2:ヴァニーユ家の白魔法:その13『ブルクレールの兄妹とアリアドネ』
カインは鮮血のローブを抱えて、地下牢への螺旋階段を必死に駆けていた。
魔力供給は不十分だったが、もう賭けに出るしかなかった。
これをメープルに着せて、
在りし日の強さを――シードラゴンとしての力を取り戻して、
もう一度、復讐するのだ。
王命のもとブルクレール家を滅ぼした、ヴァニーユ家の者達への復讐を。
水の禁断魔法『リヴァイアサン』は災厄などではない。
滅びゆくブルクレールの血筋を守り、
外敵の侵入を防ぎ、
そしてヴァニーユ家を罰するために顕現した神の化身なのだ。
階段を降り切ってカインは最奥の牢を目指す。
しかし、牢屋の前に待ち構えていたのはグラスワインを楽しむモニカ姫と、
彼女から喉にナイフを突きつけられたメープルだった。
「ここに来たということは、ブルクレール家は最後まで愚かだったということですね。我が父上が情けをかけて、お前がやがてヴァニーユを再び治められるように、子のないドラン公へお前を養子にするよう命じてましたのに」
カインは目を血走らせて
「ふざけろ侵略者の飼い主め!」
と吠えた。
「何がヴァニーユだ! 奴らは幾つものガレオン船を率いて現れて、平和に暮らしていたブルクレール家の民を殺し、家屋を焼き払い、そして父を処刑した! 侵略し、奪ったんだ! ヴァニーユなど海賊じゃないか!」
「焼き払われた家屋から何が見つかり、処刑されたお前の父カース公が裏で何をしていたか、気になりませんか? なぜ、海賊を祖とする卑しきヴァニーユ家が『解放者』と言われていたか分かりませんか?」
「知ったことか!! 外部のものにとやかく言われる筋合いはない! それでブルクレール家は土地を治めていたのだ! それが伝統だ!」
モニカ姫は
「そうですか」
と微笑むとナイフに力を込める。
メープルがピクリと動くと、その細い喉から一滴の血が滴った。
カインが「よせ!」と手を伸ばした時、
その後頭部を暗がりから強打する影があった。
昏倒するロイヤルガードの長。
それを見下ろしながら出てきたのは、あのワインを注いでいた給仕だった。
モニカ姫はワインを一息に開けてから、おもむろにカインへ歩み寄り、『鮮血のローブ』を奪った。
そして、袖から銀貨9枚を取り出すと、震える給仕に優しく手渡した。
それから目を刃のように細めて、短く告げる。
「私を金で裏切りたくなったら、よく思い出しなさい。『アリアドネのモニカなら、その3倍を払う』と。いいわね」
怯えたように、給仕は何度も頷いてから逃げるように去っていった。
その背中を見届けてから、モニカ姫は抜け殻のようになっているメープルの前にしゃがみ、
「ごめんなさいね」
と優しく髪を撫でる。
「どうして……殺してくれなかったんですか」
消え入りそうな声で呟くメープルに、モニカは答える。
「死ぬ必要なんてないからよ」
「リヴァイアサンは、私が――シードラゴンが死ぬまで消えません」
「消す必要なんてないわ」
え、と。初めてメープルがモニカ姫の方を見た。
彼女は何も答えず、ニコリと笑うだけだった。




