2:ヴァニーユ家の白魔法:その1『王国への帰還』
「お帰りなさいお姉ちゃん! お姉さま!」
飛び込んで来たメガネの少女はイゾルデだった。
相変わらずの強烈な腐敗臭でしっかり我に帰り、何とかゲームの世界――王国の玉座の間に退避できたことをエマは知った。
――とりあえず逃げられた。
と、安堵から溜息をつこうとしたが、
「そうだ! エイリス!」
と振り返った直後に起きた『どん!』という冷気の破裂。
それが城を鳴動させた。
衝撃は、怒気に震えるエイリスから発せられたものだとわかった。
拳を固め、目を剥いて震えている。
騒ぎに駆け付けた衛兵さえ、その迫力には息を呑んで硬直した。
「……許さない。……絶対に許さない。生きたまま手足を凍らせて破壊し、万死に勝る苦痛を味わわせてやる。そして殺してくださいと懇願するその舌を切り取って、目の前で凍らせてやる。……よくも私の……私の」
怒りに震えるエイリスにはイゾルデでさえ後ずさりした。
アイスドラゴンの逆鱗に触れた者の末路はこの世界の誰もが知っている。
国が消えるのだ。
そして、それを不用意に宥めるのさえ自殺行為と言える。
それは荒天や荒海と似ていて、ただ一日でも早く鎮まるよう祈るしかない。
しかしその彼女に飛び込んで、抱き締めたのはエマだった。
「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
エイリスを抱き締めながら、エマは泣きじゃくった。
「私が不注意だから、貴方を守れなかった。……私がしっかりしなきゃいけないのに。ちゃんとニュースで見たのに。私がバカだから、不用意に扉を開けちゃった。私のせいで……守ってあげられなかった。痛かったよね。怖かったよね。……エイリス」
エマは、エイリスが床に叩きつけられた瞬間がフラッシュバックした。
それがあまりに酷くて、かわいそうで、辛くて、どうしようもなかったのだ。
「……取り乱してすまなかったエマ。私なら大丈夫だ」
そう言って、エイリスは優しくエマを離して、その泣き顔に微笑んで見せる。
「私はこう見えて数百年を生きた魔女なのだ。あの程度の痛みならどうということもない。それよりお前こそ、辛かったな。ネコにトラウマがあるというのに、それに加えてあんな恐ろしい目に……。私こそもっと早く……」
そうして今度は、エイリスが目に溜めたのを見て、玉座の間は冷気に変わってどす黒い瘴気に満たされる。
二人して振り返ると、瞳を赤く灯したイゾルデが人形のように無表情のまま直立していた。
彼女の影がざわざわと動いて無数の手に変じ、それらの指が虫のように蠢いている。
「そう。……ああ。これは『そういうこと』ですのね。つまり、私が次にお人形にすべきクソ野郎が誰なのかよくわかりましたわ」
「「いったん落ち着こう」」
衛兵がアンデッド(もう皮膚の色がちょっとおかしい)に変わる前に、エイリスとエマは口を揃えてブラックドラゴンことイゾルデを宥めた。