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1:アイヴォリー家の謀反:その1『王殺しの法』

「そして、エマ・フレイトナー。お前は色々と例外尽くしだ。女でありながらレディーではなく騎士と名乗り、従者も連れず、そもそも名家の生まれではない。推薦人は故郷の家族のみで、王の騎士『キングズ・キーパー』に叙任された場合でも、お前には軍も馬も城もない。それどころか、鎧さえまとっていない。それでマーカス王直属の護衛騎士を務められると考えているのか?」


 エマの頬に伝った冷や汗をみて、

 彼女と同じように集った名家・名門の騎士見習いたちから漣のような笑いが起きた。

 詰問してきた王の相談役マイスター・レイヴンは眉間に深い皺を寄せてエマを見極めている。

 もしも国王を直に御守りする重大さを理解しておらず、

 ただ富と名声を得るだけの成り上がりを目的とした者なら、

 キングズ・キーパーを侮辱した罪で断首刑となるのだから。


「まさかその軽そうな剣一振りで、王の護衛が務まると考えているのか? 王国の一歩外にはモンスターが溢れ、さらに遥か彼方には恐ろしいドラゴンがいる。人もそうだ。戦乱の世は終わったとはいえ、今なお王の座を狙う国たちが精強な軍を備えているという噂もある。否、何も国の外だけではない。この王国内にさえ、警備の目を搔い潜った密偵や刺客がおるやもしれん。エマ・フレイトナーよ、お前はそれらすべてから王の身を御守りすることができると。この場で神々に誓えるのか?」


 エマの汗は騎士見習いたちの前で詰問されたからではない。

 あまりにも現実とかけ離れた白昼夢を見たからだ。

 猫を助けて事故に遭い、そのまま死んでしまう間抜けな夢。

 これから玉座を守ろうとするものが、猫一匹救えずに死ぬ夢だ。

 エマは頭を振って意識を正す。


「……私の故郷は王国の遥か北で、そこは数年前までは巨大なアイスドラゴンの放つ冷気によって、暗く寒い冬が続いていました。作物は枯れ、飲み水は凍り、人も動物も次々と死にました。……酷い寒さと飢えが何日も続きました。最初に馬が死に、私達はそれを食べました。次に、北国に多くいた犬や猫を食べました。その次は卵を産まなくなった鶏を、次にミルクを出さなくなった牛や山羊を食べました。それらが済むと、短い草を凍った土から掘り返し、その根を食べました。次に倒れたのは体力のない老人や子供、病人です。……私たちは仕方なく彼らの遺体も食べ、命の代わりに何かを失いました」


 エマの独白で城内がどよめいたが、エマは続けた。


「倒れるものがいなくなったらクジを作りました。クジには白と黒のハズレくじが二つあり、白を引いた人は食べ物に、黒を引いた人はその『調理人』となりました」


 ケダモノめ! と怒号が飛んだ。

 栄光あるキングズ・キーパー誕生を見届けに来た貴族の放ったものだ。

 それを境に非難の声が湧きたち、エマへの罵倒が始まった。


「静粛に!」


 マイスター・レイヴンが一喝した。

 玉座の老いた戦王マーカスが沈黙しているのだ。王が耳を傾けている以上、ここにいる全てのモノは耳とならねばならない。


「……もちろん、無謀を承知でアイスドラゴンへも戦いを挑みました。若く屈強な男たちが武装して、村に冬を呼んだ氷山を目指しました。結果はご存知の通りです。しかし私たちには、仲間ではなく『食料』を失ったように感じられました。そのぐらい酷い飢えに苦しんでいました」


 老王の眉間に怒りと、そして口元に憐れみを見て取ったレイヴンが口を開いた。


「エマ・フレイトナーよ。お前の想像を絶する境遇には同情の余地がある。しかしその身の上話は王を御守りする上で何の役に立つのか。少なくとも騎士には相応の品格が求められる。その点で言えば、むしろお前のおかした所業は騎士の風上にもおけん。どう考えている?」


「品位では王どころか猫一匹守れません。戦乱の世で王を守るのは武でしょう。もし王のご所望とあらば、さきに私を嘲笑した者ども全てをこの場で切り捨て、自身の言葉を証明してご覧にいれます」


「不敬モノが! 神聖なるキングズ・キーパー叙任式を汚すばかりか、恐れ多くも王への放言! 万死に値するぞエマ・フレイトナー!」


 マイスター・レイヴンは怒号を飛ばした。

 しかし彼は本当には怒ってはいなかった。

 もし、自分が声を張り上げなければ、恐らくエマは周囲の騎士見習いたちに無礼討ちにされていただろう。

 剣の束に手をかけている者は4人や5人ではなかったのだ。

 もはや叙任式どころではなく、一触即発の空気になっていた。


「確かに騎士の風上にはおけませんが、道理は通っていますわ」


 玉座に鈴を転がすような声が響くと、エマを除く騎士見習いたちは一斉に「陛下」と頭上の姫へ一礼した。戦王マーカスの娘、モニカ姫の存在にようやく皆気付いたのだ。彼女は吹き抜けとなっている玉座の間を見下ろすように、3階から顔を覗かせていた。


