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2.2:【幕間イベント】私立学園エイリス・その3

 ジャッジメントタイム。

 学校の靴箱に到着すると、逆マインスイーパーが始まる。

 靴箱を開いて『チョコ』があれば『あたり』で、そこに手紙とか付いてたら『大当たり』。

 何もなければ『まだだ。まだ終わらんよ』。


「来ないでよポニテ。靴箱こっちじゃないだろ」


「エマちん冷たいこと言わないで。不幸を分かち合おう! 不幸を!」


「討ち死に前提やめようよ。まだ開けるまではシュレディンガーの猫だよ。チョコと無チョコが同居してる状態――」


 サッコさんが先に速やかに「オープンセサミン!」っと開けていた。

 おいやめとけ。

 そして精一杯笑ってやるという悪戯めいた表情をした後に、しかし彼女は目を丸々とさせて


「うそ」


 と、一言こぼして固まった。



 『それ』のせいで放課後が来るのはあっという間だった。

 僕の靴箱に入っていたのは一通の手紙。

 差出人は朝から口をほとんど聞いていないエイリスさん。

 それを見つけたサッコは、でも何故だかほんの少し寂しそうな表情をしてから背中を一つバシ! むせる僕へ


 ――恋せよ少年! 武運長久を!


 と、さっさと行ってしまった。

 いつも通りの僕だったら、サッコの些細な変化に気付けただろう。

 なにせ付き合いの長い悪友だ。けれど、僕は軽い放心状態になっていたし、なお言えば少しパニックにもなっていたと思う。

 冷静になって来たとき、たぶんクラスの悪戯なのだという現実的な解答が頭にリフレインした。

 でも、万一に『これ』がそうでなかったら? 

 僕はこれから生徒会の備品管理室に一人で向かわなくちゃいけない。

 もっとも、決断するより先に足が動いていたけれど。

 夕日の差し込む放課後の廊下を進み、すれ違う先生や友人にさようなら。

 チョコの数はゼロだったよ、なんて答えて慰められたりもしたけど、

 気の利いた返しもできやしない。


 『生徒会室』


 と、書かれた扉を開ける。

 鍵は開いていた。

 備品室はさらにその奥で、ここへの出入りは年間でも年度末・年度始の2回しかない。

 そのドアノブを握った時、昨年の嫌な記憶がフラッシュバックする。

 忘れもしない生徒会の備品室。まさにここが事件現場だ。

 昨年のバレンタイン。

 今日と同じようにクラスの女子から呼び出されて、どきどきと部屋に入ったら、

 その瞬間、クラッカーが弾けて紙吹雪を浴びせられた。

 何事かと放心状態になって立ち尽くしていたら、数人の男女に爆笑されたのだ。

 主犯、と言うべきなのか、仕掛けのリーダーはクラスでヒエラルキーの高い男子カイン・ブルクレール。

 そのほか、その取り巻きの男女数人。

 中にいたのは彼らだった。

 ラストネームから察しの通り、カインはメープルくんの双子の兄だ。

 性格はお世辞にも良いとは言えない。なお言えば、言ってしまえば。

 とてもメープルくんと同じ兄弟とは思えない。ま、最悪だ。


 ――おやおやエマくん、本気でお前みたいな帰宅部に告る女子がいると思ってた?

 ――ごめんねえ吉原くん。でもちょっとは夢見れたでしょ。あははは。ゼロチョコおめ!


 そんな感じの事を、確かたくさん言われていたように思う。

 けれども当時の僕には、

 それに対して笑っておどける機転も、

 怒って怒鳴る気概もなくて、

 ただしばらく無言で立ち尽くしたあと、

 そのまま出て行ったのだ。

 廊下をとぼとぼと歩いてく僕の耳には、

 部屋から漏れる弾けるような笑い声が突き刺さった。

 僕は心を殺して歩いていて、

 でも俯いていたせいで涙を抑えることもできなかった。

 そう、間違いなく泣いていたと思う。

 そして、そのとき廊下ですれ違ったのがエイリスだと。

 僕は気付いておけば良かったのに、と願った。

 彼女にだけは、泣き顔を見られたくなかった。

 笑い声が、あのときピタリとやんだ。

 悠長なことに、それで僕は気付いたのだ。

 あのカインたちを目だけで沈黙させるなんて、

 学級委員長にして学園理事長の孫娘エイリスしかいないのだから。


「……備品室の清掃とは実に感心だな、お前たち。なにせ年間に二度しか使わないのだ。たいそう埃もたまっているだろう。最終下校時刻まではたっぷり3時間ある。やるなら徹底的に頼むぞ。徹底的にな」


 そう言って扉を閉めて終了。

 そして後日に分かることだが、実際に部屋はピカピカにさせていた。

 そうエイリスは別格なのだ。

 幼馴染だから、という些細な理由でそのことを忘れてしまいそうになるが、

 彼女はまるで僕たちとは違う。

 住む世界も、育った世界も、もちろん学園におけるヒエラルキーも。

 例えるなら、人とドラゴン、なのかもしれない。

 そしてそれを茫然と眺めていた僕の目はまだ涙が滲んでいて、

 しかし彼女は目もくれずにすれ違い、ただこう言ったのだ。


「泣いたら惨めが確定する。肩でもすくめて見せないか、馬鹿エマ」


 そう。

 昨年のヴァレンタインがトラウマなのは、

 ゼロチョコでもカインでもなくて、エイリスに醜態を晒したことだった。

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