2:ヴァニーユ家の白魔法:その8『真紅のフード、そして、水の巫女』
「サッコ……。本当に、この海を越えるのに乙女の生贄が必須なの?」
「課金して空から行って、リヴァイアサンを重課金で撃破する激レアな裏ルートもあるよ」
「ううう。私には無縁の世界ね。やだな、生贄」
「でしょ。ちなみにあとで分かったんだけど、裏ルートを選んじゃうとね、モニカ姫がいないとクリア不能になる。ぶっちゃけバグだよ。だから今、運営が修正パッチ作ってるみたい」
「えっと、フリーズしちゃうとか?」
「んんん。アイツに騙されて死ぬんだけど、確率が100なの」
「アイツ? 正規のルートでも騙してくる奴のこと? 誰かな?」
「えっと髪の色がたしか……」
*
いま、エマたちは松明を片手に薄暗い地下への螺旋階段を降りていた。
先頭で案内しているのがカインで、その後ろにエマたち三人。そしてさらにその後ろには、ロイヤルガードの騎士たちだ。
「もう間もなく、白魔法使いを封じている地下牢に到着します。あの者がお役に立てれば良いのですが」
カインはそう言った。
彼の話によると、ヴァニーユ家の白魔法を治めているのは、代々、水の神官も務める少女なのだという。
その役割は、海の神とヴァニーユで暮らす人々との懸け橋となり、平和と繁栄をもたらすことだそうだ。
「しかし、あの者は代々水の神官が果たしてきた務めを果たせず、あろうことか海に災厄を招いてしまった罪人です。それでもお会いになるのですね?」
エマは頷いた。
カインが言うには、海に『リヴァイアサン』が出現したのは、その白魔法使いが、海岸で最初の祈りを捧げたときのことだそうだ。
儀式には多くの人が集まっていたが、そこに出現した災厄を、みなが奇跡の顕現だと崇めた時、あの水圧カッターが放たれて皆殺しにされたのだという。
その、白魔法使いたる彼女以外は。
やがて階段が終わり、不気味な地下牢が並ぶ広い空間に出た。
恐る恐るとエマは進むが、どの牢屋も無人だった。
しかし、一つか二つぐらいに、暗がりの中に転がる白骨化した遺体を見たような気がした。
「おおう。これはこれはこれは。カイン殿。けけけ。この災厄の魔法使いに御用で?」
てっきり、闇がしゃべったと思ったが、違った。
最奥の地下牢のそば、その存在を監視するかのように立っている一人の女が発したものだった。
手にした松明が、その姿を照らした時、エマは自身の瞳孔が開く感覚があった。
頭の芯がしびれ、喉が鳴る。
その真っ赤なフードを目深に被った姿が、忌まわしい死をフラッシュバックさせる。
玄関先でスタンガンをあてられ、そして首を絞められたあの光景を。
エマは思った。
エイリスは気付いているだろうか、
自分たちを現実世界で殺した者が、
この真っ赤なフードを被っていたことに。
しかしなぜ、ゲームの世界のキャラクターが現実の世界に?
まさか『リヴァース』で転生してきたのか?
しかしそうだとしても、何のために転生し、殺人をしているのか?
「おい、そこのお前。名前を言え」
エイリスから低い声がした。
エマには分かる。
これは必死に殺意を堪えているために感情を殺している声だと。
フードを被った女は笑って答えた。
「おおう。これはこれはこれは、アイスドラゴン陛下。お目にかかれて恐悦至極。私はヴァニーユ家のマイスター・ガルボと言います。お見知りおきを」
「ガルボとやら。今から私が質問をする。答えには気を付けろよ。その赤いフードがついた素敵なローブは、お前のものか? 過去に盗まれたことはないか? あるいは、この国でなら簡単に手に入る量産品か?」
「けけけ。お気に召しましたか? 残念ですが、これはヴァニーユ家のマイスターのみが着用する『鮮血のローブ』です。うら若い乙女の命と引き換えに、着用者の魔力を高めるとか、そんな噂もございます。盗まれたこと? 一日中着っぱなしというわけではございませんから、なんとも? ……もしかして、どこかでお会いしましたか? ここでない、遠い世界で?」
フードの奥にある緑色の髪と目を、エマは初めて見た。
その目はエイリスとは別種の、狂気的な恐ろしさが滲み出ているように見えた。
「……なるほど。せいぜい美味いものを食っておけ。人はいつ死ぬか分からんからな」
エイリスはまた、低い声で答えた。
そこで仲裁するように口を開いたのはカインだ。
「マイスター・ガルボ。今日も一段と悪趣味な出で立ちだな。しかし、今はお前の相手をしている時間はない。客人は白魔法使いとの面会を望んでいる。下がっていろ」
「おおう。これはこれは失敬カイン殿。ささ、どうぞどうぞ客人殿」
マイスター・ガルボが慇懃に礼をして横へ退くと、最奥の地下牢には海のように青い髪の少女が横たわっていた。
薄汚れた衣類は、もとは美しい純白で、さぞ神々しい神官の衣装だったことを思わせた。
松明の明かりにようやく気付いた彼女は、虚ろな瞳をエマたちに向ける。
カインは彼女を紹介するように言った。
「サー・エマ、そしてドラゴン陛下。この罪人が白魔法使いにして水の神官。メープル・ブルクレールです」




