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2:ヴァニーユ家の白魔法:その4『沈黙の薬』

「無事に帰って来い。三人ともだ。お前たちは王国の至宝。死ぬことはならんぞ」


 王の力強い笑みをみて、エマは評議会に戻ってきたと知った。

 焦燥して周囲を見渡す。

 エイリスもイゾルデもいる。

 助かった、と言うべきか、死んだ、と言うべきか、エマは言葉を見つけられないままただ荒い息をした。

 様子のおかしいエマに対して、口を開いたのはサー・ハイペリオンだった。


「エマ殿、また未来を見たのですか?」


 エイリスに背中を擦られながら、エマは辛うじて頷く。

 そして


「このまま海に向かえば、私達は毒で死んでしまいます」


 と告げた。

 評議会がざわつく。

 毒とは何だ。

 まさか王国に刺客が紛れているのか。

 馬鹿な、これはシードラゴンの災厄だ。

 毒のドラゴンなのか? 

 収拾のつかない様相になったとき、マイスター・レイヴンが


「静粛に! 王陛下の御前である」


 と周囲の大臣を鎮まらせた。


「サー・エマ。その、毒について詳しく教えて下さらない?」


 と身を乗り出してきたのはモニカ姫だった。

 エマは深呼吸して心を落ち着かせると、自分たちに起きたことから、死んだときの様子まで詳しく伝えた。

 その話を聞く皆の顔は徐々に暗澹としていき、エイリスは拳を固め、イゾルデは俯いていた。

 モニカ姫は頷く。


「……まとめますわ。皆さんがアイスドラゴンの魔法で空を飛ぶ前は、王国から持参してきた食料と水以外は口にしていない。シードラゴンと会敵以後も、攻撃らしい攻撃を受けていない。症状は、口を含めて目、鼻、から黒い出血、ですわね」


 言いながら、モニカはある一冊の分厚い本をペラペラと捲っている。

 エマには分かる。

 ゲームで言えばモニカ姫は、分析や解読、情報収集に特化したSSRキャラなのだ。

 そして彼女が手にしているのは『賢者の書』だ。


「……きっとこれね」


 と、モニカ姫があるページを開いてテーブルの上に置いた。

 エマたちだけでなく、王たちも本を覗き込む。

 そこに描かれていたのは、目鼻口から血を流して倒れている男性と、それを見下ろす巨大な蛇だった。

 まさにこうしたシチュエーションだったことに、エマは驚き、必死にそこの文章を読んだ。



 水の禁断魔法『リヴァイアサン』による第二の魔法攻撃。

 激毒。

 それは空を巡る彩雲の形をとり、触れた者は神々でさえ苦しめ、死に至らしめる。

 謙虚に海を渡らず、尊大に空を飛ぶ者への罰としてシードラゴンが用いた。



「魔法による毒ですか。ふむ。それならお任せ頂きたい。魔法であれ、医術で助けられることならきっとお役に立てましょう」


 最初に口を開いたのはマイスター・レイヴンだった。

 彼は皆の注目を集めつつも、ローブの袖から、青い小瓶を取り出して見せた。


「これは『沈黙の薬』と言う、体内の魔力を無効化する薬です。アイスドラゴンへ騎乗なさったら、これを飲むと良いでしょう。魔法の毒というのは、体内に存在する魔力を暴走させることで、身体をむしばむものです」


 しかし、エイリスは首を否定向きに振った。


「マイスター・レイヴンよ。魔女から魔力を奪うのは、賢者から知恵を奪うにも等しいぞ。ましてあのシードラゴン……水の禁断魔法『リヴァイサン』が真の名か。そいつと戦うのに魔法は不可欠だ」

「アイスドラゴン陛下。そこはマイスター・レイヴンにお任せください。私が調剤したものをお飲み頂ければ、魔力の無力化を遅滞しつつ、魔法による毒を防ぐことができます。リヴァイアサンをその絶大な魔法で存分に叩きのめしてください」


 力強く言ってのけたマイスター・レイヴンに、評議会から歓声と拍手が沸いた。

 エイリスもイゾルデもそれに頷く。

 エマは安堵した。

 実際、ゲームでは『沈黙の薬・改』という有償アイテム(課金のみで入手可)をマイスター・レイヴンに作らせることができ、その効果は魔法毒を無力化しつつも、プレイヤー自身は魔法を使えるというものだ。

 現実世界の友人サッコは、結構これに課金している。

 エマは目を閉じて祈った。


 ――毒にやられませんように。あの美しい、雲の形をした毒に。


「では、改めて。無事に帰って来い。三人ともだ。お前たちは王国の至宝。死ぬことはならんぞ」


 王の命令に心から頷いた。


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