「『書物と金槌」が紋章のアイヴォリー家。名家の騎士見習いさんは、その純白のマントを城下一のシルクで仕立てたそうね。美しいわ。ところで血汚れを落とすのは、私の婆やでも大変なのに、さぞ腕利きの洗濯職人をお抱えなのでしょうね? それとも綺麗なのはマントだけでなく剣の方もかしら?」


 場の緊張が抜けるような静かな笑いが起きる。

 俯き赤面するアイヴォリー家の騎士見習いハリードをよそに、モニカは次の標的を見つけた。


「『ハープを咥えた狼』が紋章のルージュ家の騎士見習いさんは、格調高い吟遊詩人の詩を嗜んでおられるそうね。マイスターからの前評判で聞いていますわ」


「いかにもです陛下。シャーロッド、クレゲール、アトワンズ。お気に召すものがあれば朗々と歌い上げてご覧に入れます」


「素敵ですわ。ではシャーロッドの『豊穣たれ我が実り』を所望します」


 ルージュ家の騎士見習いは言葉を失った。それはたしかにシャーロッドの代表作には違いないが、王や国を称える歌ではなく、ただ自分の土地の収穫を祈る品位の低い歌だからだ。


「お、恐れながら陛下。その歌はこの場にも陛下にも、そして王にも相応しくないかと」


「覚えていないのなら『覚えていません』と潔く謝る方が格調高いものですわ。あとで家庭教師さんを責めてはダメよ? うちの姪っ子でも歌えるような歌を、先生が大の大人に教えられる訳ありませんもの」


 笑いの中でルージュ家の騎士見習いも俯いた。

 モニカはそうしてエマを嘲笑していた騎士見習いのうち、主だった二人のメンツを潰すとエマにその目を向けた。


「さて、エマ・フレイトナーさん。見慣れぬ小動物が紋章の、品位も名声も土地も軍も城も持たない騎士見習いさん。あなたはいやしくも武に秀でた者たちの集まるキングズ・キーパーの叙任式で、かの者たちを全て斬って捨てることができると言いましたわね」


「陛下。私の家の紋章は『ユキウサギ』です。そして先の言葉に偽りはありません」


「そう、ウサギの騎士見習いさん。もちろん玉座の間を血で汚すのは言語道断ですわ。しかし、言葉の真偽を確かめるのに血は必要ありません……。サー・ハイペリオン。キングズ・キーパーの長よ」


 玉座の隣に侍る、王国最強の騎士をモニカが振り向いた。


「神の目を持つという貴方から見て、エマ・フレイトナーはどう映るかしら?」


「そこまでだモニカよ」


 ようやく王が口を開くと、モニカもまた「王陛下」と礼をして口をつぐんだ。


「エマよ。エマ・フレイトナー。何と豪胆で不遜なのだ。まるで騎士と言うよりは戦士だ」


 エマを含めて皆が一斉に跪く。マーカスが立ち上がったのだ。


「俺もかつては無名の戦士だった。開けても暮れても野をかけ、仲間と共に剣や槍を振った。浴びた血の量で何タルを満たせるか分からん。我武者羅に切り結び、その数だけ後ろに続く軍は膨れ上がった。そうして城も国も強固となったが、代わりに中の人は弱くなった。だがそれも良い。平和の証だ。いまや北も南も東も西も、主要な国々はみな忠誠を示している。しかし敵は人だけではない。話のできぬモンスターとの戦いは永遠に続くだろう。すなわち、武も永遠に必要なのだ。俺はお前の抜身の言葉に共感できるところがある。しかしエマ・フレイトナー。何故キングズ・キーパーを目指している? そして何故身の上話をした。同情か? それともここにいる名家名門貴族を侮辱するためか? 答え方に気を付けろ。誤れば首を刎ねるぞ。その面もろともな」


