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2:ヴァニーユ家の白魔法:その16『ドラゴンへの代償』

 鈍い頭痛に苛まれるように目を覚ますと、カインは地下牢の中に横たわっていた。

 彼はそれに気付いて慌てて飛び起き、牢を揺する。鍵がかかっていて扉が開かないのだ。


「おい誰か!! 誰かいないか!!」


 コツ・コツ・コツと、暗がりから小さな影が歩いてくる。

 何者かは分からないが、それの放つ根源的な恐怖と、

 原始的な死の予感はそれだけでカインから身体の自由を奪った。

 瞳を赤く灯らせたそれは、晩餐の席で見かけた時とは何もかもが違っていた。


「ようやく目覚めましたのね。御寝坊さん。メープルちゃんの必死の嘆願で勝ち取った終身刑からの投獄。そこから丸一日がたってますのよ?」


 牢屋の前に来た死臭をまき散らすそれ。

 それは少女を象った終わりの象徴だった。

 松明に照らされたその影は人型ではない。

 見るモノを奈落に引きずり込まんとする無数の黒い手の集合体。

 それがムカデのように蠢いている。

 カインは恐怖で固まった足を地面から引っこ抜くように動かして、後ずさる。

 今更、本当に今更だが、心の底から理解できた。


 ――ドラゴンに関わるべきでなかった。


「……やめ、やめろ。……殺すな。殺さないで……くれ。罪を、罪を償う機会をくれ!!」


「殺しませんわ。ヴァニーユ家の決定に口を挟んだりしませんのよ? でも」


 ――生 か し て お く つ も り も あ り ま せ ん わ 。


 ブラックドラゴンが三日月のように笑うと、辺りに瘴気が立ち込めてくる。

 カインは身体が、魂の本質から汚染され、黒く干からびていくのを感じた。


「やめろ! やめてくれ! やメてクれお願いダ! お願いダああ おねがいアア!! アアアア!!!」


「黙れよクソ野郎がどの口で命乞いしてんだテメェ? 私のお姉さまとお姉ちゃんぶち殺したばかりか、お前晩餐の席で何度も切り刻んだらしいなオイ? 記憶にねえかクソ野郎? 楽しかったか? 気持ちよかったか? え? 言えよ。答えろよ? まだ脳みその半分は生きてんだろ? なあおい? おい?」


 仮面のような表情をするイゾルデになじられたカインは、

 既に彼女の『人形』と化して「ア・ア・ア」としか返答できなくなっていた。


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