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2:ヴァニーユ家の白魔法:その6『炸裂する秘剣、その名は……』

 ヴァニーユ家の治める南の海岸に到着した時、アイスドラゴンは消失して三人は半ば飛び降りる格好になった。

 エマは「きゃ!」としりもちをつき、

 その上に落ちて来たイゾルデをエマは慌てて受け止め、

 エイリスは「ぴぐ!」とそばに普通に落ちた。

 エマに対して


「ありがとうお姉ちゃん」


 と目をキラキラとさせるイゾルデ、それを


「納得いかんぞ」


 とエイリスは横目に見つつ歯噛みした。

 エマは「えへへ」と困ったように笑うしかない。

 しかし、油断している余裕はなかった。

 なぜなら、この三人はすでにオークの群れに包囲されていたのだ。


「ヴァニーユ家の怠慢ではないか。船の貿易を主とする南国が、海岸をモンスターにほつき歩かせる道理があるか」


 エイリスは舌打ちした。

 緑色の肌をした、屈強な半人半獣が獲物を狙うような目をして舌なめずりをしている。

 数は2~30ぐらいだろうか。

 ゲームで言えば、オークは最弱クラスの敵だ。

 まして、エマの両脇には二頭のドラゴンがいる。

 倒すなど造作もないだろう。

 しかし三人の表情には余裕がない。

 接近してきた一頭に対して、エイリスがまず声をあげる。


「さがれオーク。その目障りなツラを近付けるな」


 この世でもっとも恐ろしいものの一つ、アイスドラゴンの啖呵だ。

 しかし、オークは「ゲハハハ」と下卑た笑い声をあげた。

 接近してきた一頭が、牙を覗かせて笑う。


「オラたち知ってんだ! この海、超えてきた魔女、みんな魔法使えない! 魔法使えない魔女! ただの女! ゲハハハ!」


 ストレートな言い方に、エイリスは思わず「くそ」と舌打ちした。

 ときとして低級モンスターの端的な言い分は心にくるものだとエマは思った。

 そう、『沈黙の薬・改』の本来の作用である魔法の無力化が、ここでエイリスにもイゾルデにも効いてきたのだ。


「確かにそうかもね! でも、ここにいる私は魔女じゃない!」


 声を張り上げたのは、なんとエマだった。


「キングズ・キーパーの副長、サー・エマ・フレイトナーよ。死にたくなければ、道を開けなさい。貴方たちに用はないし、できたら殺したくない」


 と、彼女は二頭のドラゴンを庇うように歩み出る。

 予想外にしても予想外の介入に、しばしオークは沈黙した。

 彼らはてっきり、人間の女など魔女の召使いか何かだと思っていたのだ。そうして、いかにもか弱そうな彼女の全身を見回すと、やがてちょっと泣きそうな感じの表情に気付いて


「ゲハハハハ!」と群れで爆笑した。


「人間の、女! オラ知ってる! オウコクの騎士は、皆、おかざり! オラの指輪と一緒! ゲハハハ!」


 目の前で笑われたエマは剣の束に手をかける。

 それを見て目の前のオークも大きなオノを振り上げた。

 エイリスが


「エマ伏せろ!!!!」

 

 と叫んだが、その一撃で鮮血が散った。



「……しかし、サー・ハイペリオン。彼女たちを向わせて良かったのですかな? 私の調合した『沈黙の薬』で、たしかに海を渡ることはできるでしょうが、そこから先は魔法の使えない魔女二人を、エマ殿が守らねばなりません。魔力が戻るまで一晩はかかります」


「マイスター・レイヴン、エマ殿を見くびってはなりませんよ。彼女はキングズ・キーパーの副長です。そして何より、彼女と何度か剣の稽古をしましたが、あの剣技は神の目を持ってしても防ぐことはできませんでした」


