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1:アイヴォリー家の謀反:その11『転生魔法リヴァース』

「ううう。サッコ。アイヴォリー家が死霊術に手を出した経緯が泣ける」


「何故か家系に回復魔法が効果なくて、死の克服で対処しようとしたんだっけ。それが極まって『死者の書』を手に入れたり、ブラックドラゴンことイゾルデを秘密裏に引き入れたりして。でも結果どちらも持て余したと」


「言い方がドライだねサッコ。……でも、死霊術って結局は死体をゾンビに変えるしかできないの?」


「そうだよ。試作版だと間違って蘇生魔法が一部入ってたけど、正式版からは削除されたかな。確か『リヴァース』だっけ」



「ねえ、ずっと気になっていたことを聞いても良いかしら?」


 突然に口を開いたのはイゾルデだった。


「お姉ちゃんが人形なこと、んんん、『死んでいること』に誰も気付いてませんの?」


 想定外の言葉に、みな一斉にイゾルデの方を見た。もちろんエマもだ。

 しかし、彼女が受けた衝撃は誰よりも強く、そしてその意味はまるで違う。

 死んでいる。

 そう、エマは正しく死んでいるのだ。

 ただし、このゲームの世界でではなく、現実の世界でだ。

 エマは現実世界で事故死している。

 なのに、ここでは生きているかのように振舞っている。

 冷静に考えたら異常な状態にあるそんな自分を、それを最も簡単に表している言葉たった。


「死霊術を扱う黒魔法の魔女には分かるんです。その人が蘇生魔法『リヴァース』の対象かどうかで。そしてお姉ちゃんは対象者です。だから、絶対に死んでいます」


 小首を傾げるイゾルデの瞳が、赤く灯った。


「……えっと。肋骨はバキバキに折れて、心臓が潰れていて、胸の中がまるでハンバーグのようにぐちゃぐちゃです。だから最初に会った時、お姉ちゃんがすごく奇妙でした。死んだお人形なのに、まるで生きているみたいから」


 そういえば、イゾルデと初めて会った時は執拗に『人形』と呼ばれていたことを思い出す。

 あれはこういうことだったのか。

 信じられない様子で見ている皆をエマは見回す。エイリスに至っては放心状態だった。

 しかし、だからこそ聞くべきことがある。


「イゾルデちゃんは、リヴァースを使えるの?」


「もちろん使えますわ」「しかし使わせないぞ」


 エイリスが間髪入れず口を挟んできた。

 エマはまだ何も言っていないのに、その先の言葉をまるで予期していたかのようだった。


「リヴァースの語源は『転生』だ。魔法の本質もそれと同じで蘇生ではない。つまり、それを使えばもうエマじゃなくなる。転生したら、それは別の誰かだ。……マイスター・レイヴン。お前が先に言った『自殺』というのは、『リヴァースを使用して消えた』のが真相じゃないのか?」


「恐れながら、かなり古い書物の出来事であり、この時代のマイスターは詩的な表現もかなり混ぜているので、正確なことは……。しかし確かに、いま私の申し上げた『自殺』は『自ら転生への道を選び、そして消えた』を翻訳したものですので、もしかすると」


「充分分かった。礼を言う。つまりその異国の者もリヴァースの対象という意味で死者であり、故郷へ帰れると信じてその魔法を受けたのだろう。やはりダメだ。私からエマを奪うような魔法など絶対に許さない。いや、百歩譲って、私からエマが離れてしまうのを死ぬ気で堪えるとしても、彼女の無事が保証されないような魔法など認める訳にはいかない。……異論はないな、王よ? よもや王国の最高顧問にして、ドラゴン二人の鎖を手放すとは言うまいな?」


 エイリスはまるで脅迫するように王を睨んだが、彼はその目を真正面から見返して言った。


「王に二言はない。エマが望むなら褒美としてそれを与える。決めるのは彼女であり、お前も同意していたぞ」

 と。

 王の言葉の後は、重たい沈黙が評議会を支配した。

 反発すると思っていたエイリスも沈黙している。

 もしかしたら、褒美の提案は彼女がしたのかもしれない。


 ――簡単にはいかない、よね。


 エマは俯く。

 自分の功績が称えられ、そして王国の今後の方針や各地方のドラゴンの情報を整理する。

 きっとこの会議はそんな目的で開かれたはずだ。

 それが今、エマは異界の住人であり、死者であり、そし褒美としては元の世界への帰還を望んでいることが明らかになった。

 さらに今の時点で彼女の願いが叶いそうなのは転生の魔法『リヴァース』の使用だけというのも分かった。

 使用の前例はあるようだが、受けた者は行方不明。

 王はエマが望むならと認めたが、エイリスは猛反対している。

 イゾルデは意外なことに沈黙していた。

 それにしても、評議会はとんでもない話で悩むことになってしまったとエマは思った。

 しかし、エマの心は決まっていた。

 このまま進めば、遠かれ近かれゲームは終わり、そしてその後にエマは現実世界へ事故死直後の状態で戻ってしまう。

 そして今、それを回避できる可能性がようやく見つかったのだ。

 それが『リヴァース』だ。

 もちろん無事に戻れる保証などないが、一方で、この土壇場で賭けられる唯一つの希望はこれしかない。

 エマは意を決して言う。


「王よ。私が望むのは一つ。転生の魔法『リヴァース』です」


 エイリスが目を見開いてエマを見た。

 その瞳には涙が浮かび、懇願するようにエマを見ている。

 しかし彼女が頭を振って「ごめんなさい」と答えると、エイリスは叫んだ。


「そんなに私の前から消えたいなら勝手にしろ! 私だってお前のことなど大嫌いだ!」


「違うのエイリス。お願い分かって。私は」


 エイリスはエマの言葉に振り返りもせず、会議室を出て行ってしまった。



 転生の魔法『リヴァース』は、玉座の間で行われた。

 王国史には『アイヴォリー家の謀叛』という題でエマの功績が記されることが、マイスター・レイヴンによって宣言された。

 キングズ・キーパーの叙任式のように、王や騎士、貴族が見守るなか、エマは床に描かれた魔法陣の中央に立ち、イゾルデの指示に従って目を閉じている。

 結局、ここにエイリスは現れなかった。

 あの日に会議室を出て行った切り、その後の会議には一度も出てこず、ノアルと一緒にずっと部屋に閉じこもったままだった。


「お姉ちゃん。無事を祈ってますから」


 イゾルデがニコニコと微笑む。

 エマが知った意外な事実は、案外とイゾルデは大人なことだった。

 極度に愛情に飢えたところがある一方で、確かな心の繋がりがあるなら、離れていても、もう会えなくても我慢が出来るとのこと。

 そうしたことは、黒魔法の魔女には日常茶飯事らしい。

 もう少し話を聞いてみたかったかもと思いつつ、彼女にエマは微笑み返す。


「ありがとうイゾルデ。エイリスにも宜しく言ってて」


「当然です。お姉さまはしっかり私が見守ります」


 それから皆も本当に――と、そう王やハイペリオン達に言い終える前に、青白い光に包まれたかと思うと、エマは急速に意識が消失していくのを感じた。

 ああ、サイコロは投げられたと同時に思った。

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