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2.2:【幕間イベント】私立学園エイリス・その2


「おはよっすエマちん! なになに? 朝から夫婦喧嘩やっちゃったの? エイリスたん、すごい剣幕で出て行ったけど? 私もきっちりシカトされたし」


 そんな感じで僕にニヤっと挨拶をしてくれる、朝からエネルギー有り気味な彼女は


「おはよサッコ。今日も朝からハイテンションだね。お察しの通り、エイリスさんの地雷を踏んで最高のヴァレンタインが始まったよ」


「何やらかしたん? 姉ちゃんに言ってみ?」


「誰が姉ちゃんだよ。あと顔が近い」


 ポニーテールガールを適当に押しのけて歩き出す。

 すぐさま隣に並んで歩いてくるのもいつも通り。

 不覚にもドキリとしてしまう彼女は、幼馴染というより腐れ縁、あるいは悪友とも言えるサッコだ。

 エイリスが人形のような美人だとしたら、彼女は元気系アイドルのような美人と言える。

 もちろん、言えば本人が図に乗るので言わないが、男子ならば誰もが彼女の人気の高さは知っている。

 交友関係は広く、運動神経は抜群。

 そして武道家の娘でもあり、その腕前は本物だ。肩にかけている胴着は伊達ではないし、休日に絡んできた不良をよくコテンパンにしている。

 欠点といえば成績が壊滅的で留年寸前。宿題は僕の丸写しで乗り切っている。

 いや、それ乗り切っていないのか。


「当ててあげよう。エイリスたんへの夜這いが失敗した」


 もう留年しろ。ただちに留年しろ。


「エイリスの朝シャンに出くわしたんだよ。もちろんわざとじゃない。泊りに来てるのうっかり忘れてて、いつものモーニングルーチンやっちゃったんだよ」


「おほほ。それじゃヴァレンタインの無チョコ記録更新に王手きたね! ねね? もうこのさい私で妥協しといたら?」


 と、悪戯っぽく笑う彼女。

 たぶん、他の男子なら二つ返事で『はい、喜んで』なのだろう。

 でも僕とサッコの関係は、ある意味で兄弟よりも近い部分があって、だからそう言われても溜息しか出ない。


「母親からもらうチョコといい勝負だよ。サッコからもらう義理は敗北感が半端ない」


「では潔く今年もゼロチョコで討ち死になさいますか?」


「まだ分からないよ。僕だって捨てたもんじゃない。もしかしたら、学校の靴箱に忍ばせてある可能性だって――」

 

 そこまで言って、また嫌な記憶がよみがえる。

 隣でポニテが笑ってる。

 そう、昨年は確かにあったのだ。それも男の子から。

 クラスで、否、学園でも一位二位を争う美少女『系』の『男子』から。

 もちろん名前は言うまでもない。

 交換留学生のメープル・ブルクレールだ。


「じゃ、今年はメーたんのチョコをカウントするのね? あの子、今年もゼロチョコ男子に手作りを配布して回るマザーテレサめいたことやると思うけど、エマちんそれはありなわけね」


 ふむふむと納得しているサッコさん。

 いえ、たぶん何か超えちゃいけない一線がそこにあるとエマくんは思っています。

 エイリス学園の男子生徒を捕まえて『美少女を五人答えろ。今すぐだ』と言えば、恐らく全員がそこにメープルくんを入れることは間違いない。

 学級委員長エイリス、運動系帰宅部サッコ、図書委員イゾルデ、クラス担任モニカ先生、そして留学生メープルという感じだ。

 彼が男子制服ではなく女子制服で登校してくる理由は『女子が男装している』と好機の目でさらされるより、

 『女装男子(ただし違和感なし)』で過ごす方が平和だから、

 という大変気の毒な事情に由来する。

 と、勝手に思っていた時期が僕にもありました。

 昨年に『手作り義理チョコ』を、それはそれは清楚系アイドルのような可憐さで


 ――はい、エマくん。


 と渡された時に、メープル・ブルクレールさんは堂々と言ってのけたものである。


 ――だって、この格好の方が需要あるみたいですから、ふふふ。


 などと、人差し指をたててウィンクされました。


「いまエマちん、やらしい想像してたでしょ。具体的にはメーたんとちゅっちゅとか」


 本気で留年しろお前は。


「とにかく、『あり』と答えない内に、そろそろ本命チョコをゲットしないとメープルくんを真剣に考えてしまいそうになる僕がいるのは否定できない。どうしようかサッコさん、今年も靴箱で待ち伏せされていたら」


「楽になれ。楽に」


「それどういう意味ですか。良いんですか、貴方の悪友が新しい扉を開いちゃいますよ」


「もう男だ女だって言う時代でもないでしょ。今は好きか嫌いか、そういう単純なのが私は好きだよ」


 首にまとわりつくポニーテールを手で避けながら、シレっとサッコは言う。

 あえて言えば僕は彼女のこういうところに轢かれる。否、惹かれる。

 周りの目を気にせず、好きなものには正直でいる。

 善悪は抜きにして真っすぐなのだ。

 メープルくんの件は別にしても、迷った時に背中を押してくれるのはだいたいサッコだ。

 だから。


 ――もうこのさい私で妥協しといたら?


 そんな気持ちではサッコに向き合ったらいけないと僕は思っている。

 これも話せばきっと図に乗るから言わないけど、正直、僕にはもったいないぐらい良い子だ。

 横目で彼女を見ながら思った。

 それにしてもまつげが長い。

 こうして静かに歩いていて、肩の胴着がなければお嬢様なのにな、と思ってしまう。


「ちなみに、メーたんにも選択権あること忘れてないエマちん? あの子、男女両方からモててるから支持層の厚みはエイリスたんと同レベルよ?」


 現実に返る。

 そう、その意味でメープルくんは正しくアイドルなのかもしれない。

 男女問わず人気があり、そのことがクラス公認で、

 抜け駆け禁止の紳士淑女協定みたいなものまであるとか、ないとか。

 彼の人気ぶりのせいで忘れてしまいそうになるが、

 彼は天使でもアイドルでもない一人の人間だから、当然のように好き・嫌いの感情がある。

 それにしても、彼は男の子が好きなのか、女の子が好きなのか、サッコが言うように『好きな人が好き』と言う感じで、性別ありきで考えない感じなのか。


 ――寂しかったら、ボクが手ぐらい繋いであげます。だからいつでも来てくださいエマくん。


 たぶん、昨年のあの言葉だって、きっと誰にでも言っている慰めに違いないのだ。

 やっぱり、彼はアイドルなのだろう。


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