表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/78

2:ヴァニーユ家の白魔法:その12『一撃必殺の拳』

「それでは皆様。手元のワインをお持ちください。神官メープルへの哀悼、ヴァニーユの平和と繁栄、そして、王国からの救済に感謝し、乾杯。……陛下、あの、どうなさいましたか?」


 ヴァニーユ家の晩餐で皆がワインの入った盃を手にしている中、モニカ姫だけが考え込むように天井を見上げている。


「いまは、紅茶が飲みたい気分ですわね。……そこのテーブル右から三番目の貴方。私の言葉のあと二度薬指が動いたわね。一回なら「やれ」。二回なら「待て」。それにゆっくりした瞬きで応じたのが壁際の給仕。持ってるワインを注いでいた容器の音がケンカしてる。二重口ね? 右半分はただのワインだけど、左半分のワインはハーヴが入っているわ。マンドラゴラかしら?」


 ドランは困惑している様子で、


「陛下。恐れながら、それは?」


 と問うと、モニカ姫は天井から目をそらし、にこりと笑みを浮かべた。


「感心しました。私が来ると知ってこの部屋を天井まで綺麗にさせましたね。ドラン公、貴方の忠義は本物です。そうでなくては、『鏡のように』磨き上げたりしなかったでしょう」


 いまだポカンとしている様子で皆がモニカ姫を見守るが、彼女はふらりと立ち上がる。


「マンドラゴラは神経毒です。味はなく、香りは発酵したように独特の癖がありますが、だからこそワインによく馴染みます。多量に溶かせば一口で酩酊し、身体が痺れ、記憶を喪失。皆さん、手元の盃をよく匂ってごらんなさい。ワインは味の前に、色と香りを楽しむものでしょう?」


 不審で不気味な言葉をいうモニカ姫に誘われて、みなが恐る恐ると鼻を近付ける。

 そしてヴァニーユ家の者達の顔色が青ざめて来た。

 エイリスはとっさにエマの盃を倒し、イゾルデもひっくり返した。


「陛下。これって」


 と不安げにエマが問うと、モニカはにこりと頷くだけだった。


「ほんの些細な注意力です。それだけで勝敗が分かれ、そして生死が分かれます。いま青ざめた方々は白です。青ざめなかった方々は灰色です。これから黒を見つけましょう。そこの震えている給仕さん」


 モニカが刃のような目を向けると、皆にワインを注いでいた給仕は蒼白な表情になった。


「……そう。あなたは気の毒な使い捨てのコマですね。病弱の弟を良い病院に連れて行けるよう銀貨を3枚握らされましたね?」


 途端に給仕は


「お、お許しください陛下!」


 とその場に崩れた。

 衛兵が給仕を拘束するなか、モニカ姫は鮮血のローブをまとうマイスター・ガルボへニコリと微笑んだ。


「貴方のワインにだけマンドラゴラの香りがしません」


 エマは突発的に剣へ手をかけたが、モニカ姫にデコピンされた。


「すいません」


 と冷静になった彼女にモニカは頷く。

 そして、不気味な笑みを浮かべているガルボへ言った。


「だから、マイスター・ガルボ。あなたは白です。何一つ汚れはありません」


 エイリスもイゾルデも、そしてエマも困惑した。

 正直、もしもこの晩餐に刺客がいて、それが動くなら彼女しかいないと踏んでいたのだ。

 しかし仮にそうだとしても、まだ油断できないとエマは思う。

 なにせあのローブは、現実世界でエマとエイリスを殺した不審者がまとっていたものに違いないのだから。


「黒は自らを黒だとは名乗りません。白だと偽ります。そしてその方法は二つしかありません。一つは己の黒さを隠すこと。もう一つは、他の白を黒に染めること。そしてマイスター・ガルボは染められたわけです。私の目を欺くために。それが『薬指』の合図だったのでしょう?」


 モニカ姫が刃のような目を向けた先には、カインがいた。

 皆の注目が彼に集まると、咳ばらいをしてから弁明する。


「……陛下。私はロイヤルガードの長であり、騎士です。毒を盛るなどという騎士道に悖る行為は断じて致しません。そもそも私の仕えるヴァニーユ家とそれを救済に来た客人に殺める理由など――」


「好 き な ん で し ょ う ?   紅 茶 」


 文脈をぶった切るように言ったモニカ姫の言葉に、カインは青ざめた。

 そういえば、エマはこの言葉に思い当たる節があった。

 初めてカインと出会った時、彼は挨拶の最後に言ったのだ。


『当家自慢の紅茶もご用意します。疲れた日に飲むと、よく眠れますよ?』と。


「ヴァニーユに自生する紅茶のハーヴは三種類。いずれもその作用は覚醒で安眠ではありません。輸入しているハーヴも同様です。唯一つ、非合法なマンドラゴラを除けば。……不安で眠れぬ夜に少量のマンドラゴラは良く効きます。常飲者にしか分からないことです。ドラン公。輸入品の検閲をしている者の名は?」


 問われて、ドランは憤懣やるかたない表情で、

 そして目を剥いて睨みつけながら、

 その名を、唇をふるわせながら言った。


「ロイヤルガードの長、カイン・ヴァニーユ。否、カイン・ブルクレールです。……なぜだカイン。我が息子よ」


 その言葉と同時、晩餐の間を警護していたロイヤルガードたち総勢30名は剣を抜くとカインを守るように並んだ。

 その時すでに、彼の高貴だった表情は殺戮者のそれに代わっていた。


「恐れ入ったよモニカ姫。あと数人で『鮮血のローブ』に魔力が満ちるというのにな。ここにいた乙女はみな生贄に捧げられたから、こうして海からの客人を待っているしかなかった」