「なんと! エマ殿はそのような未知の剣術を使われるのですか!?」


「はい、その剣技の名前はたしか『カキ……」



 エマは血ぶりをすると、その細身の剣を再び納刀した。

 エイリスとイゾルデが目を輝かせて彼女の背中を見守り、そしてその前でオークは崩れ落ちた。


「もう一度言います。包囲を解いて私達を通しなさい。本当に……誰も殺したくないんです」


 エマは切実に訴えたが、しかしオークの習性から言ってそれは無理だった。

 ひとたび群れの仲間を失うと、彼らは興奮状態に陥ってしまう。

 オークの群れは腰からオノや棍棒を抜くや否や一斉にエマに殺到を始めた。

 地響きと砂ぼこり。前に出ようとするエイリスとイゾルデを、しかしエマは


「私の後ろに。御守りしますマイ・レディ」


 と凛として言ってのける。

 エマの表情には彼女たちを安心させようとする優しい笑みと、それから少し寂し気な様子も伺えた。

 無益な殺生を憂いているのだろうか。しかし、エイリスはその顔にトクンと胸の高鳴る感覚を覚えてしまった。


 ――ああ、初めからそのつもりだったのに。でも、これがその感情か。


 エイリスは不覚にも目を閉じてしまった。エマはそして、サー・ハイペリオンさえも退けた剣技を放つべく、その名を高らかに叫んで抜刀した。


「 課 金 剣 !」


 剣技『六花』。

 北国のフレイトナー家に伝わる攻防一体の秘剣。

 放たれる神速の居合は六つの刃となり、状況に応じて防御と攻撃をこなす。

 ゲームでは『とりあえずブッパしておけば負けない』と定評の技だが、恐るべきその対価は一発50円。

 この剣技には自由に名前をつけることができ、エマさんなどは『間違って使い過ぎないように』という願いを込めて『課金剣』と命名。


 瞬く間に5頭のオークが血の海に沈むと、群れは急停止して仰天した。


「なんじゃこら!? お、オラたちの仲間が一瞬で!?」


 背後にエイリスの熱っぽい目線、イゾルデの拍手を聞きつつ、エマはなお憂いの表情で呼びかける。


「もう、無益な殺生はやめましょう。この剣技は……その、呪われているんです。出来たら使いたくありません。お財布的な、その……お願いです」


 ――私のバイト、時給350円です。

 ――たぶん、何かの法律にがっつり触れてます。


 そう、エマさんは近所の駄菓子屋でアルバイトをしていた。

 たまにバイト代は駄菓子で代替されたりもした。女子高生はお菓子で釣れると店主のバーチャンに思われている。

 と、そこに微かな地響きを感じ取ったのはイゾルデだった。


「お姉ちゃんあれ!」


 と言われてみれば、オークの群れの背後方面から騎馬の砂塵が見えて来た。

 助けが来たのだ!


「ロイヤルガード! 矢陣で突撃! 三人を救出するぞ!」


 先頭の騎兵が声をあげると騎馬隊は矢のような縦列をとり、混乱するオークの群れを切り裂くように突撃した。

 その射線にいたオークは槍に刺されたり、馬の前蹴りにあって倒れていく。


「に、にげろ!! にげろおまえらー!」


 虚を突かれた剣技に騎馬の奇襲、オークの群れはたまらないとばかりに四散して、海岸近くの森へと消えていった。

 思わず助かった、腰が抜けそうになったが、エマは自分がキングズ・キーパーであることを思い出してしゃんとする。

 騎馬隊たちはオークたちを追わずに整列し、指揮官と思われる先頭の騎馬兵は馬から降りると、兜を脱いでエマたちに一礼した。


「マイ・レディ。そしてドラゴン陛下」


「救援感謝します。エマです。……えっと、私はキングズ・キーパーなので、一応、レディではなく、サーです」


「失礼、サー・エマ。申し遅れましたが、私はロイヤルガードの長、カイン・ヴァニーユと申します」


「サー・カイン。改めて御礼を」


 エマが一礼すると、イゾルデもぺこりと頭を下げる。

 しかし、エイリスは何かいぶかしそうにカインと名乗ったロイヤルガードを見ていた。


「妙だな。私の知る限りヴァニーユ家の者は、その家名が示す通り髪はクリーム色だ。カインとやら、その海のように青い髪色、ヴァニーユ家の血筋のものではないのだな?」


 エイリスの問いかけに、カインは


「アイスドラゴン陛下。お噂はかねがね」

 と一礼する。


「騎士の挨拶はどうも好かんな。まぁ、血筋などこの際はいい。深堀すればだいたい面倒なことになる。それよりだ。さきほど海を渡る際に目障りな竜を一匹仕留めて来た。お前たちの悩みはそれで解決するのか? するなら白魔法使いに合わせて欲しい」


 騎士たちがざわめいた。あの災厄から逃れて来たのではなく、倒したのかと。

 やはり王国のドラゴンにまつわる圧倒的な噂は本当だったのかと。


「……失礼。アイスドラゴン陛下。驚きのあまり、つい言葉を失ってしまいまして。あの、リヴァイアサンを本当に?」「そうだ。妻が指揮し、私が凍らせて、そこの妹が砕いた」


「……ブラックドラゴン陛下」


 と一礼するカインに、イゾルデは


「とどめはお姉さまですが」と肩をすくめる。


「おそらく、災厄は取り除かれたものと思いますが、前例のないことです。すぐに評議会へ報告し、協議のうえ、海に調査船を出そうと思います。そう時間はかからないと思いますので、ヴァニーユ家の城でおくつろぎ頂ければ。我が主ドラン・ヴァニーユも歓待の準備をしております。もちろん、白魔法使いにもお会いください。……当家自慢の紅茶もご用意します。疲れた日に飲むと、よく眠れますよ」


 気さくにカインは笑って見せる。

 エイリスは気乗りしない様子だったが、エマは賛成だった。

 少なくともこの周辺が危険なのは身をもって分かったし、まだエイリスもイゾルデも魔法が使えない。

 なにより、城に白魔法使いがいるなら向かわない手はないだろう。

 エイリスが「どうする妻よ?」と聞いてきたので、エマは頷いてから答えた。


「サー・カイン。ご厚意に甘えたいと思います」


 そう言うと、カインは一礼し、手際よく用意していた三頭の馬を騎馬兵の一人にひかせて来た。


「さぁ、こちらへお乗りください」


 と言われて、三人は騎乗する。

 エマの隣に並んだエイリスは小声で話した。


「油断するな妻よ。あのカインと言う男、あれをリヴァイアサンと呼んでいたぞ」


 エイリスに言われて気付いた。

 そう、カインはシードラゴンと言わずリヴァイアサンと呼んでいた。

 それは水の禁断魔法であり、この氷の魔女エイリスでさえ知らなかった、あの災厄の正体なのだ。

 もっとも地元の当主に仕える身だからこそ知ってると言う可能性も……。


 ――んんん、ない。


 エマはゲームの設定を思い出す。

 禁断魔法は、その魔法体系の中で使用を禁じられた魔法だ。

 ゲームの世界で言えば、禁断魔法について知る手掛かりは『賢者の書』にしかなく、それを得るためにはSSRキャラのモニカ姫を仲間にすることが必須なのだ。

 それの意味することを考えている様子のエマへ、さらにエイリスはささやく。


「簡単な消去法だ。『賢者の書』と無関係に禁断魔法を知っている者。それは使用者か、それと親しい者かに他ならない」

正式版で課金を始めましたエマさん

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