表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/78

1:アイヴォリー家の謀反:その9『振り下ろされる巨剣』

「――よって、ここに王マーカス・ブレッドリーの名の下、ハリード・アイヴォリーを反逆者として処刑する。言い残すことは?」


「……お前こそ。罪なき我が母を殺した重罪人だマーカスめ。あの世で待っててやる」


 エマが我に返ったとき、城の広間に設けられた処刑場にいることがわかった。

 石の断頭台へ拘束されたハリードは震え、その首めがけてまさにいまマーカスが巨剣を振り下ろさんとしているところだ。

 急速に回転する頭が咄嗟に結論を導く。

 それはダメだと。


「待ってください王陛下! ハリードを殺してはだめ!」 


 しかし振り下ろされた巨剣は激しく打ち付けられ、断頭台の石で火花を散らした。

 遅かったか、と絶望したが、違った。

 エマの言葉で剣の軌道がブレ、刃はハリードの前髪を払い落としただけだった。

 静まり返っていた周囲の民衆がそれを理解すると、


「殺せ!」「殺せ!」


 と声があがりはじめた。

 マイスター・レイヴンも、サー・ハイペリオンも、王も。エマの言動が理解できない様子だった。

 しかしダメなのだ。

 いまハリードを殺せば、激情にかられたその父ブレッドが『死者の書』をイゾルデに与えて、王国が死者の国になり、同じ運命をたどってしまう。


「王よ。彼を殺さず人質にして、アイヴォリー家に降伏を迫ってください。それから……」


「反逆者を許せば王国の権威が揺らぎ、新たな戦乱の世を作る。ここでハリードを殺し、そして既に陣を敷いているアイヴォリー家の軍も皆殺しにする。馬も武器も失った兵士など、民衆の暴動に過ぎん」


 そうして再び巨剣を振り上げたのを見て「待って!」と叫んだが、王は聞く耳を持たず今度こそ剣を首めがけて振り下ろした。


 ばきん、と。


 しかし刃はハリードの首を切り落とせなかった。


「王よ。私の妻が話を聞けと泣いているのだ。だから『話を聞け』」


 ハリードの首がきらきらと光っている。

 エイリスの放った氷の魔法が彼の首を覆い、刃を弾いたのだ。

 しかし、これはどうあれ王への反逆だ。

 他のキングズ・キーパーの騎士たちや衛兵が、アイスドラゴンから王を守るように並んで剣を抜く。エイリスは目を細めた。


「……愚か者め。本気で頭を冷やす必要があるな。手を貸してやろう」


 バキバキバキと空に氷の巨剣が生成されたとき、「待て」と王が制止した。


「……確かに、そもそもこの謀叛を見抜いたのが誰かを忘れていた。俺も年をとったな。許せ」


 エマが頷くと、氷の剣も消失した。

 再びの沈黙が処刑場を支配する。

 エマはゆっくりと目を閉じ、このゲームの設定を思い出す。

 そして何が世界を崩壊させているかに焦点を絞り、それの阻止だけを考えた。

 そしてこの方法ならきっと、と、解決案を慎重に話し始めた。


「アイヴォリー家に封じられた『死者の書』を、王国へ送るように伝書鳩で伝えて下さい。そして言うとおりにすれば反逆を許し、ハリードを無傷で返すと。でないとただ一人の跡継ぎを失った父ブレッドは正気を失い、ブラックドラゴン・イゾルデに『死者の書』を渡して、この王国も、いいえ世界そのものを死者の国に変えかねません」


 処刑場がざわめいた。

 しかし動揺からではない。困惑からだ。一体何を言っているのかと。

 それもそうだろう。

 『死者の書』の存在を知っている者は、王と限られた側近、そしてエイリスのような魔女だけだからだ。

 王が口を開く。


「……俺はブレッドと直接に決闘をしたことがある。先の戦で勝敗を掛けてな。だから、ヤツにそんな大それたことを成す勇気がないのは俺が良く知っている。それにその気があれば、早々に『死者の書』を使用してこの国を滅ぼし、あの玉座にはヤツが座っていたはずだ」


「違う!」と叫んだのはハリードだった。


「父上がお前と全力で戦えなかったのは、マイスター・レイヴンが母上を人質に取っていたからだ! この卑怯者め! しかもそれがもとで母上は死んだ! ……だから俺は卑怯者に相応しい死をお前にくれてやるために、もっともお前に近付けるキングズ・キーパーの地位を目指したんだ!」


 叫んだハリードに対して、衛兵が「控えろ!」と殴った。

 確かにそういう設定があった。

 そしてアイヴォリー家が死霊術のような禁忌に、それもブラックドラゴンというその究極に手を出してまで死者蘇生の方法を求めたのは、並外れた一族愛の暗い側面とも言えるのだ。

 エマは言葉を繋ぐ。


「反乱を防ぐために、厳格さと恐怖は必要です。しかしそれに徹するあまり、人を見誤れば取り返しの付かないことになります。アイヴォリー家のブレッドがいま正気を失っているのは、馬も武器も攻城兵器もないのに、この城へ向かってきていることからも明らかでしょう? そんな状態の彼が、本当に『死者の書は使わない』と言い切れますか?」


 王は目を閉じる。

 しばし逡巡している様子だった。

 エマは祈るような気持ちでそれを見つめる。

 『死者の書』をイゾルデから奪い、王国の滅亡と自分の死を回避するには、これしかないのだ。

 今でも『アイヴォリー家の謀叛』を回避してゲーム進行が止まらないかの不安はあるが、今はこれしかない。

 どうかお願いと、エマは祈る。

 やがて、王は目を開けた。


「伝書鳩では不確実だ。アイヴォリー家の軍へ早馬を出して、いまエマの話した要求を伝えろ。ただし、偽物の書を寄越せば『息子が死体で帰って来る』と添えて置け」


 巨剣を従者に預ける王の姿を見て、エマは安堵からその場に崩れてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