 そして、彼は信じられない言葉を言った。


 ――『メープル』に『リヴァース』を使用させて、

 ――遥か遠い世界で乙女の生き血を吸わせて、

 ――ようやくここまで来たというのに。


「お前が……エマを……」「貴方がエイリスを……」「お前がお姉ちゃんとお姉さまを」


 エマもエイリスもイゾルデも怒りに震えていた。

 二頭のドラゴンとキングズ・キーパーを前にしても、しかしカインはほくそ笑んだ。


「忘れちゃいないか? 魔女は魔法が使えない。戦えるのはキングズ・キーパー一人だ。護衛のロイヤルガードは皆ブルクレールの出身。つまり、オレの味方だ。ふふっふふふふけけけけ」


「そ う で も な い で す ぞ カ イ ン 殿 」


 騒然とした晩餐の間に響いたのは、マイスター・ガルボの声だった。


「夜な夜な私の寝所に忍び込んで、『鮮血のローブ』を盗み着て殺人をおかし、あまつさえその罪を私になすりつけようとしたのです。これはこれは、許し難いことですぞ」


 そう言って、マイスター・ガルボは立ち上がると、自ら『鮮血のローブ』を脱ぎ払った。

 露わになったその出で立ちは場に不似合いな東方の武胴着をまとっている。

 一体何者かと注目を一身に受けると、

 彼女はその珍妙な口癖をやめることにして、

 自らの正体を暴露するような言葉で攻め始める。

 すぅ、っとガルボは息を吸い込むと、言った。


「エマちんとエイリスたんやったのテメェかよゴラア! こちとらバイト帰りの夕飯兼ゲームのフレンド失って悲嘆と腹ペコで追いかけて来たんじゃボケ! いっちょまえにスタンガンなんぞ使いこなしやがってイテコマスぞわれ!!!」


 バサ! っと緑色のカツラをとると現れた黒髪のポニーテール。

 皆がその豹変に度肝を抜かれたが、

 心停止一歩手前だったのはもちろん、

 彼女――サッコさんの親友こと『エマちん』と、

 いつも肉球をいじられている『エイリスたん』だった。

 カインも目を剥き、思わず声を上ずらせる。


「お、お、お前はあのときの女!? まさかお前、お前も呪具『すまーとふぉんあぷり』の使い手か!? リヴァースを使ったのか!? こ、この世界までやって来たのか!?」


「じゃかあしいボケが! そうや言うとるやろがワレ!! お前の妹メープルたんに『兄さんを止めて』って頼まれとんじゃアホ! 妹泣かすなボケ! それにスマートフォンは今日日のJK全員持っとるんじゃ! ワクチン3回ぶちこんで副作用でねこますぞ!」


 言葉遣いが壊滅的過ぎてエマ以外ほとんど聞き取れない内容だったが、

 一応エマ側の人間らしいことは十分に伝わっていた。

 ややこしいから敵だと思いたくなかった。

 怯え切ったカインを守るようにロイヤルガードが突っ込んで来る。

 モニカ姫が


「危ない! そこの! そこの野人ふせて!」


 と結構ひどいことを叫んだが、サッコは腰を深く落とすと、それを始めた。



「ねえサッコ。家庭教師のバイトって言ってたけど、教えてるのなに? 高校生に数学とか?」


「婦警志望の子に空手よ」


「……え?」


「空手よ」



 振り下ろされるロイヤルガードの剣をサッコはコマのように回ってかわすと、

 しなりきった竹が解放されたかのような勢いで拳を放った。


「 課 金 拳 ! 」



 打撃技『破城槌』。

 東の修行僧が編み出した一撃必殺の拳。

 放たれる一撃はその名の通り、城門さえ破るという。

 ゲームでは『ここぞでブッパする』という決め技の一種であり、

 恐るべきその対価は一発350円と法外。

 この打撃技には自由に名前をつけることができ、

 サッコさんもやっぱり『間違って使い過ぎないように』という願いを込めて『課金拳』と命名。

 エマとは仲良し。



 反響したのは爆音と聞き間違うかのような音量で、件のロイヤルガードは交通事故のように吹き飛んでいた。

 皆が絶句するも、しかし


「ひるむな!」


 とカインに檄を飛ばされたロイヤルガードたちは我に返り、散開してガルボ改めサッコを取り囲む。

 彼女の(常軌を逸した)力を持ってしても、さすがに多勢に無勢だった。

 彼女は舌打ちする。そしてその隙にカインは『鮮血のローブ』を手に逃亡していた。


「 課 金 剣 !」


 サッコの背後から斬りかかろうとしたロイヤルガードは六閃の剣撃を浴びて崩れる。

 エマだ。

 彼女はすかさずサッコに背中を合わせて、互いの隙を庇い合うように構えた。


「エマちん。とうとう課金したのか。ふふふ、結構快適でしょ? 私も力に全振りしてる!」


「うん、一振り50円。時給の1割以上飛ぶけどね」


「そのバイトたぶん法律違反よ」


 エマとサッコは互いを庇い合いながら、襲い来るロイヤルガードたちを倒していく。

 一撃50円と350円が惜しげもなく放たれ、みるみるうちに敵の数は減っていった。


「くそ。しばらく夕飯はモヤシ炒めね。エマちん、味付け任せていい?」


「もちろん、生きて帰れたらなんだって作ってあげる!」


 二人はささやかでくだらない、

 でも今となってはとても大切な約束をかわして微笑むと、

 再び構えをとって叫んだ。


「 課 金 剣 !」 「 課 金 拳 !」


サッコさんはいい子ですよ。ええ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