0:プロローグ:猫を見つけたので
彼女――エマは高校からの帰り道だった。
部活や委員にも入っていないから、冬でも日が沈む前に帰られるし、一人は気楽で良い。
友人も、スマホのアプリに入っているフレンドぐらいの距離感がちょうど心地よい。
猫は――ダメだよ。
そう。猫はダメなのだ。
コンビニの前に通りかかったから、
新作のアイスでも出ていないかと中を覗こうとしただけなのに、
ガラス扉の反射が、車の行き交う道路でうずくまる猫を見せてしまったのだ。
小さく震えていて、鼻には花びらみたいに小さな血を付けている。
何をしてるんだこの子は。
すがるような目で、見られているような気がした。
猫は――ダメだよ。
エマは振り返ってガードレールを飛び越え、
クラクションを罵声のように浴びせられながら走った。
近付く私。
猫の目が丸々と大きくなり、そこに蒼白な自分の顔がよく写った。
伸ばした両手にふかふかとした毛玉の感触。
救い上げてしっかりと胸に抱き締め、温もりを感じる。
温かくて、柔らかくて、干した布団のようにいい匂いがして、こんなときでも幸せだ。
そして、鉄槌の捌きが私をミンチ肉にした。
左肩と右肩に挟まれた肋骨が卵のように潰され、
エマは抱いていた猫を自分の腕が締め潰す感触を全身に感じた。
みゃん、という断末魔を聞きながらエマは全霊で謝った。
助けられなかった猫にごめんなさい。
私を挽いてしまった車にごめんなさい。
生んでくれた両親にごめんなさい。
迷惑をかけた学校にごめんなさい。
一緒に戦えないスマホのフレンドにごめんなさい。
割れた眼球が見せる砕けた景色。
最後に見たのは、蜘蛛の巣みたいにひび割れたスマートフォンの画面。
ログインボーナス受け取るの忘れちゃった。