 ようやく面の話が出たと、玉座の間の者たちが皆思っていた。

 そもそもマイスター・レイヴンがエマを見咎めて詰問した発端が、騎士の兜とは言えない奇妙な面を付けていたことなのだ。そしてその造りの関係上、顔が見えなかったからだ。

 エマはその面を取り、黒い髪と黒い瞳を露わにして王を真っすぐに見据えた。

 皆がその面貌に息を呑む中、彼女は静かにその目的を告げた。


「子は親を守るものだと師に教わったからです、父上」


 玉座の間がどよめいた。

 そしてそれを諫める立場にあるマイスター・レイヴンでさえ言葉を発せなかった。

 王があらゆる国々に触れを出して探し求めていた行方不明の長女。亡き王妃との間に生まれた最初の子エイミー。その髪と目は夜よりも深い黒だと常に王は言っていた。

 それが今ここに現れたのだ。


「お前なのか。……本当に……俺の娘、エイミー」


 エマに近付く王の足取りはまるで夢遊病のようだった。

 力なくふらつき、顔からは王の威厳もかつて戦王と恐れられた武威も失われていた。

 そこにいたのは一人の老親だ。

 崩れるようにエイミーへ取りすがった時、老王マーカスはその胸に短剣が深く食い込んでいることも気付かずに我が子を抱擁していた。

 口から血泡を吐きながら泣く父に、エマは刃を押し込みながら言った。


「これでもう、誰も王を殺せませんね。父上」


 沈黙のなか、転げる老王マーカスの遺骸。

 そして血濡れた短剣を持って微笑むエマに向けられたのは、玉座の間で堂々と王を殺傷した反逆者を誅殺する剣ではなかった。


「女王陛下」


 と、その場にいた誰もが跪いた。

 先まで彼女を詰問していた王の相談役マイスター・レイヴンも、彼女を見下ろしていたモニカ姫も、王を守るべきキングズ・キーパーの長ハイペリオンも、そしてその座を望んで各国から参照した騎士見習いたちも、そして彼らを見届けに集まった貴族たちも、皆が跪いて沈黙した。

 静寂のなか、

 エマは玉座への階段を上るとゆっくりと腰を降ろし、

 自らに跪く王の臣下たちを一瞥した。

 戦王マーカスが人の世を平定し、初めて玉座を得たとき絶対不可侵の法を一つ定めていた。


 それが王殺しの法だ。


『いかなる方法でも良い。俺の心臓を真正面から刺し貫いたものに王の全てを譲る』。


 それは戦乱の厳しさと玉座の危うさを王自ら戒める為の誓いであり、象徴であり、しかし法であったのだ。そしてこれを法として用いたのは彼女が初めてだった。

 彼女はそして、次に下す命令も決めていた。


「この玉座は我が父・戦王マーカス・ブラッドリーが一代で築いた血と鉄と非情の玉座だ。その守護者たるキングズ・キーパーの成り手として、忠誠を誓った国々が寄越した精鋭が貴様たちか。その剣が本物か王自ら確かめてやる。アイヴォリー家、ルージュ家、ヴァニーユ家、シャルトルーズ家、グラフィット家、その他諸々の国から参集した騎士見習いたちよ。私を討って見せよ。王殺しの法は健在だ。見事果たせば新たな王だ」


 新王エイミーは明らかな狂王だった。

 ようやく我に返ったマイスター・レイヴンは王の前に立ちふさがって言った。


「女王陛下! お待ちください! 先王の悲願たる統一王国とその玉座を再び血で汚すおつもりですか!」


 しかし血気に流行っていたアイヴォリー家の騎士見習いは既に抜剣して進み出でていた。


「我はブレッド・アイヴォリーの息子ハリード・アイヴォリーだ。王殺しの法により、我が王エイミー・ブラッドリーに決闘を……」


 言い終わる前にハリードは膝から崩れ落ち、自らの血だまりに純白のマントを赤く染めた。

 何が起きたのか、場に居合わせた多くの者が理解できないでいた。

 茫然としているマイスター・レイヴンに、狂王エイミーが黒目を向けた。


「そこに転がっている首を自慢のマントに包み、アイヴォリー家に送り返せ。そしてキングズ・キーパーへ軟弱物を寄越した侮辱罪で、アイヴォリー家当主ブレッドの首を寄越すように伝えろ。他の騎士見習いへの扱いも同様だ」


 このときエマの吐いた息は、アイス・ドラゴンの魔力によって凍てつくように白かった。



 王マーカスが『王殺しの法』に倒れ、

 そして新王として玉座に着いたエイミーの話は全土を駆け抜けた。

 そしてキングズ・キーパー候補として送り出した騎士見習いの王子たちは首だけになって祖国へ送り返され、さらにその名誉を汚し、当主の首まで要求されたことも。

 平定されて間もなかった人の世が再び戦乱の世に戻ったことを人は予感した。


 そう、このゲームはとても酷いオープニングからスタートしたのだ。

 エマは、SNSで知り合った友達に『面白いから』と勧められて始めたが、彼女は血生臭いのや残酷なのが苦手だった。

 主人公となるプレイヤーはここから多くの国やモンスターたちと戦いながら、自分の国と玉座を守らなければならない。そのためには王も国も強くし、仲間を増やし、そして彼らを上手くコントロールして行かなくちゃいけない。

 クリアにはお金も時間も必要で、普通の高校生でしかないエマは、ゲームの最初のステージ『第一章・アイヴォリー家の謀叛』でバッドエンドになってしまうのだ。

 オープニングこそ、アイスドラゴンから授かった魔力を使って騎士見習いを皆殺しにしているが、その力を以降でも使うためには法外な課金が必要なのだ。

 それこそ生活を捧げている廃課金ゲーマーか、お金の有り余っている社長か芸能人かだ。

 そういう人たちがもりもりと世界を征服していく展開なら動画サイトで見たことがあるけど、エマにとってそれは近くてはるか遠い世界だった。


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