1:アイヴォリー家の謀反:その12『飼い猫は妻でアイスドラゴン』
目の前に、猫がいた。
腕の中の毛玉の、その丸々と大きくなった目には、蒼白な自分の顔がよく写っている。
道路の真ん中だと、足元の固い感触から分かった。
つまり、自分はあの瞬間に戻ってきたのだ。
瞬時にエマは、何も変えられなかったことを悟って絶望する。
――酷い場所に転生した。
いや、本当に転生したのか。
それとも、ただゲームを拒否したと見なされて戻されただけなのか。
エマには分からない。
しかし、何であれこの瞬間ならもう先がない。
必然として訪れる、クラクションと急ブレーキの音。
一瞬が何倍もの時間に拡張される走馬灯の世界。
またも『ごめんなさい』と謝りながら猫を抱き締め、目を閉じた。
1秒。
2秒。
まだ死んでいなかった。
3秒。
4秒。
頬にヒヤリとした感触を受け、びくりとなった。
まるで冷たい口付けのような感触にエイリスを思い出し、目を開ける。
雪が降っていた。
にゃあ、と胸で毛玉が鳴いている。
「すげえ……マジかよ」
「そんなスリップある?」
「私みたよ! 水溜りが急に飛び散って凍って! それで車がクルンって!」
「あの子助かったの奇跡じゃね?」
「なんで雪ふってんだ。春だぞいま」
ざわざわと騒ぎ声の方に目をやると、ガードレールの向こうに人だかりができていた。
皆がスマートフォンのカメラをエマに向けている。
何が起きたのだろうと、自分を挽肉にしたはずの車を恐る恐るとエマは振り返る。
まるで反発する磁石のように、車はどちらの射線のものもそっぽを向くように停車していた。
目線を下げたら、その軌道をアシストするかのように氷がレールのように走っている。
まるでエマから車の衝突を守るかのように。
こんなの、魔法じゃないかとエマは思った。
「追いかけちゃったじゃないか」
現実では初めて聞く声のはずなのに、誰がそれを発したのかすぐ分かってしまった。エマは腕の中の毛玉を見つめる。
「まさか私が猫に転生するなんて思わなかったぞ。後でイゾルデには説教だ」
そんな風に笑う猫を、エマは強く抱き締めた。
そして思わず涙を溢しながら、でも笑った。
「両親に何て言えばいいのかな。……初めて助けることが出来た猫が、飼い猫で、妻で、アイスドラゴンだなんて」
「おいおい。私を飼うのは当然だが、妻はお前で、夫は私だぞ?」
生意気に笑う猫が可愛くて、またもエマは笑ってしまった。
*
第一章『アイヴォリー家の謀叛(試作版:ブラックドラゴン仕様のイゾルデ)』クリア
続きは本編で!
第一章(試作版)のクリアおめでとうございます。
また、拙作へのお付き合いありがとうございました。
続編になる第二章はまだ書き出しの段階ですが、
完成したらまた順次に投稿したいと思います。
それではまたお会いしましょう。 翁海月




