2:ヴァニーユ家の白魔法:その10『無間地獄』
「では、改めて。無事に帰って来い。三人ともだ。お前たちは王国の至宝。死ぬことはならんぞ……。ん? なんだエマよ?」
我に返ったエマは周囲を見渡す。
エイリスとイゾルデ、サー・ハイペリオンやマイスター・レイヴンたちも、自分を見ている。
エマは頭を掻く。
えっと、なんだっけ?
何か忘れているような。
とても重要な……いや、大丈夫……なのか。
「すいません。緊張していたようです」
「大丈夫です。サー・エマ殿。薬の効果はこのマイスター・レイヴンが保証します」
自信満々に頷かれ、不安が消える。
エイリスも背伸びをして頭を撫でてくれた。
そう、心配し過ぎなのだ。
リヴァイアサンの毒にやられて戻って来て、今こうして対策が出来たじゃないか。
その後のことは、またそのとき考えたらいい。
たとえ、また戻ってくることがあっても。
*
「っあ……は……が」
ゆっくりと、喉を引き裂かれている感覚がある。
テーブルに押し付けられた頭。
隣には蒼白になったエイリスの顔があり、
彼女の喉は三日月みたいにぱっくり開き、
テーブルクロスを深紅に染めていた。
イゾルデは右目にナイフを突き立てられて絶命している。
そしてやはり、喉は裂かれていた。
エマは思い出した。
そう、晩餐で殺された。
毒を盛られて自由を奪われ、そしてナイフで殺されるのだ。
それも初めてじゃない。
何度目だ。
2度か、3度か。
否、もっとだ!
何度目だ!!
どうして!
どうして覚えていられない!?
どうして忘れてしまうのだ!?
コイツの顔も!!
このワインのことも!!
――おや? これだけ失血してまだ意識があるのか?
――せっかくだ、教えてやろう。
――この痺れ毒の副作用にはな、記憶を損失させる副作用がある。
――どうだ、言った傍からそのことも、私の姿も、声も、覚えていられないだろう?
――っふふふけけけ。
目を血走らせながら、
エマは憎悪の心を燃やしてそいつを睨め付けるが、
もはや怒りの理由さえ忘れていた。
何故、私はいま死のうとしているのか。
――さぁ、『鮮血のローブ』よ。乙女の血はうまいか?
意識はかすみ、消えていく。
エマはいま凍えそうなほど寒く、眠かった。
だから何も考えずに眠ることにした。




