃんをどこにやった! サッコはどこだ! どこだああああ!!」
イゾルデは、自身がモニカの罠にハメられたことに気付くと、エマたちもまた同じような目にあっていると確信したのだろう。
あれ程信頼していた仲間から毒を盛られるようなマネをされて、彼女自身おおいに傷ついていた。そしてそんな心の傷を、エマやエイリスたちが負っているのかと思うと、悲しみよりも怒りが爆発したらしかった。
モニカの顔はいま、彼女自身でも気付かないほど醜悪に歪んでいる。
「……そうね。エマたちはいま、きっと手の届かないほど遠いところよ。私にも、貴方にも分からない。遠いところ」
それが死への暗喩に感じられたイゾルデは、自身の瞳孔が開くのを感じた。
「でもすぐ会えるかもね? さようなら、イゾルデ。もう会うこともないわ」
くるりと背を向けて、牢を後に立ち去るモニカ。
その背中へ噛み付くばかりの勢いで八重歯をむき、イゾルデは牢屋の格子を握りしめて叫ぶ。
「テメェェ!!! モニカああああああ!! 殺してやる!! 殺してやるぞ!!」
始まりました、禁断の第三章です。




