1:アイヴォリー家の謀反:その10『明かされる真の名前』
エマがまた我に返ったのは会議室だった。
見回すと、メンバーの顔触れをみるに評議会中のようだった。
サー・ハイペリオンに、マイスター・レイヴンに、モニカ姫に、ノアルを抱くエイリスだ。
しかし、その横に一人、見慣れない黒髪のメガネ少女がいる。
誰だろうかと見つめて目が合うと、キラキラとした表情で小さく手を振られる。
普通にイゾルデだった。
あの後で一体どういう展開になったのかと冷や汗が出る。
「それで、キングズ・キーパーの副長にして最高顧問のエマよ。何が望みだ?」
エマは「は?」と心の底から尋ねると、モニカ姫がくすりと笑い、王は嘆息した。
「褒美の話だ。アイヴォリー家の謀叛を無血で終わらせ、『死者の書』を手に入れ、そしてブラックドラゴンのイゾルデをも配下に、否、義妹として加えたお前の手腕は、まさに王国の至宝だ。最高顧問にふさわしい。マイスター・レイヴンの叡智も、ハイペリオンの神の目でも叶うまい。望むものを何でも与える」
王やハイペリオンたちの明るい表情、エイリスの笑顔、ノアルの寝顔、手をまだ降っているイゾルデ。それらの意味を理解し、エマは大きく息をついた。
ああ、今度こそうまくいったのだと。
「あまり踏ん反りかえらぬことですよ最高顧問。王の御前ですから」
モニカ姫に笑われて、エマは椅子からずり落ちそうなほど脱力していることに気付いた。
ごめんなさい、と姿勢を正すと小さな笑いが起きる。
しかしエマは、正直無理はないと内心で思った。
ゲームでは一度もクリアしたことのない『アイヴォリー家の謀叛』をクリアしたのだ。
それも『死者の書』を敵が所有していた状態、クリア不能と言われていた試作版仕様でだ。
たとえアイスドラゴンを始めとした反則級のキャラクターが味方にいたとはいえ、やはりすごいことだと思う。
やればできる子なのかな、私。
と自画自賛したところで、あ、とエマは気付く。
――このゲーム世界はもしかして、試 作 版 の 方 なの?
確か『死者の書』が登場するのは正式版ではなかったはずだ。
もしもこの世界が試作版の方なら、どこまでシナリオが続くか分からない。
最悪はこの第一章で終わってしまう可能性もある。
それをクリアしてしまったとき、自分はどうなるのか。
オープニングから強引に脱線しようとしたときに垣間見た、あの時のように事故死直後の自分に戻されてしまうのか。
生きて戻るための手掛かりは、まだ何も得ていない。
エマはただゲームオーバーを避けるために必死だったから。
そして皆も生き残るために必死だったから、もちろん打ち明けることもできていない。
――でも、今なら真実を聞いてもらえるかもしれない。たとえ、おかしな話でも。
まさに今しかないとエマは思った。
でもやっぱり、こんな突拍子もない話を信じてもらえるだろうか。
この世界はゲームの世界であり、そして自分はそれをプレイするような別世界の住人だと。
おかしくなったと思われるだけではないか。
最悪、病んでいると思って隔離されたりしないか。
いったいどう言えば信じてもらえるのか。
エマは考えて、思い至った。
――あれがあるじゃない!
彼女は道具袋からそれを取り出し、テーブルに載せて、静かに言った。
「恐れながら褒美を申し上げます。私は、これを作った国、私の故郷へ帰りたいと思います」
皆が不思議そうにそれを注視しはじめたら、エマはついに打ち明ける。
「実は、私はこの世界の人間ではありません。……名前も、エマ・フレイトナーではなく、吉原絵馬と言います」
テーブルに置いたそれは、ゲーム開始時に持っていたURアイテムの『鯖缶』だった。
王国の会議室に突如出現した、鯖缶。
沈黙と凝視の時間が始まる。
エマは変な汗をかいた。
この言葉とこのアイテムには、さぞ面食らっている事だろう。
こんな話、普通に考えたら笑われたっておかしくないし、やはり気がおかしくなったと思われたって不思議はない。
しかし、この異世界の庶民食『鯖缶』があることで、話には多少なり信憑性が増したはずだ。
「……戦史にも似たような言い伝えがありました」
最初に口を開いたのはマイスター・レイヴンだった。
「その方も確か……、このように見慣れぬ品を持っていました。確か、すまーとふぉん、という別世界のカラクリで、遥か未来の文明・技術としか思えないものだったそうです」
エマは思わず立ち上がる。
スマートフォン。
それこそ本当に現代の機器だ。
エマは興奮する。
間違いない。
間違いなく、その人は自分と同じ、このゲームの外から来た現実世界の人だ。
「その人はどこにいますか!? 会えますか!? 名前はなんですか!」
という エマの食らいつくような問いに対して、マイスター・レイヴンはほんの少し躊躇ってから口を開いた。
「自殺なさいました」
と。